火鉈(かなた)へ

touhu・kinugosi

火鉈(かなた)へ

 開拓移民船がこの星に墜落して約百年。


 この星の改造用ナノマシンはコントロールを失っている。


「……”地改(地形改造)“で山が消えた……」

 周りは見渡す限りの茶色い荒野。


 陸翔(りくと)は、双眼鏡から顔を離した。

 黒髪、黒い目。

 二十代前半、身長は175センチくらいか。

 身体は、細身だが引き締まっている。


 消えた山の上には、キラキラとしたもやが見える。

 惑星改造用のナノマシンが光を反射しているのだ。 


 カチリ


 陸翔(りくと)はバイクのエンジンを切った。

 ゴーグルを下ろす。

 ドロドロというエンジン音が消える。 


 不整地用二輪駆動モーターサイクル、”火鉈(かなた)”である。

 

 群青色に塗られた燃料タンクの横には、赤い鉈のマークが描かれている。


 前輪を駆動させる、縦置き、水(W)・酸素(O)・水素(H)・分離(SEPARATE)型Vツインエンジン。

 後輪を駆動させる、縦置き、WOHS型、Vツインエンジン。

 二つのエンジンを向かい合わせに搭載していた。


 シャフトドライブ、片持ちの油気圧サスペンション。


 車体後部には、予備タイヤを垂直に積んだ大きなキャリアー(荷台)。


 その上に積まれた荷物の中から、野営用のテントを出した。

 陸翔(りくと)は風向きを確認する。


「ナノマシンはこちらには来ないな」

 

 タブレット端末に地図を出し、変化した地形を修正する。


 陸翔(りくと)は、”地図屋”だ。


 地形の変化を確認した後、テントを張った。

 携帯用トーチで、湯を沸かしコーヒーを作る。


「明日、ナノマシンが散ったら確認しに行くか」


 もう夕方である。


 ジャケットのポケットから、マッチと煙草を取り出す。

 シュッ

 マッチで煙草に火を点けた。

 フウウウウ

 紫煙が夕焼けの空に漂い消える。


 空には二つの小さな月が出ていた。


 簡単な夕食を食べ、”現地獣(げんちじゅう)”よけの電磁シールドを起動させる。


「寝るか」


 ランタンの灯を落とす。

 テントの中の寝袋にくるまり、陸翔(りくと)は眠りについた。 




 ビイイ、ビイイ。


 陸翔(りくと)は深夜、大きな警告音にたたき起こされた。


「接近警報っ、現地獣(げんちじゅう)だ」

 寝袋から起き上がり、バイクからプルバップ式のショートアサルトライフル(P90)を取り出した。

 少し離れた所で、電磁シールドがパリパリと音を出しながら光っていた。


 ブヒイ、ブヒイイ


「”トゥースボア”か」


 闇夜の光る赤い目。

 四本のキバを生やした夜行性の猪である。


「群れからはぐれたようだな」

 本来”トゥースボア”は、群れで行動する現地獣(げんちじゅう)である。

 

 タン、タタタン


 ”トゥースボア”を、アサルトライフルの一斉射で仕留めた。


「肉が確保できた」

 明日解体しよう。

 とりあえず血抜きを行う。

 それから、朝まで何事もなかった。

  

 

 次の日だ。

 

 猪を手早く解体した後、肉は保存シートに包んでバイクに括り付けた。

 

 ドドドドド


 重低音のエンジン音を響かせ、昨日まで山があった地点まで移動した。

 雲一つない晴天。

 これは、地形改造用のナノマシンがない、ということだ。


 ”地改”は起きない。


 ”地改”に巻き込まれると大変危険だ。


 山があった所まで来た。


「は、ははは、は、こりゃあいい」

 陸翔(りくと)は大口をあけて笑った。


 見渡す限りの黄色と緑。


「”ひまわり“ だ」


「山を一面の、  ”ひまわり畑”  に変えやがった」


「ははは」


 目の前のバカバカしいともいえる光景を見ながら、

 カチリ

 エンジンを切り、

 カチャリ

 サイドスタンドを出し、バイクから降りた。

  

 煙草に火を点け、楽し気にひまわり畑を散策した後、


「仕事だな」


 バイクの荷物から、記録用のドローンを取り出し飛ばす。

 プログラムに従って自動で飛んだ。

 タブレット端末に周りの地形を映し始める。



「おや」

 陸翔(りくと)は、”ひまわり畑”の一部が不自然に空いているのに気づいた。


「x13、y24、地点ズーム」

 ドローンが近寄り映像を映す。


「棺桶?」

 土に汚れた棺桶状のものが映った。


 ”ひまわり畑”の広さが大体、野球のグラウンドくらい。

 その真ん中に近い場所にそれがあった。


「行ってみるか」

 片手にタブレット端末、肩にはプルバップ式のショートアサルトライフル(P90)を下げた。

 端末で位置を確認しながら、ひまわりの中を歩く。


「これは、宇宙船用の脱出ポッドだな」

 表面には、”惑星開発公社船籍、開拓船、水無月”とかすれた文字で書かれている。


「百年くらい前のものか」


 開拓船が、この星に墜落して約百年過ぎている。

 地面の中に埋まっていた脱出ポッドが、”地改”で地表に出てきたようだ。


「ふうむ」

 タブレットから、接続ケーブルを伸ばし脱出ポッドに繋ぐ。


「中の人が生きてる」

「だが今にも脱出ポッドのパワーがつきそうだ」

「仕方ない目覚めさせよう」


 本来なら病院で目覚めさせるのが理想的だ。

 タブレットで目覚めさせる。


 覚醒まで、”24時間”とタブレットに表示された。



 バイクを脱出ポッドの近くまで移動させた。

 周りのヒマワリを円形に倒しテントを張る。

 

「最低でも、24時間は動けないな」

 

 パチ、パチ


 焚火を起こし、昨日の猪を焼き始めた。

 辺りに香ばしい肉の焼ける匂いが漂う。


「少々いいか」


 銀色のスキットルを出して、ウイスキーを一口煽(あお)る。


 ジュワアア


 肉にウイスキーをかけ香りをつけた。


 ナイフで肉を切りとりほおばる。


「ふふ、固形の完全栄養食ばっかじゃあ飽きるからな」


 美味しい肉に思わず顔がほころんだ。


 夜。


 焚火の火に照らされたひまわりの花。


 その上に満天の星空が広がっている。


「百年間、独りぼっちか」


 目の前の脱出ポッドを見ながら、目覚めてくる人に思いをはせる。


 一口、飲んだウイスキーはほろ苦かった。



「時間凍結解除、覚醒させます」

 脱出ポッドから女性のマシンボイスが聞こえてきた。

 タブレットには、0時間、と表示されている。


 パシュウウウ


 軽い圧縮空気の音とともに、脱出ポッドの扉がスライドする。


「これは」

 女性か。

 バレッタで後ろにまとめた黒髪。

 制服っぽいタイトスカート。

 身長は160センチくらい。

 黒縁眼鏡をつけた、二十代前半の女性が入っていた。


「ううん」 

 微かに声がする。


「大丈夫か」


 女性がゆっくりと目を開けた。

 周りを見渡す。

「……ひまわりの花……、ここは天国ですか?」


「いや……、おはよう」

「”チキュウ”へようこそ」

 

「……地球は無くなったはず」

 まだボーとしているようだ。


「いや、墜落した星を”チキュウ”と名付けた」  

「動けるか」

「どこか変な所はないか?」


 女性がゆっくりと上半身を起こす。


「飲めるか?」

 陸翔(りくと)が水の入った水筒を渡した。


「はい、ありがとうございます」

 

 ゴクッ


 一口飲んだ。


「堕ちたのですね」


「そうだ」


「私は何年眠っていました?」


「落ち着いて聞いてくれ、……約百年だ」 


「そう、……ですか」

 うつむいて体を震わせる。


 陸翔(りくと)は、彼女が泣き止むまで静かに待ち続けた。



「お待たせしてすいませんでした」

 女性が申しわけなさそうに言う。


「いや、大丈夫か?」


「何とか」


「陸翔(りくと)だ」

「二輪(ふたのわ)陸翔(りくと)大尉、陸軍の地形調査部のものだ」


「私は、白夜(びゃくや)春音(はるね)といいます」


「開拓船で、システム管理部のオペレーターをしていました」

 オペレーターの制服を着ている。


「オペレーターか」

「とりあえず、”ヴィレッジ“に行こう」

「送っていくよ」

 陸軍の基地もある。 

 

「わかりました。 よろしくお願いします」

 春音は頭を下げた。



 その日はその場で夜を明かした。


 テントは春音に譲り、陸翔(りくと)は焚火の側で寝る。


 朝になった。

「おはようございます」

 春音がテントから起きてきた。


「体に異常はないか?」


「大丈夫のようです。 ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げる。 


「飲めるか」

 マグカップに入ったホットコーヒーを渡す。


「いただきます」

 ふうふう言いながら飲んだ。


 固形の完全栄養食と、昨日のイノシシ肉を焼いたもので朝食をとった。


 ”火鉈(かなた)”の荷台は展開すると、サイドカーの船になる。

 春音を乗せる。 


 キシュルルウン


 エンジンをかけた。


「白夜さん、”ヴィレッジ”まで、大体五日くらいかかるから」


「わかりました」


 ドドドド


 サイドカーに春音を乗せ出発した。



 茶色の荒野を、”火鉈(かなた)”は走る。


「どうして、こんなに大地が荒れてるんですか?」

 春音が聞いた。


 一日目の夜だ。

 テントを張って野営の準備をしていた。


「うん、改造用のナノマシンがおかしくてな」

「ひまわり畑はナノマシンのせいだ」

「元は山だったんだぜ、あそこは」

 焚火の火を起こす。


「そ、そうなんですか?」

 春音が驚いたような声を出した。

「そういえば」 

 春音は何かを思い出したように、腕時計型のブレスレットコマンダーを操作した。


 空中に光の板が浮き出た。


「ああ、衛星は生きてますね」


 ピ、ピ、ピ


 空間表示されたキーボードを素早く操作する。


「おっ、おいっ」

 

「やはり、ナノマシンの設定が、活動期間、”無期限”、増殖値、”無制限”」

「そして、制作物が、”惑星”になってます」

「これじゃあ、ランダムで何でも作りますね」


「ひまわりのようにか?」


「多分」


「そ、その設定はどこで変えられる?」


「衛星軌道上の(ナノマシンの)コントロール衛星に命令を送らないといけませんから」

「大きな通信施設が必要ですね」


「す、すごいぞそれはっ」


「きゃっ」


 陸翔(りくと)が、春音の脇を抱えて持ち上げ、クルクルと回る。


「はははは、これでこの星の人類が救われるかもしれない」


 この後二人は、軌道上の衛星に電波が届く大きな通信施設を探して旅に出ることになる。 


 二人の旅は、地平の彼方(かなた)まで続いた。


 将来、ナノマシーンのコントロールを取り戻したこの星は、地球そっくりの青い星に生まれ変わるのである。 

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