第10話 無償の愛

 僕が公園に着いた時にはすっかり夜になっていた。ベンチにあかりさんの霊とSさんが座っていた。あかりさんは僕を見るなり優しく微笑んで〝ありがとう〟と呟いた。あかりさんは琴音ちゃんの遺体が警察によって発見され、お母さんとの対面も済んだ事を教えてくれた。霊には距離や時間は関係なく、その気になれば離れている場所で何が起こっているか分かるようだ。〝あかりさんは君にお礼を言う為に待っていたんだよ〟とSさんが言った。〝お詫びとお礼ね〟そう言うとあかりさんは自分も琴音ちゃんの霊をお母さんの元に還してあげなければと思いつつ、一人になる寂しさと二人でいる時の楽しさに勝てず、ずるずると時間が経ってしまっていた事を詫び、その状態にケジメをつけさせてくれたとして僕に礼を言った。僕を責めず穏やかな笑顔で淡々と話すあかりさんを前に、『あかりさんにはつらい仕打ちをしたのでは無いか。』という迷いが込み上げ、僕の表情は曇った。するとあかりさんがベンチから立ち上がり、僕の前に立った。そして僕の目を真っ直ぐに見つめながら首を横に振った。僕は溢れる涙に頬を濡らしていた。

 〝もう思い残すことは無いわ〟そう言うとあかりさんはSさんに向かって頷いた。Sさんは頷き返すと合掌してお経を唱え始めた。その声は慈しみに満ち、あかりさんは静かな笑みを湛えながらその目を閉じた。僕の胸に到来していたさまざまな感情の波も凪いでいくのを感じた。あかりさんの姿が薄くなっていく…そして会釈をしたように見えたのち、あかりさんの姿は見えなくなった。

 

 放心状態の僕を現実に引き戻したのはSさんの声だった。〝あかりさんはね、本当にひどい虐待を受けていたんだよ。亡くなったのも衰弱した上での餓死に近い、それでも…〟Sさんの言葉が嗚咽おえつで途切れた〝…それでもあかりさんは両親を悪く言わないんだよ!逆にパパとママに会いたいって!!〟それだけ言うとSさんは嗚咽にあらがえず口を閉ざした。涙がこぼれないよう僕は空を見上げた。しかし涙は次から次へと頬を伝ってこぼれ落ちた。


 どれぐらいの時間が経ったのか、気が付くとSさんの呼吸も落ち着き、僕の涙も枯れていた。〝帰ろう。〟とSさんが言い、僕達は歩き出した。

 公園の脇に停めてあった車にSさんが乗り込みエンジンをかけた。ウィンドウが下がりSさんが顔を覗かせた。〝できれば今回で最後にしたいね、こういうのは〟と言いながらもSさんの顔は微笑んでいた。車が動き出した、走り去ろうとする車に僕は深々と頭を下げた。


おわり

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クローバー🍀(カクヨムWeb小説短編賞2022投稿版) 内藤 まさのり @masanori-1001

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