第14話

「――警告。貴機は我が国の領空を侵犯している。速やかに我の指示に従え。繰り返す。警告。貴機は我が国の領空を侵犯している。速やかに我の指示に従え」


 太平洋沿岸上空で舞う、航空自衛隊の戦闘機F‐2。そのパイロット席に座る少女は、ヘルメットも着用せず、長い金色の髪をたなびかせながら、所属不明の航空機に対し、通信による警告を発する。その顔に眼鏡はなく、代わりに目の奥に青白い光が宿っている。


 ――来た! 〝彼女〟の存在を否定する、私たちの敵が!


 少女は逸る気持ちを抑えつつ、冷静に通信機器類の操作を続ける。

ありえない出来事が、現実の事態として引き起こされていた。


 突如、日本領空に出現した謎の飛行物体。空自のレーダーにも反応せず現れたそれは、上は官邸から市ヶ谷、下は空自の中部航空方面隊第7航空団や、その隷下部隊である第3飛行隊に至るまで、そのすべてを震撼させた。


 飛行物体の発見から一時間もしない内に、戦闘機F‐2が、百里基地から緊急発進。部隊再編の関係上、首都防空に適した戦闘機が無いことから、無理やり三沢から徴発してきた機体だ。


 ――全ては、今回の事態を見越しての、異例の配置転換だった。


 セレナーデは警告言語を英語へと切り替え、無線を通して告げる。


「You are approaching Japanese airspace territory. Follow my guidance.」


 飛行物体から返答はない。


 F‐2は更に飛行物体へと接近する。そして彼女は、対象の姿を正確に捕捉した。

 やはり、報告の通り。出撃前に見た衛星写真同様、目の前の飛行物体の正体は戦闘機だ。


 しかも、米軍の最新鋭機である垂直離着陸機F-35Bに酷似している。


 正体不明機に対する、英語による警告は終了した。指示に従わず、されども専守防衛の観点からこちらから攻撃もできず、やきもきする。そして、法令などをこの後に及んで守ろうとしている自分に自嘲してしまう。存在そのものが国際条約違反の、この自分が。


 すると、対象機が挙動を変えた。操縦席に警告音が鳴り響く。ロックオンされたらしい。


「きたきた!」胸が高鳴ると同時、前方の機体から機銃が発射される。が、当たらない。威嚇射撃だ。


 だが、これで頭の固い空幕にも筋は通るだろう。彼女は攻撃ボタンに指を掛ける。


「撃っていいのは、撃たれる覚悟のあるやつだけ、ってね!」


 操縦席に下部の振動が伝わる。発射されたのは中射程空対空ミサイルAAM‐4二基。レーダー上に二つの直線が敵機へ向かっていくのが見える。さて、相手はどう出るか。


 突如、表示されていたはずの直線二本がレーダー上から消えた。


「――ミサイルのデータリンクが消失……やっぱり、搭乗者はアイツ! 間違いない!」


 肉眼で確認する。赤い噴射光を見せていたミサイルは推進力を失い、海上へ落下する。

 そして、こちらでも見える距離まで、敵機は近づいてくる。格闘戦の始まりだ。


 再び鳴り響く警告音。今度は機銃ではなく、ミサイルのようだ。


「――だったらこっちも!」


 警告音が止む。こちらへ迫っていた誘導弾は海へ落下する。環境に優しくない戦闘だ。


「……お互いに埒が明かないのは気付いているでしょう?」


 自分の視界上では超能力の発動が封じられる。あの女にも分かり切っていることだ。

 操縦桿を下げる。戦闘機が加速する。現代の航空戦争ではあり得ないほど、互いの機体は接近し、まるで第二次世界大戦さながらのドッグファイトが幕を開ける。


「さあ、何処まで続くのかしら、この戦いは⁉」


 ミサイルを撃つ。撃たれる。撃つ。撃たれる。


 互いの兵装は軌道から逸れ落下していく。堂々巡り。


 だが、相手の能力はこちらとて熟知している。ヤツの演算能力では、同時並行でクラック可能なミサイル数は四発。あとは燃料切れを待てばこちらの勝利だ。真下で待機している海自に回収の準備でもさせるか。


 ――こちらは国家そのもの。負けるわけがない。


「さてさて。敵のパイロットがやっぱり〝出来損ない〟ってことも分かったことだし。そろそろ本体のクラック作業にでも――え――?」


 一瞬、戦闘機同士が音速のスピードですれ違う中、強化された自分の肉眼は、確かにその光景を目に捕らえた。――敵機のキャノピーが開いている⁉


 両機とも急旋回。敵機と再び正対する。


 ――まずい。早く撃ち落とさせねば!


 だが、あろうことか敵機は正面衝突でも試みているかのように軌道を変えない。


「何考えてんのアイツ! まさか特攻――⁉」


 ガッ、と何かがぶつかる音が聞こえた。「は?」と間抜けな声を出して上を見上げると、そこには小柄な人影が、登山のピッケルの要領で、機体に金属製の何かを突き刺して立っている。 


 飛び乗ったのだ。この音速の世界で。あり得ない。だが、あり得ないことを実現するための肉体を、自分達は与えられている。それは彼女が一番よく知っていた。


『久しぶりですね、セレナーデ。お出迎え戴き、ありがとうございます』


 耳に響くのは鈴のような声を運んだ無線通信。――電波をジャックされた? 


「ちょっと、アンタ馬鹿じゃないの⁉ 何をする気⁉」


『わたしの攻撃力を削いで消耗戦に持ち込む。良い考えですが、そもそもミサイルなど使わなければ、その手は通じません。いま、あの戦闘機を鹵獲されるわけにはいかないので』


「直接? アンタ何をするつもり……?」


 キャノピー外部に立った人影は、機体に突き刺している金属の向きを変え、見せつける。


 それは一見、日本刀に見えた。


「〝バイナリーブレード〟……。それは、アンタが持つべきモノじゃない‼ 返しなさい!」

『貴方こそ、わたしのPC返してください。プレイ中のゲームが入っていたのに』


 瞬間、刃のあちこちが機械的に展開し、刀身内部の青白く光る機械フレームが露出した。


 地獄の窯が開く音が、何処かから聞こえてくる。

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