第28話
志乃が転入してから一週間が経過した。
あれ以来、高宮家は毎日が穏やかだ。学校生活にも問題はないし、芹那や自分への襲撃はおろか、諜報機関の監視も音沙汰がなかった。
その間、紘は志乃や芹那とともに、壊滅した特務情報部の手掛かりと、行方不明になっている巨永と蘭子の行方を追っていた。だが、芳しい成果は上げられず、しかも、芹那が誘拐されかけたあの日以来、志乃は何故か、瀧上という出向元の上官から指示を仰げなくなってしまったという。
特務情報部の本部が攻撃された日。巨永と連絡がつかなくなったあの日と同じ焦燥感を紘は思い出す。芹那の誘拐未遂を防いだとはいえ、事態は好転したわけではないのかもしれない。
ある日の夜、志乃がソファで寛ぎながらタブレットを操作している姿が目に入った。
「何を見てるんだ?」紘が後ろから話しかけた瞬間、志乃は「わっ!」と驚き、慌ててタブレットをホーム画面に戻す。何かの画像を見ていたようだが。
「こ、コウ。乙女のネットサーフィンを覗き込むなんて、主文後回しの刑ですよ……!」
「一体、居間で何を見ていたのやら……」呆れる紘に対し、芹那が指をさしてくる。
「お兄ちゃん! 女の子にもね、悶々とした気分になることはあるんだよ! 察してあげようよ!」
「まるでいかがわしいサイトを見ていた前提にするのはやめてください芹那」
芹那の援護射撃は誤射のあげく爆撃してしまったようだ。少しだけ取り乱していた志乃は「コホン」と気を取り直し、
「やはり、瀧上次席と連絡が取れません。次の指示が無いと作戦に支障が出るのですが」
山積みされていた懸念事項を崩すように、志乃が口火を切る。
「残された手段は、信頼できる政府関係者を見付けること。蘭子、巨永課長、瀧上次席護国官……。その誰かに当たれば、自ずと解決策が見えてくると思ったのですが……」
テロリスト撃退の次は人探し。芹那の体調に今のところ変化は無いが、早いうちにこの事件に決着をつけないと、手遅れになりかねない。政府機関との連絡復帰を急がねば。
紘は志乃と芹那を交互に見やる。
「よし。俺達の次の目標は、信用できる政府関係者への接触、芹那の医療体制の確保、そして、エンテレケイアに関わる陰謀の一切を解き明かし、俺達の身の安全を保障すること。それを目的に、案を捻り出そう」
芹那がこちらを見て、深く頷く。自分の生命にタイムリミットが迫っているかもしれないのに、最近の妹は、覚悟を決めたような顔をするようになった。自分の遺伝子を分け与えられた者たちの存在は、芹那の精神を著しく成長させたように、紘は思う。
志乃の方を見る。職場の同僚。人造人間エンテレケイア。笑顔と表情を失った〈サイバーテレパス〉。それが、紘が知る彼女の全て。
だが紘は、これまでの経緯に、何処か仕組まれているかのような違和感を覚えざるを得なかった。でも、それを裏付ける証拠も、無い。
「……何をじっくりこちらを見ているのですかコウは。視姦ですか? セクハラですよ」
「……なんでもない」紘はかぶりを振る。せっかく良好な協力関係を築けているのに、余計なことを言う必要はないだろう。
「何か調子が狂いますね……」志乃は怪訝な様子で首を傾げていた。
*
目標を整理した結果、一番手掛かりがありそうなのは、蘭子の行方であると判断した。
志乃と合流する前、家主が帰宅した形跡の無い巨永の官舎は調べ尽くしていたし、電話以外の通信手段でも軒並み反応が無かった以上、紘が近しい人間は、綾崎蘭子しかいない。
蘭子が一連の事件に巻き込まれていると仮定した上で彼女を追えば、ヘグリグや巨永の行方の手掛かりを得られると、紘と志乃は意見の一致を見た。
翌日の学校で、まずは、自分よりも蘭子に詳しそうな人物に当たる事にしてみた。
「――蘭子先輩の住所? いや、知ってるけど……。まさか、探すの⁉」
教室の自席で身を乗り出して聞いてくるいずみを紘がいなしていると、志乃がペラペラと嘘八百を並べる。
「実は、綾崎蘭子は我々高宮一族の関係者ということが分かりまして。遺産の遺留分についての処理など、民法上の法的問題が生じているため、ぜひ彼女の居場所を突き止めたいのです」
自分と芹那しか残っていないはずの高宮家の系譜がどんどん広がっていく。
「うーん……個人情報保護法の観点から本来明かしてはいけないんだけど、そういうことなら仕方ないわね……」
勿体ぶった口調で語るいずみだが、コイツは蘭子先輩の個人情報をどこで知ったんだ?
神代学園の情報機関を自称するこの新聞部員こそ、謎が多い気もする。
「ま、仕方ない。蘭子先輩の住所はココ。……私もある程度当たってみたけど、高宮君たちなら、見付けられるのかしら……?」
鎮痛な面持ちで住所の書かれたメモを手渡してくるいずみ。
紘は力強く首を縦に振った。
「……見つけてみせる。発見の暁には一番最初に、水無瀬に会わせてやるよ」
「学園女子全員の願いを託すんだからね! 志乃ちゃんも、よろしく頼むわよ!」
「お任せあれです、いずみ。わたしの演算力は現行のコンピュータを凌ぎますから」
いずみが「演算力?」と首を傾げるので、「いや、何でもないんだ」と紘が横やりを入れて誤魔化す。いくら凄いPCでも、持主がアホでは宝の持ち腐れということが理解出来た。
そして放課後。紘は志乃とともに、蘭子の自宅マンション前へと足を運んでいた。
芹那を連れて行くか迷ったが、何かの拍子に戦闘へ発展した場合を考え、帰宅させた。何かあれば、志乃の放った監視ドローンが知らせてくれる手筈だ。
志乃の背中には、剣道の竹刀ケースのような袋が抱えられているが、その中身はあの奇妙なブレードである。
職質でもされたら一発アウトだが、幸い警官に出くわすことはなかった。
貰ったメモを見て部屋の当たりをつけると、すぐにエレベーターを目指す。
「……家までは突き止められたけど、どうやって入る?」
扉番号と鍵番号を入力する文字盤を眺めながら、紘が尋ねると、
「一般住宅のセキュリティなど、〈インターフェース〉で充分です」
自動ドアの前に立った志乃が目を瞑ると、一瞬にしてガラス戸が開閉する。こうして目の当たりにすると、改めて超能力者の脅威を実感させられる。
――自分達は潜在的完全犯罪者予備軍だ。
エレベーターに乗り込みながら、紘はふと、今まで抱いていた疑問を志乃にぶつけた。
「なあ。……超能力って、いったい何なんだろうな?」
唐突な問いかけに、志乃は真面目な口調で聞き返す。
「……それは、イヴ遺伝子やエムザラ遺伝子の発現によって生じる、人知を超えた現象に関しての説明を求めているわけでは、無いようですね?」
紘は頷く。仕組みや理論の話ではない。
もっと、根源的な話。超能力発現遺伝子群とは、どこからもたらされ、何のために存在しているのか。
「――わたしが聞きかじった話によれば、イヴ遺伝子とエムザラ遺伝子は、この地球にかつて君臨していた、太古の支配者に由来するものと聞いています」
まるでオカルトのような話だが、そもそも超能力自体がオカルトだ。
エンテレケイアは、内証第七よりも政府の暗部に近い。そういった話を聞く機会も、多かったのかもしれない。
「その、太古の支配者っていうのは……?」
「いわゆる〝神〟と呼ばれる存在です。わたしたちが能力発動時に用いる〝零座標エネルギー〟で構成された、高密度エネルギー情報生命体。遥か昔、この星を支配していた彼らは、〝異界〟と呼ばれる領域に漂い、人類には観測不可能な状態で現存しているのではないか、と。様々な国家がその存在の解明に注力していますが……未だに答えは出ていないと聞きます」
えらくトンデモな話に飛んでしまった。半信半疑な表情を浮かべていると、志乃は
「あくまで、仮説段階のお話ですけどね」と断りを入れる。
だが、その〝神〟とやらが遺した遺伝子が現代の自分達まで引き継がれていると考えれば、辻褄が合わなくもない。
突然変異ではなく。先祖帰り。神様の力を振るう存在、超能力者。
「イヴ遺伝子は能力発現方法が刻まれているって話だが、それも神様とやらが関係しているのか?」
「そうですね。イヴは記憶やニューロンに干渉する遺伝子です。普通の人間が誰に教えて貰わずとも手足の動かし方を知っているように、能力者がその発現方法を生まれつき熟知しているのは、イヴ遺伝子のおかげ。わたしやコウにとっても既知のとおりです。そして、その〝記憶〟は、殆どの場合制限されており、強いストレス下において、限定解除されていく仕組みになっていると聞きます」
志乃は例えとして、有名なモンスター育成ゲームのタイトルを例に上げると、
「例えば、昔、映画館に行くと貰えた伝説やら幻のモンスターは、本当に映画館でデータを貰えるわけではなく、元々ソフトのロムに入っていたモンスターを解除するためのコードを、映画館で受信する仕組みとなっていました。それと同じです」
モンスターが能力の記憶で、映画館で受信するデータがストレスということか。
「その解除現象は俗に〝覚醒〟と呼ばれます。今まさに、コウに起こっている現象です」
覚醒。SF映画紛いの光の剣を顕現せしめた力。
「……もう一つ、いいか? プロトコルっていうのは、一体なんだ?」
度々話題に出て来る単語。多分、この事件の全ての出発点でもある何か。
「……戦後日本が進むべき道を標した、提言書のようなものと聞いています。わたしも目にしたことはありませんが、この国がこれから取るべき内政、外交、経済、治安や軍事行動の計画が記された私文書であり、戦後のある時期から、霞が関や永田町に流布されている、と」
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