第4話
「(クソガキが!)」「(死ねや!)」
男の一人がナイフを持ちながら、特攻してきた。紘も模造品のナイフを取り出す。
ナイフが紘の腹に迫る。しかし、刺さるその瞬間、紘は男の腕を押さえつけ、回避する。
「(――は、はあ⁉ ど、どうなってんだ⁉ こんなガキが⁉)」
男が驚いている隙に、紘は模造品のサバイバルナイフを構える。
「痛いけど我慢しろよ!」「あっ、があああっ!」
紘は男の肺を目掛けて、ナイフを突き刺し、それを捻る事で、空気を送り込んでやる。
ひゅお、という空気の詰まる音を喉から発した男は倒れこんで動かなくなった。
それを確認すると、紘は即座にスポーツバッグを肩に掛ける。フル装備だ。
「(この野郎!)」薬莢が炸裂する音。だが、既に駆け出していた紘には当たらない。
「(な、なんなんだよ、てめえは! あり得ねえ!)」
「運が悪かったな!」
足を止め、振り向いた紘はすかさず男の元へ滑り込み、モデルガンを握り締め、携えていたモデルガンをぶっ放す。本物の弾丸が心臓に一発撃ち込まれる。
制圧は完了した。荒い呼吸を繰り返しながら、紘は辺りに倒れた人間の数を確認する。
瞬間、〝周囲の空間が歪む〟。気付けば血だまりは失せ、ただ男達が気絶しているだけ。
紘が持っていた拳銃も、いつの間にか軽いプラスチックの塊に戻っていた。
――1、2、3、4、5…………。
ダウンジャケットの男が居ない⁉
瞬間、足元に火花が走る。蛇花火でないことは確かだった。
「――おわっ⁉」
「てっめえ‼ よくもやってくれやがったな‼」
左手で肩を抑えながら立ち上がったダウンジャケットの男、飛龍。右手にはライターも無いのに発火現象が炸裂している。明らかに〈パイロキネシス〉の能力だった。
「覚醒していたのは、やはりお前か⁉」
――意識回復が早すぎる!
紘は慌てて黒いバッグに荷物をまとめ、コンテナクレーンの下まで逃走する。
「逃がすか!」飛龍が腕を振ると、巨大な炎の渦が集まり出す。直撃したら丸焼けだ。
「俺達の輝かしい一ページをよくも台無しにしてくれやがったな……。いまここでテメェをぶち殺す! 覚悟しろ!」
「薬物キメて何が輝かしい一ページだ! 一生幻覚でも見てろ!」
そして紘は、銃器を構えながら、飛龍と対峙した。
*
〈
模造品の武器を本物に変える超能力。一定期間だけその武器に殺傷能力を与え、対象を殺すことが出来る力だ。しかし、時間が経過すると武器は元の玩具に戻り、殺したはずの人間の死は無かったことになる、不可思議な能力でもある。
物理法則を超えたそれは、現代科学では説明のつきようがない、本物の異能力であった。
この能力を持つが故、高宮紘は国際連合規格外技術機関からヴィジブル・インディゴ級能力者として認定を受け、警察庁特務情報部特務第二課の特務官として活動している。
すべては妹、
蘇生したダウンジャケットが虚空に向かって吠える。
「なんで上手く行かねえんだ⁉ 夢ぐらい見させてくれよ……。俺達だって、母国の発展に預かる権利はあるだろうがよ⁉」喚く飛龍に対し、紘は投げ遣りに答える。
「……国家と国民の幸福が一致するとは限らない。国民全体の幸福と不幸の総和が、その時の指標を表しているだけだ。国家なんてものは、統計上の数字と文字に過ぎないんだ」
「ガキが! 知ったような口をきいてんじゃねえ!」
飛龍の掌に集まった火炎球が紘を目掛けて飛んでくる。だが、紘へと直撃するはずだったそれは、突如爆音と共に、上空から現れた壁によって防がれる。
「……な、なんだこれは⁉」
激高する男の視線の先にあるのは、真上から突如落下してきた巨大なコンテナ。
能力の直撃を受けて炎上するそれは、紘の壁役として落ちてきたのだ。
「――志乃、感謝する!」
「世話が焼けますね、コウ。いそいそと女の子を助けなければ、もっと楽に済んだのに」
紘が上を見上げるとそこには、段ボールを片手に細長い物体を背負い、巨大なコンテナクレーンの上部に屹立している志乃の姿があった。
「ああ⁉ またガキかよ? しかも、今度は女か?」
飛龍は温厚な仮面を既に剥がし、志乃に対しても敵意を隠さない。成人男性でも逃げ出しそうな視線に対し、彼女はポーカーフェイスを崩さず、高所から抑揚のない声で告げる。
「警察庁警備局特務情報部です。建造物破壊その他諸々の罪で、貴方達を拘束します」
その隙に紘は、周辺のコンテナの陰へと速やかに移動を開始した。
ダウンジャケットの男は志乃を見上げながら、「この国の国内超能力部隊か……」と呟く。
「もう破壊活動は辞めて貰えませんか? 火事なんか起こしても、何も変わりませんよ?」
「それは出来ねえな。俺たちの未来を台無しにしたお前らを、許すわけにはいかねえ」
紘は所定の位置を確保する。――ここなら、いける!
爆音が聞こえた。チラ、と倉庫中央を見やると、飛龍の両手に炎が上がっている。さっきよりも大きい。ベトレイアに順応したのか。
「つまり面子が大切だと。後先考えずに薬を強奪するチンピラには、お似合いかもですね」
「ああ⁉ 警察の犬が知った風な口をきいてんじゃねえぞ?」
志乃の飄々とした態度に、飛龍は激高したようだ。両手の炎が激しく燃え上がる。それを志乃が無表情で眺めながら、淡々と言葉を紡ぐのが紘の耳に届く。
「確かに私たちは国家の下僕ですが、仕事を必ず完遂させます。それに比べて、貴方はどうですか? 主人の命令を無視するばかりか、目的すら完遂出来ていないようですが?」
紘はバッグから長物のスナイパーライフルの部品一式を取り出し、組み立てを始める。エアガンのくせに十万円もした一品だった。グリップの銃身に手を掛けると、通信が入る。
『――コウ、わたしは心優しいので、他者を中傷する語彙が少ないのです。時間を稼げるうちに、打ち合わせどおりの速やかなる〝執行〟を求めます』
どの口が言ってるんだ? と紘は聞き返してやりたかったが、短く「了解」と返答する。
相手の注意を自分に引き付けるため、志乃はわざと会話を続けている。紘は彼女の身の安全を案じながら、ライフルの組み立てを急いだ。
志乃の周囲に不可視の波動が放たれる。それは電磁波だった。彼女に与えられたのは、機械に干渉し、その機能を支配下に置く能力。機械と彼女を結ぶ〈インタフェース〉の能力は、埠頭中の電灯を統括するシステムへと干渉し、その電源を全てOFFにした。
『――今です、コウ』
「おい! どうなってんだ! なんで突然、電気が切れてやがる⁉」
焦る飛龍の声を聞きながら、紘は組み立て終えたライフルにマガジンを差し込んだ。
――完成だ! 紘はライフルを構え、スコープ越しに飛龍を探す。暗闇の中、どうすればいいか分からずに男は右往左往しているようだ。そして、男は光源を生み出す方法に気付いたらしく、自身の周囲に火を灯した。彼の周囲だけが明るくなる。その瞬間を待っていた。
「終わりだ」
照らされた男の額を狙い、トリガーを引き絞る。この距離なら外しはしない。
空間が歪み、銃声が倉庫内に響く。弾を脳天に喰らったが最後、ダウンジャケットは自分の頭を吹き飛ばされたことも自覚せずに意識を失うだろう。
果たして、男の頭は再び貫かれた。闇を照らす炎に対して、喜びの表情を見せたまま、飛龍は固い地面へと倒れこむ。そして、埠頭中の明かりが一斉に点灯した。
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