初めの一歩とファーストキス
慣性に、逆らえなかった。
私は、唯と共に布団に潜っていた。
あまり大きくないベッドの上は、二人寝るのが精一杯。
まだ少し、頭はぼーっとしていた。
「お姉ちゃん。今日も、ありがと」
「うん。こちらこそ」
真っ暗な部屋で、天井に飛ばされる声。
何も見えないけど。声は聞こえて、体温を隣に感じる。
肩は変に張って、眠気もあまり無い。目はパッチリと開いていた。
けれど唯の声は、今にも聞こえなくなりそうなくらい眠そうな声。
「最後、本当に良かったよ。コメントもめっちゃ盛り上がってた。投げ銭もいっぱい」
「あ、あれね。うん、あれは。夢咲葵が嫉妬していた、だけだから……」
私、なんで言い訳してんだろう。
聞かれてもないことを。
「あはは。あの時のお姉ちゃん、顔真っ赤で可愛かった」
何かを見透かされている様で、私の顔は今もまた熱くなる。
今、無理に喋ったらボロが出そうで。私は口を噤んでしまった。
「今日は、お姉ちゃんと一緒に寝られて、嬉しいな……」
「……うん。久しぶりだね。一緒に寝るのなんて」
「うん。……今日はぐっすり、寝られそう」
「そうだね。……じゃ、おやすみ、唯」
「おやすみ。お姉ちゃん」
寝るの早いな。と思った。
多分、疲れていたのだろう。
夕方に結構歩いたし。
「あ。そういえば唯、明日の予定は?」
なんとなく問うてみたが、返事は来なかった。
耳を澄ませば、唯の穏やかな寝息が流れてくる。
私も四時起きだし、無理にでも寝ようかな。
思い、目を瞑る。けど、脳みそは未だ活発に動いていた。
眠れそうにない。頭を支配するのは、漫画喫茶での出来事。
咄嗟に軽く頭を振る。あまり良くない考えが頭を支配しそうだったから。
そんな。勝手に一人で自暴自棄みたいなことをしている時。
唯の方から、何か声量小さく聞こえてきて。
一つ。はっきりと、私の耳に届く。
「……お母さん」
嗚咽に似た、悲しみが込められた声。
私の涙腺が、不思議と刺激された。
唯が寂しい声を出すのを、私は久方振りに聞いたから。
いつも明るくて、少しうるさくて、シスコンな唯が、だ。
唯は今、何か悲しい夢でも見ているのかもしれない。
『お母さん』ってことは、まぁ。悲しい夢なのは間違いないだろう。
思えば、唯が私にこんなに甘える様になったのは、両親が他界してからだった。
暫くは部屋に篭りっきりで、でも、いざ出てきたかと思えば、明るい唯に戻っていて。
その時の私は心底ホッとして、そして今も変わらず、唯は元気でいてくれると思っていた。
だけど違うんだ。
唯は人知れず、今の様に泣いている。寂しく一人で、こっそりと。
じゃあ。唯がこんなにもシスコンなのは何故だろうか。
答えを探る。
「…………」
私は身を起こして、暗闇に慣れた目で唯の顔を見た。
唯は穏やかに、泣いている。
近くのティッシュを取り出して、唯の濡れた目元を弱い力で拭った。
唯は、整った顔立ちだ。恋人なんて、普通に居そうな感じさえする。
でも。唯はシスコン。そう思うと、何故か私の胸を違和感が襲う。
──分からない。
ここで少し、唯に対して失礼なことを言ってみるけど。
正直今まで。唯は、本気で私に恋をしているのでは無いか。と、心のどこかで感じていたのだと思う。
本気で、いわゆる百合的感情を私に抱いていて、だから百合営業を私に持ちかけたんじゃないかって。
ずっと。そう、解釈していた。だけど、心にかかったフィルターが、すぐに遮断していて。
だから。私は今更、自分がそう思っていたということに気が付いた。
でも同時に、本当は違うのかもしれないということに気が付き始めている。
唯が私に求めているものは、恐らく安心感。もしくはそれに似た何かで。
だから唯は、私に甘える様になった。重度のシスコンになった。
普通に筋は通っている。そう思うと同時に、もう一つ可笑しなことを思ってしまった。
──唯が、私に恋をしていないって、それは。
私、なんてこと思ってたんだ。って。
自分でも、自分の中にある違和感に、疑問符を浮かべて。
でも。思ってしまったのなら、それが、事実で。
あぁじゃあ、もう。遠回りをせずに言わせて貰うと、私はこんなことを思ったんだ。
──とても、寂しいな。って。
だから。
私は、唯の頬にキスをした。
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