白羽姉妹の勉強会 ディープキス編
それは今日の──火曜日の朝のことだった。
新聞配達を終えた私は、いつも通りに朝ご飯を作り、唯を起こしに向かったのだけど、いざドアを開けば唯は既にお目目ぱっちりに起床をしていた。
そんな唯に「お、偉いじゃん」と言ってみたが無反応。
無視なのかなんなのか、とりあえず私の呼びかけには応じずに。
その代わりといったように──。
「付き合えたは良いんだけどさ! ちょっと距離があると思いませんか!」
そんなことを言ってきたのである。
いきなりの発言に、整理と理解に数秒の時間を要す。
確かに付き合ってから、距離は縮まったかと思えば、すぐに遠のいたり。
そしてすぐに縮まって、と思えばすぐに遠くなって。
それは確かに距離があると言えた。
私は「うん」と小さく頷く。
「と、いうわけで! 今日は第三回勉強会を開催したいと思います!」
勉強会。
そういえば、先週もしたなと思い出す。
開催場所は漫画喫茶で、勉強内容は二人で百合漫画を読むのみ。
勉強会とは言うが、言ってしまえば、することはそれだけなのである。
というか。その勉強会は私の百合理解のための勉強会だったのだから、今、こうして唯と恋人関係になっている私にその勉強会は必要なのだろうか、と若干疑問だったが。唯も何かしたいことがあるのだろうと、従うことにしたのだ。
「あ、あと。昨日は寝落ちしてごめんね。今日は一緒に寝ようね」
「私の横はいつも空いてるから、いつでもきていいよー」
※
放課後。校門を抜け、街中を目指す。
舞台転換は一瞬だけれど、やはり授業は面倒臭かった。
けれど今日は、唯との勉強会に心が踊らされ、ソワソワと期待が満たしてくれていたお陰で、いつも以上に楽しい妄想の時間を過ごすことができたのは間違いない。
「そういえば、今日は飾り付け作りはせんでよかったの?」
「あ、うん! 昼休みにたくさん作ったよ! お姉ちゃんと一緒じゃ全く捗らなさそうだったから──ってお姉ちゃんが悪いってわけじゃないからね!?」
「分かってるよ。そんな気にしないで」
「良かった。……というか、この辺り、前に見た時よりもキラキラしてるね」
唯が言うので気のせいだろうと思って見回せば、確かに前に見た時もイルミネーションで街が彩られているような気がした。クリスマスが近いせいだろう。
今まで、街の光量を気にして歩いたことがほとんどなかったのでこれに関しては新しい発見だった。
唯はその様子を物珍しそうにパシャパシャと撮影し、インスタとツイッターにその写真を投稿しているようだった。写真に映る情報からプライベートがバレないか不安だが、唯は結構そこら辺のネットリテラシーはあるらしく『心配しないで!』と胸を張っていたのを覚えている。
やがて毎度(三度目)の漫画喫茶に辿り着き、唯は手際よくペアシートを取る。
その部屋に入室し一息吐くなり、唯はこんなことを切り出した。
「えっとね。今日の勉強会の内容というか、めあてなんだけど」
確かに。
私が百合を理解できたはずならば、必然的に勉強会の内容は変わるだろう。
何をするのか。期待で胸を膨らませながら、唯の言葉を待った。
「『百合漫画の中のシチュエーションを実際にやってみて、距離を縮めよう!』です!」
私は「おぉ」と納得の声をあげる。
それは確かに、楽しそうだと思った。
「距離、縮まりそうでしょ?」
唯はニカっと笑う。
私は「うんうん」と元気に頷いてみせた。
唯は「待ってて」と言うと、漫画本を取りに、勢いよく部屋を飛び出した。
まぁこういうやり取りの時は、距離なんてないように思えるし、いや、断定させて貰うけれど、こういう時に私たちの間に距離や壁みたいなものは無いのだろう。
私たちの間に距離が生まれる瞬間っていうのは、多分、、二人がお互いにお互いのことを意識した時なのかなって。例えばキスとか、ハグとか。そんなことをして。自分達が姉妹であることを意識してしまって。纏めてしまえば、恋人同士のやり取りの後に、私たちの間には距離ができているのかもしれないって、勝手に今は思っている。
「ただいまー」
唯は一瞬で部屋に戻ってきた。所要時間、恐らく十数秒くらい。
左手に納められた一冊の単行本を私に見せて、私の傍に置いてくれて。
唯は元々この漫画本を教材にしようと決めていたのだろう。
戻ってくるまでの速さが、それを物語っていた。
「どれどれ」
言いながら、その表紙を覗いてみる。
二人の女子高生が写っている。これもまぁもちろん百合漫画だろう。
けれど制服を着崩して、肌が露出している。
少々過激目な、そんな表紙絵だった。
R指定が入ってるタイプの本だろうか、と思いながらも、私はその様な過激な百合漫画は読んだことが無かった。
表紙を見ながら、身体の内から好奇心が沸き立つのを感じる。
どんな物語なんだろう。どんな物語なんだろう、と。好奇心が先行し。
ふと伸ばした右手で一ページ目をめくろうとすると。
「だめっ」
と。唯の左手に、私の行動を止められてしまった。
「一緒に見るんだよ」
そう言って、唯はその本を持ち上げて、まるで幼稚園生に寝る前にする絵本の読み聞かせのように、二人の前へと持ってくる。少しだけ私の方を寄っていた。
「じゃいきまーす」と登場人物が書かれたページをぱらぱらぱらーと慣れた手つきで飛ばす。男性キャラが出てくる様だったけど、前に唯は『百合に男が挟まるのは日本の法律で禁止されている』って変なことを言っていたのを思い出した。
閑話休題。次のページからが本編の始まり。
そして一ページ目が捲られた時、私は衝撃を受けた。
言うなれば、序盤からクライマックスみたいな内容だった。
お互いに着衣している制服をはだけさせ、キスをし合っている。
しかもそれがただのキスじゃないのだ。
お互いが舌を出し合って、粘液がその間には生まれており。
目を瞑った二人の女子学生は、凄く頬を紅潮させていて。
なんか。語彙力皆無の感想を言わせて貰うと、すっごくエロかった。
「これを……しようと思うん、だけど」
唯が恐る恐ると私を見る。
衝撃の方が大きく『もう少し先見せて』とはならなかった。
そう。だってこれは。このキスは──。
「これ──」
ディープキスってやつだよね。
存在自体はなんとなしに知っている。
ハードルが高い気がしたけど、断る理由なんてない。
世のカップルは、これくらいのハードルなんて軽々と飛び越えていそうなものである。
私には高いハードルに見えるけど、飛べなかったとしても、ハードルを倒してしまったとしても。前に進めれば今は良い。またいつか訪れたハードルを次は裕に飛び越えればいい。
ハードル走なんて、一つ以上でも飛べれば、それでいいのだから。
ただ。唯はこの漫画の内容を知っている風なのが、なんとなく策士だなぁと思ったりした。
「よし。じゃあ、しよう」
唯の目にパーッと輝きが生まれるのが分かった。
どういう感じにすればいいのだろうかと思いつつ、まずはいつものキスの様に。
私は唯の正面に行くと、唯のほっぺたを両手で支えるように持って。
「唯も」と指示をし、唯の手も、私の両頬に配置される。
「……私から、してもいい?」
私が問えば、唯がこくんと軽く首を振る。
じゃあ失礼して、と目を薄くしながら距離を近付ける。
そして唇を、ぴとりと合わせる。
少しだけ私の唇がかさついてると、唯の柔らかな唇が教えてくれた。
ここからどうすればいいのだろうかと迷っていると、唇の隙間を裂くように唯の舌の感触がしたので、それならばと、私も唯の口内に舌を侵入させる。
ぺちゃぺちゃと、唾液の絡まる音。
お世辞にも、綺麗とはいえない効果音だとは思う。
けど。私の中で、何かが掻き立てられるような感じがする。
これは自身の性欲だってことに気が付き、羞恥心を覚えながらも、もう少しだけ唇に力を込める。
唯が口の端から「んっ」と漏らした時、下腹部がジーンと熱くなるのを感じた。
試しに舌を動かすのを止めてみれば、唯の舌のみが転がって。
唯が一生懸命に私に舌を絡めているという事実を実感すると、なんかもうエロスでした。
二人の呼吸が辛くなった時、遂に唇は離れた。
水面下に潜って、耐えられなくなって水面に上がってきたようだった。
口の中にある唯の匂いが、私の鼻腔をくすぐる。
唯は照れ笑いをして「これじゃ。ますます気まずいかも」と言う。
それならば、と。私は──。
「きゃ──」
もう一度、キスをする。
いきなり距離を詰めたせいか、唇はあまり上手に狙えなかった
舌を出しながら口の位置を調整して、良いところを探して。
見つけたら、顔を斜めにして密着度を上げてみる。
唯も私とは反対方向に顔を曲げて、舌で攻め合う。
互いの唾液が互いの身体を行き交うのを感じて、なんともまぁ背徳的だった。
今の私に理性はあるのだろうか。
そう問われれば、恐らく理性はおやすみ中だった。
私の右手は唯の頬から外れて、首元の赤いリボンに添えられている。
止まれなかった。そのまましゅるしゅると効果音をたて、制服のリボンをほどく。
あの漫画の登場人物の様な姿に、唯もさせてあげようと、両肩に手を置いて。
キスはしたままで、そのまま────。
「ま、ま、待って! こ、これ以降は、家に帰ってからが、いい……」
唯が途端に物理的距離を置き、顔を真っ赤っかにしながらボソリと漏らした。
私の中の眠っていた理性が、今ちょうど目を覚ましたのを理解した。
少し露出した右肩が、えっちだった。
「ご。ごめん。……なんか。えっちな気分になってしまって。……嫌だった?」
「いや、いいんだよ。嬉しいよ。……でも、ここじゃゆっくりできないから」
「たしかに、そうだね。……じゃあ、今から家に帰って続きする?」
「…………うん。する」
唯はこの世の羞恥をいっぺんに受けたような表情で、小さく頷いた。。
私は「よし」と、漫画本を元の場所へ戻す。R 15の本棚にあったので分かり易かった。
部屋に戻り身支度を済ませた唯の手をとって、早足に漫画喫茶を退店する。
今から家までの帰り道が長く感じるのだろうかと思いながら、歩き出した。
──その時だった。
「侑杏。……侑杏!」
後ろの方で、侑杏の名を呼ぶ声が聞こえた。
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