第9話 お別れ

 2人の霊はしばらくの間固く抱きしめ合っていたが、意を決したのかあかりさんが抱擁を解いて立ち上がった。〝ごめんね琴音ちゃん。〟そう言ったあかりさんの頬を涙が伝った。そんなあかりさんに向けて琴音ちゃんはとびきりの笑顔で〝ううん、琴音はね、あかりちゃんの事が大好き!〟と返した。あかりさんをおもんばかる幼い琴音ちゃんの気持ちが僕の胸を打った。あかりさんは涙を拭うと満面の笑顔を作って〝うん、ありがとう。〟と精一杯の明るさを絞り出して応えた。そして静かに視線を僕に移すと頷いた。それを合図に僕は琴音ちゃんの手にそっと手を添え〝さあ、ママに会いに行こうか。〟と言った。琴音ちゃんは〝バイバイ〟とあかりさんに手を振った。するとあかりさんも笑顔で〝バイバイ〟と手を振り返した、しかしその笑顔は何かを必死にこらえる笑顔だった。琴音ちゃんは元気よくプイッとあかりさんに背を向けるとズンズン歩き出した。僕は琴音ちゃんの後を追って歩き始めた。しかしすぐに琴音ちゃんは顔をクシャクシャにして泣き出してしまった。それでも琴音ちゃんは振り返らず、歩みを止めることはなかった。


 琴音ちゃんの後について30分も歩いただろうか、僕は川沿いの道を歩いていた。琴音ちゃんはある場所まで来ると河原に足を踏み入れ、迷う事なく川のきわまで進んで行った。そして一度僕の方に振り向いて〝ニコッ〟と笑ってバイバイと手を振ると、川の際に鬱蒼うっそうと広がるあしの中へ消えていった。僕は慌ててあしを掻き分けながら琴音ちゃんの後を追った。前がほとんど見えない状況のまま必死であしを掻き分け進むと目の前に突然空間が現れた。足元をみるとそこに顔は見えないが泥だらけの女の子が横たわっていた。服装から琴音ちゃんだとすぐわかり、無意識に助け起こそうと近づいた。しかしそこに死がかもし出す絶対的な〝無〟がまとわりついている事に気付き、僕は伸ばしかけた手を止めた。そしてゆっくりと姿勢を正すと合掌し〝琴音ちゃん、寂しかったよね。ありがとうね、教えてくれて〟と話しかけた。

 琴音ちゃんとの別れを惜しんだ後、僕は携帯を取り出して現在位置を確かめた。報道で琴音ちゃんが行方不明になった川上の場所から、かなり下流に位置する場所だった。最後に僕は琴音ちゃんに合掌して〝ごめんね、もう少しだけ待ってて。〟と告げると近くの駅に向かっては速足で歩きだした。

 

 駅前で公衆電話ボックスを見つけると僕は警察につながるダイヤルを回した。オペレーターの男性に〝遺体を偶然見つけた。場所は〇〇川の左岸。〇〇橋から300mぐらい上流の葦の茂みの中です。〟と一方的に伝えると電話を切った。公衆電話を出ると僕は帰宅ラッシュの人波に紛れて改札に向かった。途中、慌てて走る二人の警察官とすれ違った。

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