幼馴染と、星と。 〈後編〉
まずは賢と待ち合わせしている校門の近くの時計台の下へ向かった。
まだ賢は来ていなかったのでぼんやりと空を眺めていると
「萌花」
と懐かしい声が聞こえた。
振り返ると、やはり賢がいた。
「久しぶり。背、結構伸びたんじゃない?」
「久しぶりだな、本当に。あ、気付いた?10cmくらい伸びた。」
「そういえば、どうなの、最近。勉強とか大変なんじゃない?」
「思ってたよりも大変さ。でも楽しい。」
「ならよかった。」
そんな他愛のない会話をしながら、色々な店をまわっていく。
途中、友達にカップルだと間違われながらも楽しむことができた。
そうしているうちに時は流れてゆき、ふと時計を見ると針はもう10:30を指していた。
あと15分でダンスパフォーマンスが始まる。
慣れている道とはいえ、混んでいていつものように順調には舞台につくのは難しそう。だから少し早いけど賢と一緒に舞台へ向かった。
予想通り混んでいて、なかなか舞台にはつけなかった。
「ダンスパフォーマンスはあと10分で開始いたします。チケットをお持ちの方はお早めに観客席までお越しください。
繰り返します……」
妙に間延びした、知っているような知らないような声のアナウンスを背中で軽く受け流しつつ、ずんずん前へ進む。
今はさっきの場所からちょうど半分くらい進んだところだ。今の段階でいつもの倍くらいかかってる……。
やっぱりあの時に動き出して正解だったみたい。
舞台についた時は開始の5分前で、まばらに人がいた。
見やすそうな席へ移動し、賢とあれこれ話をしながら開始を待つ。
だんだんと照明が落とされていく。
それに伴って私と賢との話し声も自然と小さくなっていく。
お互いの顔も見えないくらい暗くなった時、ウィンドチャイムのような音が聞こえた。
「大変お待たせいたしました。ただいまより近江が丘中学校、第96回文化祭生徒パフォーマンス「光」を開始いたします。」
「生徒パフォーマンスは2部構成になっており……」
開始を知らせるアナウンスが鳴り響き、諸注意などが読み上げられる。
「それでは第一部、ダンスパフォーマンスです。」
ジーっと舞台特有の幕が上がるような、開始を知らせるような音が鳴る。
次の瞬間パッと照明が付き(といってもまだ暗い)舞台上にいる生徒が見えるようになる。
舞台上の生徒は皆、こちらに背を向け立っている。緊張がひしひしと伝わってくる。
センターにいる唯星にスポットライトが当てられ、唯星はくるりと振り向いた。
「この曲は私たちの学校の校歌をダンスパフォーマンス用にかっこよくアレンジしたものです。
私たちの学校の校歌に含まれた前向きな歌詞と伝統を渾身のパフォーマンスで表現しました。
それでは私たちのパフォーマンスを心ゆくまでお楽しみください。」
唯星が高々と宣言し、マイクを床に置く。
その動きさえダンスのステップかと思うほど可憐だった。
その動きを合図に音楽が鳴りだし、舞台上も一層明るく照らされる。
「ねぇ萌花。あのセンターの子って誰?」
ささやくような声で賢に問われる。
「小野唯星って子。私の大親友。」
「へぇ。“あいつ”か…。」
“あいつ”という言葉に多少の違和感を感じたが、ステージに集中していたためか、すぐにそのことは頭から消えていた。
ダンスも終盤に差し掛かり、一層パフォーマンスに引き込まれてゆく。
曲が校歌のアレンジバージョンということで、衣装も私たちの学校の制服をベースにつくったものらしかった。
舞台の上の子がステップを踏むたびにひらりとスカートが揺れ、服のすそが小さくめくれ上がる。
白を基調とした衣装の軽い生地が揺れる度に眩しい舞台の光を反射し、背中についたチュール素材の大きなリボンが宙を泳ぐ様はまさに「光」だった。
その中でも唯星はひときわ輝いているように見えた。
つやつやとしたツインテールが揺れるたび、その小さな体でくるりと回るたび、儚くて、だけど芯がある唯星らしい唯一無二の美しい光となって目に映る。
夢中で唯星を目で追いかけているとふと目が合って、小さくにこりと笑いあった。
次の瞬間——きっと賢を見たであろう——唯星の表情がかたまった。
隣にいる賢のことを盗み見る。
困惑のような、怒りのような、後悔のような、そんな目で唯星を見ていた。
あぁ、恋だ。絶対に違うとわかっていながらもそう思ってしまった。
ほんの一瞬、一秒にも満たないほどの短い間、賢と唯星との間に流れた不穏な空気がとても長く重たく感じた。
ふと我に返った時には、何事もなかったかのように思わせる歓声に呑まれていた。
あの一瞬の前と後で変わらぬ歓声。変わらぬリズム。変わらぬ賢の表情……。
もし、あの一瞬の前と後とで、一つだけ間違いの含まれているまちがいさがしになったのなら、きっと気付くのは私だけだろう。
変わったのはただ一つ。唯星の動きにぎごちなさが出たことだけだ。
でも、きっとみんな気付かない。
どこがぎごちないのかと聞かれると言語化しかねる、いわば親友の勘とでもいうものだ。
あぁ、いけない。あまりにも考えごとをしすぎて見るのをすっかり忘れるところだった。
改めでステージに集中しなおす。
やはり練習の成果があってか、とても綺麗なダンスだった。
これならどこかの大会で勝てるのでは…?そう思ってしまうほどだった。
素晴らしいパフォーマンスが終わり、観客席は拍手の音であふれかえる。
30秒ほどの長い拍手が止み、ステージの上で先輩らしき人が「せーの!」と言う。
「「ありがとうございました!!」」
舞台上の生徒が声を揃えて言う。
再び拍手の波が訪れ、幕がゆっくりと下りてゆく。
幕が下りた後も拍手はやまず、所々で「アンコール」という声も聞こえる。
おつかれさまとでも言いに行こうと席を立とうとしたその瞬間、唯星とひなのから「舞台裏に来て」というメールが届いた。
あまりよくない予感がして、賢に一声かけてからすぐ舞台裏へ向かった。
すると、舞台裏の入り口のすぐ前にひなのがいて、明らかに急いでいる様子だった。
腕を引っ張られ、半ば強制的に唯星のいるところへ連れていかれる。
そして、唯星は私を見るとすぐ抱きついてきて、ひなのに退室を促した。
ひなのが完全に部屋から出ていった瞬間、唯星は涙目で
「怖かったぁ……」
と言った。
親友とは言えどあまり弱音を吐く姿を見たことがなかったので驚いた。
その時はきっと大勢の前で踊った緊張による言葉だと解釈していたけれど、本当は違ったんだね……。
星と見た明日。 葉月楓羽 @temisu00
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。星と見た明日。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます