第15話


「……無駄よ。私の視界下では、全ての超能力が封じられる。知っているでしょう?」

『それは、貴方の眼球から発される特殊な光信号に晒されれば、の話です。このヘルメットはいま、外界の光景を映していません。わたしは現在、周囲の電磁波から集積した情報をもとに構成された、疑似的なシミュレーション空間で、外の景色を認識しています』


 ――肉眼でさえ行動に制限が伴う超高度の上空で、頭がおかしいのか、コイツは⁉


『機体搭載航空電子機器に強制接続。対象、飛行制御システム。割り込み開始…………終了。それでは、良い帰りの空の旅を。お忘れ物無いよう、お気をつけてお降りください』


 そう言って人影は機体から飛び降り、接近してきたF‐35へと飛び乗って消えた。


「ちょっと、待ちな……!」


 けたたましい警告音が鳴り響く。操縦桿が言う事を聞かない。このF‐2は、完全にあの女が送り込んだ強制信号の管轄下に組み敷かれたのだ。


 レーダーを見る。F‐35らしき機体は完全に消失。落ちたわけではない。機体由来の高いステルス性と、あの女の欺瞞信号を発しながら、いずこかへ離脱したのだろう。


「ちっくしょおおおおおおおおお!」


 F‐2は完全に地上へ落ちていく。エンジンに無理が生じたのか爆炎が上がる。


「ほんっと最悪‼ からかい方までそっくりね!」


 完敗だった。これでは計画に支障をきたす。そんなことを考えながら彼女は、近づいてきた百里基地を眼下にして、罵詈雑言を吐き続けた。


     *


 母が妊娠した。産婦人科の話によれば、女の子だそうだ。


「紘に妹が出来るの。貴方もお兄ちゃんになるのよ」


 母がとても嬉しそうな顔で、三歳になった自分を撫でてきた。紘は母と一緒にベビーベッドを用意した。父は職場で何らかの処分を受けたようだが、家庭ではそれをおくびにも出さず、初めて生まれる娘のために、いそいそと玩具を買ってきた。


「女の子だから、武器の玩具をねだられる心配も、殺される心配もないな、紘?」

「あなた! 笑えない冗談は辞めて頂戴……」

「おれ、もうぶきのおもちゃなんていらないよ! いもうとのせわでいそがしいから」

「お、紘は妹の世話をしてくるのかー」

「生まれる前からお兄ちゃんなのね」両親が笑っている。


 紘は二人が好きだった。自分の異常性にはとっくに気付いていた。そんな自分を受け入れ、愛してくれる両親が喜んでくれるなら、紘は何でもしてあげたかった。


 だが、そんな日常は長くは続かない。


 妹は無事に生まれることが出来なくなったのだ。


「お医者さんの話だと……遺伝上の問題で、死産になるかも……だって……」

「そ、そんな……。な、何か、何か、手立ては無いのか……」


 部屋に用意した、妹のためのベッドや玩具を両親は見やる。そして、母はそのまま泣き崩れてしまった。父には慰めることしか出来ない。紘はその光景をただ眺めていた。


 ある日の昼。父は出勤していた。母は暗い顔で毎日泣いている。「私のせいで」と。


 紘は母の目を盗んで、家の財布から紙幣を抜き出し、自宅を出た。行き先は玩具店だ。


「え? ちょっとボクには早いんじゃないかなー……」

「いいから! これとあれとそれ、ぜんぶかうから! はやく!」


 店の親父から無理やり商品を買い付けると、それを持って近場のビルを目指し、事務所として使われていたテナントへ入る。受付の女性が、即座に声を掛けてきた。


「……あら、どうしたの? 迷子かな?」

「――すどーぎいんをだせ。いもうとを、たすけろ」

「は?」銃声が轟いた。少年の手元に携えたモデルガンから放たれた弾丸は、女性の肩を打ち抜いた。女性の絶叫が轟く。辺り一面には夥しいほどの血が流れていた。

「――なんだ⁉ 騒々しいぞ! 陳情の客でも来たのか?」

 恰幅の良い背広姿の男が出てきた。そして、銃撃された女性を見て驚愕する。

「お、おい! 何があった⁉ しっかりしろ!」

「……ころされたくなかったら、いうことを、きけ」


 紘は即座に須藤議員の足をモデルガンで撃ち抜いた。室内は再び絶叫に包まれる。


「や、辞めろ……! なんだこの小僧は⁉ 新手のヒットマンか⁉」

「あんたはなんでもできるんだろう? なら、おれのいもうとをたすけろ!」


 息子の犯罪をもみ消すことも、父に汚名を着せることも出来る人間だ。妹が無事に生まれてくるよう手配することぐらい造作も無いはずだと、紘は勝手に思っていた。


「何なんだお前は! 早くその銃を下ろせ! ――ッうあああああああ!」


 大腿部を撃ち抜いてやった。早く言う事を聞け。まだ生まれていない妹が死ぬことも、両親が悲しむことも、全部全部が理不尽だ。なら、自分で抗うしかないのだ。誰も助けてくれないのだから。そして、襲い掛かる理不尽から、自分が家族を助け出す。父の言葉通りに。


 結局、能力の持続時間が経過したため、怪我から復活した受付嬢は慌てて逃げ出し、警察へ通報した。

 須藤議員事務所には機動隊が送り込まれ、紘はあっという間に拘束された。


「紘! お前は、とんでもないことをしでかしたんだぞ! 分かっているのかッ⁉」

「おれは、りふじんにあらがっただけだ! とうさんができなかったことを、おれが、かわりにやったんだよ! いもうとをたすけるために!」


 取調室で紘が叫ぶと同時、父は思い切り紘の顔を殴りつけた。紘は床に転がる。


「理不尽なのはお前自身だ! 家族の事情を勝手に持ち込み、無関係の人間二人を傷つけた! 超能力なんて関係ない! お前の発想は、凶悪犯罪者そのものだ‼」

「お、おれじしんが……りふじん……?」


 紘は痛む頬を抑えるのも忘れ、泣き出しそうな顔をする父を見上げていた。


「高宮警部補、そこまでにしておけ。実の息子とはいえ、彼は幼児だ。暴力はいけないな」


 階級章の目立つ制服に身を包んだ若い男が入室する。年齢は父と同じくらいだろうか。


「……署長。これは私の家庭の問題でもあります。口を挟まないで貰えませんか?」


 父は〝署長〟に対して、更に鋭い視線を投げる。今まで見たことのない父の顔だった。


「まさか、君のご子息がカテゴリ4(超能力者)だったとは。これは天啓だ。君にとっても、私にとってもね……。高宮紘くん。座り給え。私は、君と話がしたい」


 署長は取調室の椅子に掌を向け、紘へ着席するように促す。


「紘くん。君の類まれな能力を、我が国は欲している。そしておそらく、君の妹も同じだろう。私には、君の妹の生命を助ける力がある。あの碌でもない政治家よりもね……」

「――署長⁉ まさか、例の〝機関〟とやらに息子と娘を紹介するつもりですか⁉」

「……高宮警部補。何処でその名を知った? これは国家の最重要機密なのだが」

「本庁に居た頃、公安に居た先輩に聞きました。サッチョウには超能力者の実働研究部門が存在すると……。そして、その組織は、総理ですら手出し出来ないこの国の――」

「……そう。国家根幹、中枢の組織だ! この件をしかるべき部署へ報告すれば、私は長官のルートに戻れる! 君の娘も助けられる! 先日の汚名を注ぐことなど造作もない! いっそ、君にノンキャリア最高位の席を用意してもいい! その価値が、君の家族にはあるのだよ‼」

「……娘が、助かる……?」


 父には紘と同じ光景が去来しているはずだった。毎日泣きはらす妻の顔。用意したベビー用品をさめざめと抱きしめる、母の姿が。


「……とうさん。しょちょうさんのはなし、きいてみようよ!」


 父の顔が苦渋に歪んでいく。署長は笑みを浮かべながら父の肩に手を置く。

 

 数か月後。警察病院の特別病室で、高宮芹那は生まれた。そして同日、母が死んだ。


 父は言葉も出ない様子で、芹那を抱きしめ泣いていた。紘は涙も出なかった。署長なる男は「こんなはずでは……」と激しく狼狽している。哀れな男の名は、巨永幸彦といった。


 理不尽を押し通した結果、紘は罰を受けた。


 因果応報。初めて覚えた四字熟語だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る