第16話

「芹那! 何処だ芹那! こっちじゃないのか⁉ 頼む! 居たら返事をしてくれ!」


 機材も部材も取り払われた何処かの企業の工場。倒産後、この廃工場が公安の指定作業施設として登録されていることを、紘は特務のデータベースで閲覧したことがあった。対象の尋問用だったのかもしれないが、今ではお国自らの誘拐監禁施設になっている。


 ――いや、国から見れば、今の自分こそ、お尋ね者か。


 紘は自嘲する。妹の安全と自身の生活のためと割り切っていたが、一応は社会正義のために働いていたはずの自分が、今では監視対象扱いの上、妹の安全を脅かされている。


 努力してきたつもりだった。両親を亡くし、巨永に拾われ、死ぬような訓練と実戦に耐え、妹の生命と生活基盤を整えてきた。恐ろしい超能力にも、暴力しか通用しない犯罪組織にも、芹那のためを思えば、頑張れたのだ。

妹の笑顔があれば、ほかには何も要らないのに。


「せ、芹那……! お願いだ! 聞こえていたら何か言ってくれ! せり、な……」


 工場中を駆け回って大声を出す。だが、妹どころか、電話先の女の声も返ってはこない。


 これは、罰なのかもしれない。


 ふと、紘は思った。非道な手段を用い、他人を傷つけ、科学を悪用し、本当は生まれてくるはずのなかった彼女をこの世に生み出してしまった、罰。


 運命が、本来なら死の世界に居るべき妹を取り戻しにきただけ。


 そんな、恐ろしい妄想が、紘の中を駆け巡る。


「――ずっとここに居ますわ。お、ま、わ、り、さ、ん?」


 経年劣化のせいで屋根が無くなった空っぽの部屋に突然、大勢の少年少女が現れる。人数にして十数人。一際目立つのは、窓際に立つ、栗色の髪に、先日とは違うサングラスのようなバイザーを掛けた少女。そして、彼の腕で押さえつけられているのは――


「芹那あああああ!」


 紘は即座に鞄からモデルガンを取り出し、少女に向ける。その瞬間、


「……少し手荒になりますが、我慢してくださいな。――総員、彼を押さえつけなさい!」


 周囲の少年少女は、彼女に呼応して紘へと対峙する。少年は炎を出現させ、少女は水流を発生させる。敵意を感じた紘が伏せると同時、さっきまで自分の胴体があった場所に金属製の備品が勢いよく飛び込み、部屋の壁に激突した。今のは、大気制御タイプか。


 全員が超能力者。紘はモデルガンを二丁取り出し、即座に早撃ちを始める。

容赦はしない。


 妹を攫われた恨みは関係ない。手を抜いたら、確実に自分の安全が保障できないからだ。


 まずは遠く離れた空気制御能力者の少年の手元を狙う。手首が飛び、叫びが聞こえる。


 どうせ後で繋がるとは言っても、妹の前で銃なんて撃ちたくなかった。芹那はその光景に目を逸らしながらも、必死に恐怖を克服しようとしている。


「大人しく、しろ‼」火炎を拳に纏った少年が殴り掛かってくる。が、遅い。「邪魔だ!」。


 鞄から取り出したガトリング砲の玩具が火を噴く。少年の胴体は蜂の巣と化し、辺りは血の池地獄となった。少年は内臓をまき散らしながらも、微かに呻いている。その地獄絵図に、残った少年少女達は後ずさりを始める。


「どうした⁉ 俺の能力は本当に死ぬわけじゃない! ただし……!」


 鞄から手榴弾の玩具をいくつか取り出し、放り投げる。物好きなサバゲー企業による模造品が、ポップコーンのように破片をまき散らして爆発。向こう側の待機組から、「ぎゃあああああああああ‼」と阿鼻叫喚の絶叫が倉庫内にこだまする。


 いっそ死んだ方がマシという激痛を再現してやった。殺傷能力の低い手榴弾は、復活した相手の戦意を喪失させるに違いない。


 犯罪者には容赦しない。それは紘にとっての第一鉄則だ。だが、任務中に銃を用いて必ず殺すのは、紘なりの一線でもあった。生き返った時、あまりの恐怖に、心的外傷を負わせる可能性もあったからだ。


 だが、今はそんな制限を課している余裕はない。生き返った敵が二度とこちらに歯向かう気概を持てないほどの痛みと恐怖を与えないと、反撃に対処する余裕もない。


「監禁場所に適しているとはいえ、こんな武装テロリスト能力者を迎え撃つには、思慮が足りないんじゃないか?」


 紘は挑発しながら気づく。そうだ。少し考えれば分かる。こんな不利なステージを、なぜ彼らは用意したのか。だが、脳を動かすよりも先に、指を動かさなければならない。


 紘は鞄からガスマスクを取り出して片手に持つと、もう片方の手にサブマシンガン携え、叫びながら、あっという間にグラサン少女へ特攻していく。


「まさか? 正気⁉」と彼女が怯むや否や、フルオートで発砲。何処を狙ったかも分からない。多分死んだだろう。芹那を奪還し、恐怖に震える彼女に無理やりガスマスクを被せる。そして、自分もマスクを被り終えると、鞄から太く歪な形状の銃を取り出し、辺り一面にまき散らす。


「これで、終わりだ」


 ボン、ボン、ボン、ボン、と間抜けな音と同時、空気が漏れるような音が一面で響き始め倉庫内は煙に包まれる。「ぎゃあああああ‼」「痛いいいいいい‼」という声が響く中、紘は芹那を抱えて出入口へと走る。


 旧共産圏で使われている催涙弾の中でも、「効果不明」な代物の模造品が以前、海外オークションで流れていた。紘は特務から貰っているなけなしの調達予算でそれを買い付け、今日初めてそれを使用した。効果はてき面どころではなかったらしい。


 ――多分、あれはKOLOKOL-1の模造品だったのだろう。モスクワ劇場占拠事件で使用された無力化ガスという建前のガス兵器。


 少年少女は、もがき苦しみながら死んでいった。


 紘は部屋の外に飛び出し、急いで扉を閉める。そして、自分のマスクを外して周囲の空気が正常であることを確認すると、「もう、大丈夫だ」と芹那のマスクも外した。すると、


「さすが、特務の手練れだけはありますわね、おまわりさんは?」

「は?」


 あの栗色の髪の少女だった。意味が分からない。どういうことだ? 逡巡しているうちに、いきなり少女の姿が消える。そして、すぐに羽交い絞めにされた。


「ですが、ガス兵器とは恐れ入りました、高宮紘。ヴィジブル級どころか、UV級に片足突っ込んでいるのではありませんか?」

「ば、バカな……。確かに、芹那だったはずなのに……」


 扉の窓を見る。煙は収束しているようだった。つまり、ガス兵器の効果も終了したのだ。


「皆さん、もう一度、彼を押さえつけなさい!」


 扉が開く。先ほど痛めつけ、殺した連中が、紘を機械的に殴打し、蹴り上げ、袋叩きにする。


「連れて行って」


 バイザー少女の命令に従い、少年少女は紘を乱暴に引き起こし、戦場と化していた部屋とは別の場所へと引きずっていく。紘にはもう、打つ手は無かった。


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