第2章 エムザラの子どもたち(the Entelecheia Enforcement Elements)

第11話

【機密性3情報】

                            25閣内証令第21号

                            平成29年2月26日

 航空自衛隊

第七航空団司令 殿

                              内閣総理大臣 印

                                防衛大臣 印

                               統合幕僚長 印

                               航空幕僚長 印

            貴航空団に関する権限の委任について


 標記の件については、一切の権限を下記官職に委任するので、貴職に対して通知する。  

                   記


防衛大臣臨時政策参与 セレナーデ・カナン

期間:当面の間

                                   以上

保存期間:読後破棄


      *


 生まれた頃の記憶が、紘にはある。UNITIの研究によれば、超能力者は幼少の頃から自我が芽生えており、同年代よりも早く歩けたり、言葉を喋れたりするらしい。紘は生まれた直後から、両親にいつも「神童ではないか」と持て囃されていた。


「とうさんが、しんじゃった……」


 初めて人を殺したのは二歳の時。相手は父親。凶器は父が所持していたモデルガンだった。 たまたま銃で遊んでいたら、偶発的に撃ち殺してしまった。 


 もちろん母は半狂乱し、救急車までやってくる始末。しかし、数分経つと父は蘇生し、警察も消防も見間違いだろうと、首を傾げながら帰っていった。


「子育てで疲れたのかもしれないな。おもちゃに撃ち殺される幻覚を見るなんて」

「でも、二人揃って同じ幻覚を見るなんて、そんなことあるかしら……?」


 それからしばらくして、二人は再び、銃声を聞いた。紘の握ったモデルガンから放たれた銃弾は、確かにマンションの壁にめり込んでいた。そして、しばらくすると銃弾は消え、いつの間にか壁の穴も塞がっているのを目の当たりにする。両親は一つの結論に達した。


「紘は〝武器の模造品を本物にする能力〟を持っている……」

「どうして……! こんなに優しい子なのに……。悪魔が憑いているの⁉」

「これは俺達だけの秘密だ。他人には、特に、俺の職場には知られたらまずい。〝機関〟のモルモットにされてしまうかもしれない……。それだけは、絶対に防がなければ……」


 それから両親は、紘に対して徹底的に玩具の武器に触らない事、これは家族だけの秘密にすることを厳命した。こんなことが世間に知れたら最後、息子は研究機関の実験台になってしまうかもしれない。紘は両親の言いつけに深く頷いた。


「ま、結局超能力なんて持ったって、立ち回りが良くなきゃ誰かの道具にされて終わりだ」

「そうそう。紘は変な能力なんかに頼らず、ちゃんと勉強と運動を頑張るのよ」


 父はよく肩車をしてくれた。隣には母が居る。二人とも、突然変異種のような息子を持ってしまったにも関わらず、変わらず息子として愛を注いでくれた。紘は無邪気に答える。


「うん! おれ、まっとーなにんげんになるよ!」


 だが、そんな平凡な日常の風景は、高宮家の一側面に過ぎなかった。


「――ただいま……」「お帰りなさい、あな……ちょ、ちょっと、血塗れじゃない⁉ 大丈夫なの⁉」「いや、ちょっと犯人と揉めてな……。そんな大した怪我じゃないよ」


 父は現職の刑事だった。夜に帰宅した彼のワイシャツは、鮮血に染まっていた。傷は浅かったが、紘は子どもなりに父親の職業の過酷さを、何となく理解していた。


「とうさんは、どーしてそんなけがをしたの?」

「犯人を捕まえるときに、父さんがミスをしてしまったんだ。ははは……情けないよなあ」


 父が対峙した容疑者の男は、世間を騒がせる通り魔。その素性は大物代議士の息子で、警察はすぐに身元を割り出していた。しかし、所轄が政治問題化しないよう根回し工作をしている間、犯人は次の標的を探し始める。独断で動いていた父は、襲われていた女性を済んでのところで助け、通り魔と対峙。切りつけられながらも、逮捕へと漕ぎつけた。


 しかし、一連の傷害事件は立件されず、被害者には代議士が多額の慰謝料を渡して口止めをした。抗議した被害者家族も居たが、代議士が権力をちらつかせて訴訟を抑えた。


 そして父は、功労者にも関わらず、無断捜査を咎められた。特に、揉み消しに動いていた署長の面目を潰したのが大きかったらしい。 

署長は新たに赴任してきた若手キャリアで、根回し工作によって新たな事件を発生させたことが本庁の知るところとなり、出世の目が無くなったらしい、とのことだった。


〝理不尽に抗え。誰も助けてなどくれないのだから。それでも汝は、助ける側の人間であれ〟。


 父は、よくその言葉を呟いていた。どんなに辛い目に遭っても、最終的には自分で対処しなければならないし、決して屈してはならない。ただ、もし他人がそういう目に遭っていたら、自分は助けられる人間でありたいし、そのために警察官になったのだ、と。


「辛い目に遭っても、まずは自分で立ち上がるしかない。でも、辛い目に遭っている人が居たら、助けられるような人間になるんだぞ、紘」

「よくわかんないけど、せーぎのみかたみたいだね、とーさん!」


 父はどこか寂しそうに笑っていた。独断捜査は果たして、正義だったのだろうか、と。


     *


「そうですか。遂に官邸も陥落しましたか」


 天井から吊るされるモニター以外、光源無き闇の部屋で、瀧上功たきがみこうは眉一つ動かさず言った。その机上には、「次席護国官」と書かれた黒い三角プレートが置かれている。


 モニターの上部には「治安省庁緊急連絡会議」と表示されている。


 各画面の向こう側で深刻な顔を並べる男達は、事態の急変に頭を抱えているようだった。


『内証第七への警告を見れば、誰だって怖気づく。今度は永田町で信管が炸裂するぞ……!』


 瀧上も会議の場で何度か顔を合わせたことのある、防衛政策局長が嘆息した。先日から国会対応で幾度も矢面に立たされており、その疲労具合が表情から窺える。


『全国の基地から突き上げが来ている。〝エンテレケイア〟は方々から総理の官印を携えて装備を徴発しているようだ』


 航空要員の過去を持つ空幕総務部長が、誇りを踏みにじられたかのような顔をしている。


『横須賀では既にいくつかの艦隊が出港準備に入っているようだ。無論、海幕は何も指令を出してない。だが、ミサイルの照準は常に東京を向かせているのだろうな……』


 神経質で有名な海幕総務部長は、こちらも先のミサイル事件の対処で睡眠もまともにとれていないようだった。目には隈が浮かび、今にも倒れそうである。


『クソ! 何が次世代の国家の担い手だ! バカげた計画のせいで我が国の統治機構はガタガタになっているじゃないか!』


 陸幕監理部長が机を叩く音が響いた。


『だが、エンテレケイアに我が国最大のスキャンダルを握られている以上、我々は従うしかないでしょう。関東局九段からの報告によれば、数々の政権スキャンダルを彼らは握っているようですからね』


 公安調査庁第二部長が、諦めたかのように天を仰いでいる。


『かと言って、このまま手をこまねいて見ているわけにもいかん。特務情報部は無論、警察も自衛隊もエンテレケイアの手に落ちたのならば、ここは我が国最後の国防装置に動いてもらうしかあるまい』


 海上保安監は、瀧上が映っているであろうモニターの方へ視線を投げた。


『官邸がエンテレケイアの専横を許している以上、表の行政機関がその意向を無視することは出来ないだろう。かくなる上は、秘密裡に事態を収束するしか手は無い。我らが切り札〝内証第一〟にな』


 壊滅した内証第七の最高指揮官でもあった警察庁警備局長が話をまとめた。


『それでは、送り込んだ〝№4〟に反乱の芽を摘み取らせ、速やかに事態の収拾に尽力する。以上を本会議の結論とするが、よろしいか?』


 内閣情報官が瀧上の方を見る。その瞬間、


『――情報セキュリティはもっと厳重にすべきではないでしょうか? 所詮、中身の無い国ですから、見られて困るものも無いでしょうけど』

『イージスシステムすら乗っ取られるような国にそれは酷じゃない、茉莉まつり?』


 各省庁のリモート会議画面に映るのは、茶色の髪に奇妙なサングラス状のバイザーを掛けた少女と、金髪に眼鏡の少女の二人組。


 割り込んできたのだ。厳重なネットワークを突破して。情報機関が集まるこの会議に。


『き、貴様らッ! よくも、我が自衛隊のミサイルを……よりにもよって、貴様らが守るべきだったはずの国家に向かって!』


 海幕総務部長は、今にも画面を叩き割りそうな勢いで食って掛かる。だが、同じく被害者の防衛政策局長は、冷静な表情で二人に話し掛けた。


『国を守るべき立場だった君達が、こんな事件を引き起こしたことは遺憾の極みだよ。№3。Ⅿk5。我々の憤懣やるかたない思いを、傷を舐めて晴らすぐらい、許して貰えないかね?』


 その台詞に対し、「№3」と呼ばれた栗色に長髪の少女はせせら笑う。


『そんな暇があるなんて、本当に官僚機構は仕事をしているのでしょうか? セレナーデ、この間教えた〝服従の呪文〟、政府高官の皆様に唱えて差し上げて』


 金髪の少女「セレナーデ」は『おっけー』と言って、メモ用紙を明るく読み上げる。


『えーと、……トマリ、ヒガシドオリ、メガワ、トーカイ、カシワザキカリワ、ハマオカ……』


 画面に映った面々の顔色が蒼白となる。誰も彼も、言葉を発せなくなった。


『シガ、ツルガ、ミハマ、オオイイ、タカハマ、シマネ、イカタ、ゲンカイ、センダイ』


 少女は『まだあるんだっけ?』と、まるで宿題の答えを姉に聞くような顔で隣の少女に訊く。


『いい加減にしろ! もうたくさんだ! お前らの要求は聞いてやる! 早く失せろ!』


 警察庁警備局長の机を叩きながらの激高に、少女達の溜飲は幾分か下がったようだった。


『それでは、すみやかなる諜報活動をお願いしますわ。一回ミスするごとに、ミサイルを一発ずつ落とす罰ゲームを開始されたくなかったら、ね?』


 悪魔のような台詞とともに、少女達のウィンドウが収束する。


 だが、誰も話す者は居なかった。


 瀧上は言葉を失った面々に向かって、一言告げる。


「誰も言葉を発する必要はありません。ただ、我々は組織創設の理念に従い、これよりオペレーションの開始を宣告するだけです。では、またお目に掛かれる日を――」


 呆気に取られる高官を尻目に、瀧上は電子会議の電源を切る。そして、手元の書類を取り出し、そこに写る二人の男女の照会書類を眺めた。上部には「高宮紘」。下部には「高宮芹那」。二枚の写真の右上には「第一級監視対象」と刻印されている。

 瀧上は傍らの受話器を取り、自らの主へと通話を試みる。


「――お忙しいところ失礼します。次席の瀧上です。――ええ。米国への手配、恙なく完了しました。№4はこれから出撃準備に入らせます。――それでは、これより状況を開始します。関係各所への調整、よろしくお願いいたします。――首席護国官殿」

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