何らかの特別な感情を抱かれている……らしい

へいたろう

第1話



 東の王国カルメールには十二人の『王子・王女』が居た。


 その十二人の王子・王女はともに王の血を持っており。

 それぞれ王都各地に城を持っていた。


 彼らは次期『王候補』として、日々厳しい訓練や学習を強いられ。

 あるものは剣術を、あるものは礼儀作法を学び。

 各自“王になりたい”と言う夢のため身を粉にし努力をしていた。

 これは、競争だ。

 この十二人の兄弟姉妹は互いに競い合い。

 いがみ合い。

 たった一人しかなれない王になるため、

 精神を擦り減らし、

 他人を踏みつけ戦っていたのだが。


 その十二人の中でも一人。

 例外が存在した。


「イリーナ様、また外出ですか?」


 彼女の名前は『イリーナ・ラートル・カルメール』

 第十二番目の王女にして、

 美しい金髪に青い瞳をしたスレンダーで可憐なその女性はどうやら。


「ラルフ、今日こそあなたの願いを叶えるわ!」


 青い瞳を輝かせて天真爛漫な笑顔とともに勢いよく右手の人差し指を俺の胸に向け。

 フンッ!! と意気揚々と。

 気品のない息をはいた。


 どうやら俺『ラルフ・ウルティマ』は。

 この国の中で一番恵まれており、

 一番忙しく、

 一番大変なはずの王女様に。


 何らかの特別な感情を抱かれている……らしいのだ。



――――。



 始まりは数日前。

 俺は王女の護衛として王様に直々に任命された特別な騎士『王騎士』だ。


 王騎士は騎士の中でも最高位の人間がなり。

 剣技の技術も高く、潜り抜けた修羅場の数も多い人間がやっと任命される職業だ。


 騎士の中の騎士、それが『王騎士』だった。


 俺ら王騎士の任務は一つ。

 『王子・王女の護衛 兼 側近』として過ごす事だ。

 それはとても高貴な仕事であり。

 ともに責任がある大事な仕事だ。

 失敗はもちろん許されない。


 王子・王女は身を粉にしながら休む暇もなく仕事している。

 それは次期王に登りつめるため、血眼になってそれぞれが最善を尽くしているのだ。

 だからその側近はもちろん忙しい。

 王子・王女がこの物資が必要だと言えばすぐ手配し、

 剣の相手になれと言われたら殺す気でかかり、

 身支度や洋服の様、スケジュールの管理までの多忙な仕事量が待っている。

 王騎士は騎士とともに、側近なのだから当たり前だ。


「……」


 それが当たり前だから。

 俺は少し覚悟をしてその屋敷の門をたたいた。


「いらっしゃい、私の騎士様」


 門を開けると、そこには貴族のお辞儀、自身の黄色のドレスを両手で持ち上げながら頭を下げている女性がいた。

 その頭には王子・王女の証である髪飾りが、金髪の一部をくるくるとまとめており、基本的にストレートな金髪の中のアクセントとして、それは存在感を放っていた。

 彼女はゆっくり瞳を開いた。

 風が流れて来て、思わず俺は息を呑んだ。


「今日から王女様の王騎士として任命されました。ラルフ・ウルティマと申す者です」


 膝をつき、腰の剣を床に置いた。

 主人に頭を下げるのだ。完全に無防備になる必要があった。


「――――」


 そんな俺を見た王女は音もなく揺れて、風の様に俺の前に座り込んだ。


「えっ、王女さま?」

「私の名前はイリーナよ。王女とか、様呼びとかはいいわ。楽しくやりましょう。ラルフ」


 わざわざ俺は膝をつき頭を低くしたのに、

 わざわざ王女はドレスのまま地面に座り込んで。

 俺と同じ高さになって、子供らしい笑顔とともにそう言ってきた。


 それが俺、ラルフ・ウルティマと、

 イリーナ・ラートル・カルメールの初対面だった。




 俺はどうやらこの王女に、何かしらの特別な感情を抱かれている。

 それが何なのか、俺すら理解していない。

 もしかしたら恐ろしい物かもしれなし、もしかしたら好意だったりするのかもしれない。

 かといって、俺は王騎士だ。

 例えどんな感情を向けられていたとしても、俺は仕事を全うする。


「早くこっちに来て! ラルフ」


 この国では、王女が街を歩く事なんて普通はありえない事だ。

 なぜなら王子・王女は忙しく、日々、切磋琢磨と働き自分を磨いているとされている。

 だから王女が休日に身軽で質素な服を着て、

 指輪も一個だけに減らして。

 外を歩くなんて。

 ありえないはず、だった。


 王女の証である髪飾りを今日はつけていないらしい彼女は、

 自分の金髪をポニーテールでまとめていた。


「王女様!?」

「またうちの商店街に来てくださったぞ!!」


 国民の中で、十二人の王子・王女は美男美女と有名であり慕われている存在だった。

 だからだろう。

 この商店街の民たちは目を輝かせながら王女を眺めている。


 尊敬の視線に晒されながら、王女は俺に振り返ってきた。

 だから俺は口を開く。


「イリーナ様、今日はどこに?」

「さあね。しいて言うなら、あなたが行きたい場所よ」


 王女は後ろ歩きをしながら俺の顔をジロジロと見てくる。

 またふざけているのだろうか。

 行きたい場所と言われても側近である俺の行きたい場所はある意味あなたが行きたい場所なんですがね。

 と俺は心の中で呟く。


「というか、いつになったらラルフは様呼びが抜けるのかしら?」

「いつになっても様は付けますよ。だって俺はあなたの王騎士なんですから」


 言うと、明らかに王女はつまらなそうな顔をした。


「王騎士とか面倒だわ。私は父上の王冠に興味がないのだから」


 そう、何とこの王女イリーナは。

 他の兄弟姉妹とは全く違い。

 この国の王冠を狙っていないのだ。

 後ろ歩きから戻り、王女は俺に背を向けた。


「いいんですか? そんな怠慢で」

「言うようになったわね。いいのよ、お父様はあくまで自由にしろと言っていたわ」


 自由気まますぎる気がするのは俺だけなのだろうか。

 まあ王女様がそうして欲しいと言ったらそれを実行するのが俺の役目だ。

 自分の立場を弁え、そして護衛の任も忘れては行けないな。

 気を引き締めて行こう。


 人の目に晒されながら商店街を抜け。

 王女イリーナと俺はとある建物に入った。

 四階建ての装飾が細かい建物で、中に入ると、すぐさま受付の人間が驚いた顔で奥へ逃げていく。

 そして現れたのは少し小太りの偉そうな男だった。


「またご来店してくださったのですね。第十二王女イリーナ・ラートル・カルメール様」

「なんて長い名前なのかしら」

「あなたの名前ですよイリーナ様」


 俺が後ろでそう言うと、イリーナ様はほっぺを膨らませながら振り返ってくる。

 どうして俺がこんな視線に晒されなきゃいかんのだ。


「今日は二人で来たから、二人でお願いね」

「かしこまりました。赤い看板のお部屋をお使いください」


 そう言い、赤いペイントがされた鍵を手渡される。


 どうやらこの王女は一度この店? に来たことがあるらしく。

 この男はいわゆる店のオーナー的な存在らしく、受付の子が逃げて行ったのはこのオーナーを呼びに行ったからだった。

 まずまずここは一体何をする場所なのか、俺は分からなかった。


 俺は周りを見回す。

 富裕層向けの、娯楽施設だろうか?

 この王女は案外、そう言う事に興味があるのなら意外だが。

 あるなら『決闘賭博』だろうか。それとも『奴隷市場』?

 いや待て、赤い看板のお部屋とか言っていたな。

 部屋を貸し出しているのか?


 ……まさかな。



「………」

「どうしたのラルフ? 何か疲れたような顔をしているけど」

「いえ……何でもないです」


 赤いプレートがある部屋を見つけ鍵を使用し中に入ると、そこは広い空間だった。

 長方形の部屋で、靴を脱いで足を踏み込むと。

 その床はまるで滑り止めがしてあるような質感だった。


 ……俺も大概、節操のない男だったと言うわけか。

 そうだよな。

 こんな純粋そうな王女様が、富裕層向けの風俗なんてありえるはずがない。

 ここはただの『修練所』だったのだ。


「さて、ラルフ」

「なんですか、イリーナ様」


 俺は気を取り直し、かわいく座った王女様の前に剣を下ろして座り込む。

 何かたくらんでそうなワクワクとした顔を見ていると。

 ピョンッと彼女のくせ毛が跳ねた。


 この部屋は剣の練習や踊りの練習、

 さまざまな用途に使用できる部屋を貸し出している施設だったのだ。

 これは不覚だったし、少し自分が恥ずかしい。

 どうして俺は勘違いを……。


「ラルフ!! 私と剣の手合わせをしましょう!!」


 え?


 突然前のめりになって王女は両手を俺の手前で勢いよくつく。

 顔と顔がぐんと近くなり。

 王女の青い瞳と、少し火照っている頬が目に入ってきた。


「イリーナ様? 一体何を……」

「あなたは王騎士になる前、確か冒険者だったんでしょ? 冒険者から騎士になって、そして王騎士に任命された」


 おおむねその通りではあるけど。


「なら剣の腕も魔法の腕もあるはずしょう?」

「お言葉ですが、魔法は使えませんよ。苦手なので」

「まあ今はそんなことをどうでもよくって! つまりね」


 またもう一度ドンッと両手を突いて、王女はさらに急接近して来て。


「剣に自信があるんでしょ? ラルフは」

「……まあ、ありますけど」


 これでも冒険者の中では剣士だったんだ。

 一応、剣の腕はあるけど。

 これは……その。


「これは王冠を狙いに行くと言う事ですか?」

「え? 違う違う! 全然そんなつもりないよ。ただ、あなたと遊びたいだけ」


 どこまで本気なのやら。

 王女は恐らく最初から手合わせをするために軽装で来ていたのだろう。

 全く、他の兄弟姉妹は忙しそうにしているのに。

 この王女様と来たら。


「ちなみに、本気で行った方がよろしいでしょうか?」


 俺が木剣を両手で握り、一度振った後にそう聞くと。


「あなたがそうしたいならそうしなさい。私も、手を抜くつもりはないから」


 王女はいいながら俺と同じ木剣をふらふらしながらも持ち上げて二度降った。

 ……あんまりいい音が鳴っていない。

 本当に手に力が入っているのだろうか?

 まあいい。


「では参ります」


 その王女の一言で、場の雰囲気は凍った。

 俺と王女はお互いに見つめ合い。木剣を強く握りながら。

 俺は俺の構えをする。


「――――」


 すると王女は見た事がある構えをした。

 やはり十二人の兄弟姉妹の一人なんだ。剣術を、やったことがあるのですね。


「ッ――」


 先行は俺だった。

 右足を突き出して、強く地団太を踏み。

 俺は木剣を上から下へと振り下ろした。


「ぅっ――」


 刹那、俺の木剣はせり上がって来た王女の木剣により。弾かれた。

 いいや、弾かれたと言うより。

 流されたが正しかった。


 俺は流されたのち、すぐさま王女の追撃に備え剣とともに身を一歩引くが。

 まるでそれを読んでいたかのように王女は左足で前に踏み込み、横に木剣を振った。

 その時、剣が空気を切る音がしなかった。

 それは力が入っていないのではなく、ただただしなやかな動きだったのだ。


 強い。

 そう遅くとも確信した。


 そうだ。

 まずまずこの怠慢な王女でも、剣術などは多少嗜んでいるのが普通だ。

 次期王候補ともなる人間が。

 何もしず日々過ごしている訳がないのだ。

 これはもしかしたら俺が試されているのかもしれない。

 俺は王騎士として、この王女イリーナに、試されているのかもしれないのだ。


 ならばやる事は一つ。

 本気で取り組むことだ。


「――【剣技】」


 剣技、荒術我琉羅(ラフ・ガルラ)。


「使ってきますか、ならば」


 王女はまた構えを変えた。

 もしかしたら剣技でも使ったのだろうか。

 まあいい。


 それが試練ならば、俺は、全力で応えるのみだ。


 ――神速のステップで近づき、俺は宙で一度一回転をする。

   回転の勢いに任せ剣を横に切るが。

   どうやらそれは王女イリーナにとって造作もない攻撃らしく。


 王女も俺の剣技を容易く下に流し、右足で地面を蹴り上げ、空中で王女は振りかぶった。

 その様子はまるで剣の鬼だ。

 一流の剣士にも劣らない剣術を披露する彼女は、

 ある意味女性らしくない動きを見せてくる。

 それはまるで彼女の違う一面が現れている様だった。


 青い瞳と金髪が綺麗な曲線を描いて、彼女は空中で一回転し、俺と同じような勢い任せの剣を振りかぶった。


 これは一本取られたかな。

 と俺は溜息をついて。


 俺は木剣を腕の中で逆さに回し、逆手持ちに変更した。

 そして俺はしやなかで重かった王女の一撃を、空中で弾いたのだ。


「……降参ですか?」


 俺が弾いた反動で後ろに押され、地面に着地するとともに。

 王女はどうやら着地に失敗したらしく。

 足を捻り大きな音を立てて地面に落ちた。


「いてて」

「……あ」


 そうだ、俺は王騎士だ。

 忘れちゃダメだろ。


「大丈夫ですか、イリーナ様」


 俺は倒れた王女に近づき、膝をついて足を触る。

 どうやらぶつけただけで大事には至っていないらしい。

 本当に良かったと。胸を撫でおろす。


「イリーナ……様?」


 俺が王女の顔を見ると、耳を赤くしながら、落ちた衝撃で崩れたポニーテールが右手に落ちてくる。

 彼女はなぜか感情が読めない顔をしていた。

 なんて言えばいいのだろう。

 負けたのに、嬉しそうな。そんな顔だった。


 そんな顔を見たとき。ああ、俺はまた勘違いをしたんだなと思った。


「ラルフ、楽しかった?」

「……ええ。イリーナ様はお強いのですね」

「へへっ」


 試されていたなんて、気のせいだった。

 ただこの人は。

 俺に、楽しんでほしかっただけなのか。


「――――」


 俺は馬鹿だ。

 でもこれでいい。


「今日は意外なイリーナ様をみられて、俺は嬉しかったですよ」

「何よそれ、いつもは言ってくれない癖に」


 俺が言うと、彼女は明らかに照れくさそうにそう早口に言う。


「今日はかっこよかったので。素直に褒めたら王冠を狙うかなと」

「あなたが狙ってほしいなら私は頑張るけれども?」

「いいえ、王冠を狙うと言うのは、そういう事じゃないでしょ?」

「ふふっ。確かにね」


「歩けないから、おんぶしてくれる? ラルフ」



――――。



 王女様は重かった。

 なんて正直に言ったら背中を取られているので頭を殴られてしまうが。

 別に体重だけでもなく、いろんな意味で、重いと感じていた。


「イリーナ様はどうして王になりたくないのですか?」

「別になりたくない訳じゃないけど。ただ、あんまり疲れたくないだけよ」

「疲れたくない?」

「だって毎日毎日勉強しまくるの、嫌じゃない?」


 確かに。

 そうか、この人はそういう人だった。


 夕日に照らされながら、俺は王女をおんぶし帰宅する。

 もともと筋力はあるほうだ。だから俺はこんな重い王女を持ち上げるのは、ある意味造作も無かった。

 他人の視線が痛かったが、まあ、別に良かった。


「明日は何したい、ラルフ」

「俺は別にしたいことなんてないですよ」

「どーしてそんなつまらない事を言うのかなぁ」


 つまらない事と言われましても、『王騎士』事態が言ってしまえばつまらない仕事だからな。

 騎士である使命を捨てて、美男美女の王子や王女にこき使われる。

 元冒険者の俺からしたら。

 退屈にもなる。


 少なくとも、最初はそう思っていたのだがな。


「イリーナ様はどうして俺を楽しませようとするのですか?」

「え? 分からないの? 呆れたわ」

「……?」


 少しの沈黙の後、背中でもじもじと動く王女が口を開いた。


「……最初に会った日、あなたの顔が硬すぎたのよ。だからほぐしてやろうと思ってね」


 背中に担いでいるからか、顔は見えなかったけど。

 変にはっきりとそう王女は言った。


「そうなんですか。では今はどうです?」

「今って?」

「ほぐれていますか。俺の顔は」


 そう俺が意地悪に言うと、王女はうーんと声を出しながら項垂れ始めた。


「っ!?」


 すると唐突に、俺の頭は後ろに引っ張られて。

 俺の頭の上に――。


「ふん。まだ、硬いわね」


 顔と顔が、とても近かった。

 金髪が俺の喉に触れて。

 お互いの肌には触れていないのに、彼女の体温を肌で感じた。

 暖かい風が全身に当たって、俺は目の前の顔を見る事しかできなかった。

 大きな青い瞳、少し口角が上がっている口、いつもはみれないオデコが目に入ってきた。


「あっ……ごめんなさい」

「い、いえ。大丈夫ですよイリーぃっ!?」


 その瞬間、咄嗟にイリーナは顔を引いた影響で思わず体重が背中にかかった。

 俺はそのままバランスを崩し、――背中から一直線に倒れてしまった。


「ぐげぇ」


 後ろから潰れたカエルみたいな声が聞こえた。


「だ、大丈夫ですか!?」


 すぐさま俺は起き上がり、下敷きにしてしまった彼女に視線を移す。

 するとそこには、


「だ、大丈夫よ……で、でも、また歩けなくなったかも」

「あぁ! 無理して起き上がらないでください!! 怯えた小鹿みたいになってますから!」


 両手をついて起き上がろうとする彼女の両手は、プルプルと恐ろしく小刻みに震えていた。


 本当に……そんなつもりはなかったんだ。

 まさか彼女を守るはずの王騎士が、彼女に危害を加えてしまうとは。

 散々彼女が重いとかなんとか言っていたが、俺だって男で体格もいい方だ。

 恐らく俺の方が何倍も重い。

 そんな俺が、俺が……。


「手、取ってくださいイリーナ」

「……え?」

「俺がもう一回おぶってすぐに屋敷に戻りましょう。骨とか折れてたら大変だし」

「骨って、……私を何だと思ってるの?」

「あなたは国のお嬢様で俺の主人だと思っています。早く手を取ってください」

「…………ん」


 小さく細い右手が伸びてきて、俺はその手をゆっくりと持ち上げて。


「背中に乗れますか?」

「え、ええ」

「意識はありますよね」

「……もちろん」

「じゃあ体に異常はありますか?」

「…………」


 俺は彼女を背負いあげ、彼女のお尻を両手で包む。

 そしてなんの異常も無いか矢継ぎ早に問いただすが。


「……顔が、熱いかも」

「顔が熱い?」


 顔が熱いだと?

 何故だ。あるなら背中などが痛いとかだと思ったんだが。

 まさか……俺の頭で鼻とかを強打してしまったのだろうか。

 そうだったら大変だ。

 早く彼女を、


「ラルフ」

「は、はい?」


 俺が急いで彼女を担いで移動していると、ふと右耳に名前が呼ばれた。


「どうしましたかイリーナ」

「……さっきから、様がついてない」


 え。


「それに、距離がちかい……」


 あ、


「…………」

「別に良いわよ。私は気にしてないから、様なしで」

「……はい」


 ……何だろうか。この感覚は。

 この胸の高鳴りは。

 背中から感じる鼓動のうるささは。

 まさか、本当に……。


 いいや、俺は認めないぞ。


 例えどんな特別な感情を抱かれていたとしても。

 俺は王騎士なんだ。

 側近なんだ。

 か……王女様の護衛なんだ。


 忘れるな。

 俺は、王騎士ラルフ・ウルティマなんだあぁぁ――!!



――――。



 顔と顔を近づけた。

 暖かい風が吹いて、私は思わず彼の顔を見て堪えきれない笑みをこぼす。

 私を持ち上げていたからか彼は少し熱っぽかったのを直に肌で感じる距離。

 私の前には優しい黒目に、少し生えている髭、そして整ったカッコイイ顔が目に入ってきて。


 あなたを絶対に、笑顔にして見せるわ、ラルフ。

 私はそう心で呟いて。

 してみたかった接吻を我慢して、顔を離した。




「いてて」

「大丈夫ですか、イリーナ様」


 あの時、少し遅れて来てくれて、本当によかった。

 多分私……顔が熱かったし、赤かったと、思うから。


 明日こそ笑わせてあげるわ。ラルフ。


 こんな不器用な私だけど、

 この恋だけは、絶対に、実らせるんだ。



 どうやら私『イリーナ・ラートル・カルメール』は。

 この国の中で一番恵まれており、一番忙しく、一番大変なはずなのに。

 兄妹の中で一番『不器用』な私のはずなのに、




 私は彼に、特別な感情を抱いている……らしかったのだ。








『王騎士と怠惰な王女様』





ここまで読んでくれてありがとうございました!!

意外と設定的には面白くて話を広げられそうなので暇ができたら続きを連載してみようかなと考えております

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