白羽姉妹の生配信(不穏を添えて)
言わずもがな聖夜祭の飾り付け作りの作業は捗らなかった。
そしてキスは、教室の外から人の声が聞こえてきたことにより中止。
教室内に差し込む夕日は黒味を増して、だから今日はもう帰ろうということになった。
下校時にはまた。気まずさが私たちの間に挟まる。
やっぱり。キスをした後だと、私たちは気まずくなるらしかった。
これをどうにかしたいけど、その方法もまたキスなのかなって思うと。
なんだか負のサイクルみたいな構図になってしまいそうなのが、ちょっぴり面白かった。
でもこの現状は、あまり笑えたものでは無い気がしたけど、こういうのは時間が解決することなのだろうかと、さして重い事実として受け取りはしなかった。
帰宅をしたが、晩御飯を食べるにしても早い時間だった。ので。
まぁこちらもいつもに比べれば早かったけれど、生配信をすることにしたのである。
「よし。唯、準備は大丈夫?」
「あーあーあー。……うん。大丈夫だと思う」
今日は、というか今日も、弓波侑杏とのコラボ配信だ。
特にすることも決まっていなかったので、配信内容は雑談。枠は夢咲葵の枠だ。
昨日の今日だったこともあり、準備をし終えてから配信を始めるまでが長かった。
視聴者に何を思われているのかも不明瞭ではあったし、緊張して、少し不安で。
でも、止まってもいられず、意を決して私たちは二人、配信開始ボタンを押したのだった。
『【コラボ】雑談生配信!【夢咲葵・弓波侑杏】』
「ど、どうもー、夢咲葵です!」
「弓波侑杏です!」
私のアバターが画面の中で手を振る。
コメントの流れは、とてつもなく速かった。
:昨日の見たよ! というか聞いたよ!
:まーじーで、あれはヤバかった。もちろん良い意味で、
:あんな熱烈な告白がタダで聞ける日が来るとはな……
:↑それな。罪悪感で投げ銭しまくったぞ
「ちょ、ちょっとみんなコメント追えないから!」
マイクに向かって声を投げる、私の声には嬉しさが帯びていた。
目で追える限りでは、悪く言うコメントが無かったからである。
先までの心配が嘘のようにスッと抜けるのを感じた。
:ガチ百合しか勝たないんだよなぁ……。
:ニートと女子高生の百合カプ? 最高か?
:誰かこの二人の小説をピクシブに上げてくれ、読むぞ
「……あはは。なんか恥ずかしいね、葵ちゃん」
「うん。……けど、付き合えてよかった、侑杏ちゃん」
いつもであればこんなセリフ、脳内のうっすい辞書から探し出して言うのだけど。
今のはもう、自然に口から出た言葉だった。
自分の成長を感じて『おぉ』と勝手に感心する。
:ほんと昨日の葵ちゃん男前やった、いつもはニートなのに
:というか葵ちゃん、昨日のやつでめっちゃ登録者増えてない!?
:ほんとだ! もうすぐ一万いくよ!
ニートってコメには触れないでおくとして。チャンネル登録者数、か。
そんなコメントが流れてきたので、どれどれと確認をしてみる。と。
少し前まで9000程だった登録者数は、今は9900辺りを超えそうとしていた。
感嘆し。素直に嬉しいという気持ちが湧き上がる。
昨日、配信をしたことは、やはり正解だったのだと思わせてくれる。
「おぉ。マジか。……じゃあ一万人になったら何かしないとなぁ。……あ、そういえば侑杏ちゃんが一万人超えた時って何か企画したの?」
「えっとねー、私は。ダイヤ100個見つけるまで眠れない生配信」
「あー、あれね。私やったことないけど、えーっと、なんちゃらクラフトね」
「そうそう。……あれは本当に過酷だった。いやマジで」
そういえば前に、深夜に唯が泣きべそ描きながら配信していた時があったけど。
どうやらその生配信が、一万人突破記念の企画だったらしい。
「ま、まぁ。それはともかくとして! とりあえず、何か企画考えとくね!」
「あ、じゃあ、ダイヤ200個採掘するまで終われまテンとかする?」
「私のそのゲームに関する知識ないから一週間はかかりそうなんだけど……」
:むしろ大歓迎!
:一週間、葵ちゃんの配信をいつでも見れるってことでしょ? よし、やろう。
:ニートならできるよな?(圧)
「あー。じゃあ……考えときます、とも言えないけど、まぁ面白そうなの考えておきます!」
そこまで言い切って、私は話題転換のため手をぱんぱんと複数回叩く。
「はーい! じゃあ、雑談始めまーす!」
:はーい
:君らのあれからを聴かせて頂こう
:↑確かに、この二人。未だ謎な部分が多いからな
そこからは本当に楽しい時間が続いた。
雑談配信のはずだったのに、いつの間にか質問コーナーみたいになってたし。
その質問のどれもが、唯と私との関係性とか、どっちから好きになったとか。
そういう質問ばかりで、唯も私も視聴者も、凄く盛り上がった配信になったと思う。
こんなにも配信を終えるのを惜しんだのは、初めてのことかもしれなかった。
「今日は終わり! ありがとうございました!」
マイクに向かって快活に言い放って、画面越しに手を振りながら。
「はいじゃあ、ここまで夢咲葵と」
「弓波侑杏でした! またねー」
唯が配信停止ボタンに手を伸ばして、今日の生配信は終了となった。
お互いに深くため息を吐いて、顔を見合って親指をぐっと立てた。
「楽しかったね、お姉ちゃん」
「うん。こんなに楽しかったのは久しぶりかも」
楽しかった。心の底からそう思う。
それでも。それなのに。私の声のトーンは次第に下がる。
唯にそれを気付かれないよう平静を保ちつつも。
それでもやはり、私の顔に出ているかもなと思った。
私の目には、配信終了間際の一つのコメントが焼き付いている。
ちくちくと胸が痛くなる響きが、混じっているようだった。
:侑杏、なんで葵と付き合った? 百合営業じゃ無かったのか?
そのコメントを、唯は捉えていただろうか。
※
私はすっかり二人で寝る気でいたのだけど、唯は自分の部屋で寝てしまった。
いや。厳密に言えば寝落ちだったので、唯も私と寝る気はあったのかもしれない。
でもまぁ。たまには一人で寝る日があるのもいいか。寿命を少しだけ伸ばすためにも。
ベッドで仰向けになりながら、そんなことを思った。
私は、風呂に入っても。晩御飯を食べても。
ずっと。配信最後のコメントが、脳裏に焼き付いてた。
私はスマホで、今日の配信のアーカイブを探す。
確かにあった『侑杏、なんで葵と付き合った?』というコメント。
アンチコメ……ではあるのだけど、この違和感はなんだろうか。
に引っかかりを覚えて理由を探り、それらしい理由を一つ見つける。
恐らくこの人は弓波侑杏のガチ恋勢──なのだ。
だから私は今、モヤモヤとしているのだろう。
なんにせよ。一応チェックしておこう。
ユーザーネームは『煮卵焼き人間』
その名前を、念のためにと頭に刷り込ませる。
なんだその名前、と一拍遅れで思った。
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