第5章 あなたのためのプロトコル(Be with me.)
第41話
コウ。お元気ですか。貴方も芹那も、もうわたしのことは、忘れているでしょうけど。
なんて。この手紙は、貴方に読ませるために書いているわけでは、ありません。ただ、自分の気持ちを整理するために綴ったものです。
あの日。貴方と芹那に出会ったあの日から、わたしの人生は一変しました。 この国を生き永らえさせるシステムとして産まれたわたしは、初めて家族というものを知りました。Utopia Tentative-model No.4という無機質な名前に、意味を与えて貰いました。
コウ。あの時、わたしの事を助けようとしてくれて、ありがとう。 あの時の傷はまだ残っていますが、気にしていません。 だって、わたしを大切な存在であると認めてくれた、証だから。
コウ。わたしは、貴方のことが大好きです。芹那のことも大好きです。
これから、わたしは理不尽な目に遭っている人たちを助けるため、遠い外国へ行きます。
紛争も民族差別も簡単に解決なんてしないでしょう。
でも、わたしは。それでも、理不尽な目に遭っている誰かを助けられる人間になりたいのです。あの時、貴方が教えてくれたように。
だから、いつか胸を張って会える日が来たら。その時はまた、一緒に遊んでくださいね。
天祐志乃
*
平和なんて、無かった。地獄とはまさに、この地球上に存在したのだ。
ジュバは、正規軍による国連キャンプ襲撃が横行し、難民で溢れかえる南スーダン共和国の首都だ。
〝志乃〟は自分と年端も変わらぬ少女のお腹が大きくなっているのを見て、それが何を意味するのかを瞬時に理解して、無意識に自分の下腹部に鉛が入ったような感覚を覚えた。
国連平和維持活動(Peace Keeping Operation)。そんなのものはまやかしに過ぎない。PKOに参加する国々は、国連キャンプが襲撃される最中でも、出動することは無いのだ。
それは、平和維持活動という名の下、そこまでの装備を持参していないからだ。
ではなぜPKOに参加しているのか。いつか来る〝正常化した〟この国の市場にいち早く参入するためである。紅き国が浸透しつつあるこの大陸は、世界各国に残された最後の経済市場だ。そこに食い込むためなら、多少の無理は承知の上。
日本も自分も、そのために、ここへ派兵されている。
エンテレケイアである自分達がここに居るのは、起こるかもしれない能力者による戦闘に備えるためだと聞かされていた。
だが、南スーダンの武装勢力に自前の超能力部隊を持てるほどの国力は無い。必然的に、相対する能力者とは、PKO参加国の何処かとなる。
そして、日本が潜在的に警戒する〝何処か〟など、紅き国にほかならない。
首都で正規軍と副大統領派による戦闘が勃発した。また罪のない人達が死んでいく。混乱の中、各国軍は住民の安全確保どころか、司令部に引きこもってしまった。
自衛隊の宿営地に銃弾が飛んでくる中、混乱に乗じて中国軍超能力者部隊が脱走したとの噂が駆け巡った。
〝志乃〟は、ヘグリグ油田でクーデターを起こした彼らの鎮圧に向かった。茉莉や他のメンバーはジュバで別の任務を担当していた。リヴァイアサン・システムの演算補助があれば、確かに自分一人で対処は可能。
〝志乃〟は上官命令で気が進まないまま、鎮圧に赴く。
*
少年少女達が、こちらを恐怖の面持ちで目を見開いたまま倒れている。地面は鮮血に染まっていた。自分が行った所業を、〝志乃〟は認めることが出来なかった。
「……なぜ……こんな理不尽がまかり通るのですか……?」
『――無力な弱者を踏みつけに出来る人間が、これからの次代社会を担う資格を得ることが出来るのだ。任務達成、ご苦労だった』
そう言って、通信相手の一方的な慰労は終わった。
敵は子どもだった。しかも、大した超能力者じゃない。ウソをつかれた? どうして?
これでは虐殺だ。正義を成そうとしたコウに顔向けなど出来るわけもない。
――これでは自分は――コウに会えない……。
〝志乃〟はゆらり、と幽霊のように身体を動かし、手に持っていた血濡れのブレードを取り出した。瞬間、内部フレームが露出し、衛星軌道上の〈システム〉へと干渉を始める。
「この子たちは、誰? 〝わたし〟は、何をさせられたのですか?」
〈システム〉による関連事象の検索が始まった。――油田――取引――能力実証――生贄――東日本大震災による原子力発電の凍結――重質スイート原油の確保……。
そうか。この作戦は軍事活動であり経済活動だったのだ。
もう戦争は始まっているのだ。
でも。未来を確保するための戦争で子供が死ぬのは、どうしてだろう?
更に情報を深堀りする。
――
そうか。彼らも自分と同じ使い捨ての生命なのか。
自分は国家に造られた道具。そう思ったこともある。でも違うんだ。どの国にも大人の都合で使い捨てにされる子供が居て、人生を玩具のように扱われる子供が居るんだ。
だって、高宮紘と高宮芹那だって、そうだったじゃないか。
倒れ伏した一人の少年に近づく。自分が殺した男の子に向かって泣きながら土下座する。
「ごめん、なさい……。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。わたしは、……わたしは、何も知らなかったんです……!」
ガサ、と音がした。
つい、顔を上げてしまった。瞬間、顔の左半分が吹き飛んだ。
「(助けて媽媽)」
そう言って、銃を握った少年は倒れ伏した。こと切れたようだった。
ボタボタと血が流れる。一緒に、豆腐みたいな脳の欠片のようなものが見えた。
自分の脳漿以外の何物でもない。大切な思い出が、文字通りべちゃりと零れ落ちてしまうようだった。
「…………わたしが正義をなせないから、コウに会うことが出来ないのかな……?」
涙が頬をつたう。見えない何かが〝彼女〟を中心に波紋を広げていく。電磁波だ。その範囲はヘグリグの油田施設から成層圏の外、宇宙へと広がると、〝彼女〟の肉体は終わりを迎えた。
*
――4。わたしの識別番号。
――死。生命の終着点。わたしの結末。
――Ⅳ。イヴ。人類の母。〈サイバーテレパス〉。エムザラを選別するための機構。
――薬指。四番目の指。左手なら、結婚指輪を嵌めるための場所。
――わたしは、新国家のお姫様になる。そして、死を克服し、新人類の礎となるのだ。
――だから、その時はきっと、隣に貴方が居てくれますよね、コウ?
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