第44話

 ユートピア級暫定モデル四番体の新造計画は、すぐに予算が承認された。


〈リヴァイアサン〉の復旧にはかなりの時間が掛かるらしいが、本体まで穴を開けるわけには行かなかった。幸い、出兵前に記憶の保存は終わっていたし、すぐにでもまた笑顔の〝妹〟に会えると思っていた。


 だから。無表情のあの女が培養プラントから出てきた時、茉莉は妹の死を二回も見せられたように思えた。笑わなくなった志乃を培養プラントへ置き去りにした茉莉は、黙って〝彼女〟の部屋で遺品を片付けていた。その中に紛れていた黒いノートPCを見て、楽しそうにゲームをしていた〝妹〟の姿を幻視した。

そしてそれが妄想だと気付いて、また泣いた。


 その時突然、ブゥン――と、突然PCが起動する。訝しげに画面を見ると、BIOSとOSの起動後、見たことも無いプログラムが勝手に立ち上がり始めた。


「これは……なんなの…………?」


 あり得ないほどの膨大なデータが次々に表示されていく。茉莉は我を忘れてそのプログラムを熟読していく。文章、画像データ、数式、設計図。先日まで派遣されていた国の動向。〝妹〟が参加した作戦の真相。


 そのどれもが、国家機密どころか外交上の核爆弾級の代物だ。でも、何処から送信されているのか分からない。


 最後に文書ファイルが届いた。タイトルは〈ヘグリグ・プロトコル〉。


 そこには、新造品を依り代に〝彼女〟が復活する過程と、そこから始まる新世界の創世劇が描かれていた。人造人間による反乱と、その運命に翻弄された兄妹という図式の第一幕。大人を騙すための偽装クーデターや〈メガセリオン・システム〉の破壊をブラフとした第二幕。そして、〝彼女〟の策謀によって放逐された〈リヴァイアサン〉による、未来を掴むための最終幕。


 強いストレスと戦闘に晒され覚醒することが見込まれた高宮紘の立ち位置は、まるで主人公のようだった。まるで、〝彼女〟が望む王子様の姿そのものだ。


 高宮紘。私達の生命を救った救世主。彼に憧れを抱いていたのは〝妹〟だけではない。


 あの日、施設から抜け出した〝志乃〟が彼と遊んでいる姿を見て、茉莉は言い知れぬ思いを抱いた。だから、無理やり二人を引き離したのだ。


 ――高宮芹那の人形を奪った少年たちを執拗にいたぶるよう、〝彼女〟に暗示をかけたのは、茉莉の思惑だった。


 国家のためだと言い聞かせながら。


 本当は、ただの嫉妬だったのに。


 〝彼女〟は、高宮紘に会いたがっている。


 ――私は〝妹〟のために責任を取る必要があるのだ。


     *


 蘭子は、目の前の異常な光景を何とか理解しようと、状況把握に努めていた。


「お兄ちゃん……志乃ちゃん……」


 芹那の心配をよそに、セレナーデはただ、目の前の光景を俯瞰している。他方の茉莉は真剣な面持ちでステージ上に倒れた志乃と絋を眺めていた。


「始まりましたわね、私たちのプロトコルが」


「これが、アンタ達の求めた世界なの?」


 蘭子が問うと、茉莉が晴れ晴れしい顔で逆に訊いてくる。


「綾崎蘭子。世界で最小単位の組織とは、何か。人類に次ぐ最大の単位とは、何か。答えられますか?」


 自分とそっくりの顔をした少女が、そう問いかける。


 多分、それが今回の事件の最大の理由。彼らが言うところの、プロトコルなのだろう。


「世界最小単位の組織……それは、家族。でしょう?」


 蘭子が芹那の肩に手を置きながら、答える。


「貴方からその言葉を使われると重みが違いますわね?」


 茉莉がせせら笑いながら、「高宮芹那。二番目の答えはなんですか?」と訊く。

芹那はおずおずと答えた。


「なら、二番目の答えは……国?」


「正解! 飲み込みが早くて結構」


 楽しそうに笑う茉莉の背後に男が近づく。


「茉莉⁉ 何なんだ、これは⁉ 話が違うだろう! 帝国を作るプランは何処へ行った⁉」


 取り乱した様子の水無瀬顕長に対し、茉莉は指で銃を作る手真似をして、


「お父様。我々ヘグリグが宣告します。悪しき旧世代は、ご退場下さいませ」


「バン」とおどけた口調で茉莉が声を発した瞬間、顕長の懐のスマホが震えだす。


「な、なんだ? こんな時に……」


「出なさい。出ないならここで殺しますわ」


 最も優秀だったはずの娘の豹変ぶりに動揺しながら、彼は震える手で画面をタップする。


「……も、もしもし……?」


『――脳波測定。測定年齢47。判決を言い渡します。……主文、後回し』


 受話器から電子で合成された志乃の声が冷たく響く。


 そしてその瞬間、水無瀬顕長は膝から崩れ落ち、そのままマネキンが倒れるような音を立てて床へと転がった。


 ――まさか…………死んだ?


「そ、そんな……」


 蘭子がぐちゃぐちゃの感情を整理出来ないでいると、傍らで茉莉が嬉しそうに言う。


「ふふふ。これでこそ、いずみも新しい人生を歩めるというもの。……もう、帰って来ない父親を、寂しく家で待つ必要はなくなりますから」


 いつも明るい後輩の、血の繋がった本当の妹の姿を幻視する。でも、こんなのって――。


 すかさず、茉莉が講堂の中心で叫ぶ。


 この儀式を遠くから見ている〝誰か〟に向かって。


「これより、我々ヘグリグは現行社会への死刑を宣告します! 粛正対象は一八歳以上の人類! 粛正の完了後、私達が人類最良にして唯一の国家を樹立する予定ですわ!」


 茉莉の宣言に対し、言葉にならず口をパクパクとさせていた冴島がようやく声を上げた。


「ど、どういうつもりだ⁉ こんなことは計画に無い! 〈プロヴィデンス〉には米国の手が入っている! 〝№4〟が勝手な行動を取るなんて、あり得ないはずだ!」


 冴島が叫んだ瞬間、轟音を立てて天井の一部が崩れ落ちる。


――空から何かが落ちてきた。


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