第30話
志乃は押し黙ったまま、ブレードを担ぎつつ周辺のコンビニを足早に探し、店舗が目に入るや否や、
「――コウは外で見張っていてください。わたしは、そこのコンビニで週刊誌が無いか、探してきます」
「え? ああ……。分かった……」
と、慌てた様子で店内へ入ってしまった。一体、どうしたというのか。
紘はコンビニ前に設置されたベンチに腰を下ろす。そして、状況を整理する。
蘭子は週刊誌の情報から何かを追っていた。そして、蘭子は調査対象が掲載されていたであろう週刊誌になぜか、自分の子どもの頃の写真を挟んでいた。何かを確認するために?
そして、志乃はその写真を見て血相を変えた。なぜ?
しばらくすると、志乃は自動ドアから姿を現し、すまし顔で掌を差し出してくる。
「店員さんに訊いたら、在庫が残っていました。コンビニは返本せず、買取式が多いようですね。欲しいと言ったら喜んで売ってくれました。コウ、捜査費用として500円ください」
などといつもの調子で金銭を要求してきた。自分の周りには、たかり屋しか居ないのか。
「……そのぐらい自分で払えよ。クソ、仕方ねーな……」
500円玉を放り投げてやる。なんか懐かしいなこの光景……。
コインを受け取った志乃は、
「……コウ。女性が五百円と言ったら、千円札を渡す。紳士の嗜みですよ? 女性をタクシーで送る際、三千円と申告されたら一万円札を渡すのが、バブル世代のセオリーでしたからね」
「お前も俺もゆとり世代だろ……。ったく、先輩もよくこんなゴシップ誌買うよな。俺ですら週一立ち読みで済ますのに」
「愛読者じゃないですか。内容も憶えてくれていたら、丁度良かったんですけどね」
コンビニ外のベンチに座って、ゴシップ誌を読み込む高校生の男女。
怪しい事極まりない。
「……『報道機関と官邸の黒い癒着』。多分、この記事に間違いありません」
断定した口調。理由を尋ねようか迷ったが、志乃はいつになく鬼気迫った様子で該当ページを読み込み始め、声を掛けるタイミングを逸してしまった。
紘も黙って紙面を読み込む。……気まずい。志乃は顔をこちらにぐいぐいと寄せてくるので、必然的に肩が密着してしまう。なんだか、気恥ずかしい。
数分後。ざっと流し読みした感触は、どうということもない。テレビ局や新聞社の幹部と官邸の幹部が、会食を繰り返しているという話。まあ、記者クラブ制度などという意味不明な報道体制が敷かれるこの国に、まともな報道の存在を前提に論じる方がおかしいといえるのだが。
「パッと見た感触では、そんなに気になる部分は無いようだな」
「そんなはずは……。でも、女優のスキャンダルや老後の主婦のぼやきに手掛かりがあるとも思えませんし……。わたしの勘違いでしょうか……?」
ぶつぶつと呟く志乃。そもそも、何を勘違いしているのか教えて欲しいのだが。
無論、政権支持率のページも読んだが、特段変わった内容は無かった。紘は、ふと、蘭子の切り抜いた雑誌を開き、見比べる。とくに変わったところは――――ん?
「……志乃? この切り抜かれた方の雑誌、変じゃないか?」
紘は報道機関会食の記事を開き、志乃に見せる。
「特に変なところは……――切り抜き方が、少しおかしいですね……?」
そう。他の記事はページごと切り抜かれているのに対し、会食のページだけ、お目当ての部分だけを切り抜かれたようになっている。
そのため、元記事の文章の大部分が残っていた。
「多分、記事よりも何かほかの部分に着目して切り抜いたんだ。その該当する部分は……」
先ほど購入した雑誌を開き、そのページを見る。そこには、大きな写真があった。
「集まった報道関係者の写真? でも、白黒だし目線も入っていてよく分からないな……」
ワイングラスを掲げた男達の写真。蘭子は、この中の誰かを探していた?
それを聞くや否や、志乃は好機とばかりに「ふっふっふ……」と棒読みのように笑う。
「……見つけたかもしれません……。ついにわたしの出番が来たようです」
突然、乗り気になった志乃は、先ほどの名誉挽回とでも言うように不敵に宣言すると、その写真をタブレットでパシャリ。
そして、念を送るように目を瞑りながら、電子機器を握る。
「……何をしているんだ?」
「いま、この写真の解像度を超補正し、世界中の情報網から、人物の画像検索を行っています。量子コンピュータ〈プロヴィデンス〉と〈サイバーテレパス〉があれば、こんなことはお茶の子さいさいです。――さあ、検索を始めましょう」などとカッコつけ始めた。
そして、数分後。
汚名返上と相成ったのか、志乃のスマホには二人の人物が表示されている。
「どれどれ……。――――おい、この人って、まさか……!」
「…………やっぱり。そうだったんですね、お姉ちゃん……」
一人目は男の顔写真。
二人目は少女の顔写真。
官邸幹部との会食の場に居たのは、予想だにしない人物たちだった。
そして、その少女の顔は、幼い頃の蘭子が成長したような、そっくりの顔立ちをしていることに、紘はようやく気付いた。
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