白羽姉妹は恐怖する

『【コラボ】侑杏ちゃんと雑談配信! 【夢咲葵・弓波侑杏】』


:お

:キタキタ

:そっか、今日は夢咲葵の枠でコラボなのか

:結婚式はどうでしたかー?


 配信開始ボタンを押した瞬間、流れてくるコメントの数々。

 その大体が、いわゆるファンというやつで、名前もアイコンも覚えてしまった。

 現在時刻は午後10時。少し遅くなったが明日は土曜なので、まぁいいだろう。(私は新聞配達があるけど!)

 私たちが行うのはタイトル通り雑談配信。ゲーム配信でも良かったけど、私、下手だから。


 ちなみに私のチャンネル登録者は9,000程で、唯の登録者は30,000程。

 金のためなら唯のチャンネルの方が、とは思うが。偏るのもアレなので、コラボ配信は交互に行っている。

 どのみち、唯のファンがこちらに流れてくるので、再生数に大きな差は無かった。


「あー。あー。みんな聞こえてるー?」


 画面の中の夢咲葵が、こちら側に手を振る。

 私の物と似た黒いロングの髪が、手と同時に左右に揺れていた。

 隣に並んでいる唯も、私に続いて「聞こえてますかー?」と声を飛ばす。


;聞こえてるよー!

;ばっちりー

:既に尊い


「よーし。じゃあ今日は。……何を話そうかな」


 顎下に指を当てて「うーん」と分かりやすく唸る。

 そこに唯が「はいはーい」と右手を元気よく上げて割り入ってきた。


「じゃあ、私から、話題を一ついいですか!」

「侑杏ちゃんどうぞ!」

「はーい。えっと、今日はねー、葵ちゃんと漫画喫茶で百合漫画を読んできたよー! 私の学校帰りにね! ちなこれマジ!」


:え! まじなんか!

:いや、尊いやん

:リアルでも百合。+100ポイント

:ニートと高校生の百合、ええやん。とてもええやん(小並感)


「あ! それ言っていいんだ!」

「え、いいよー。全然」

「それならじゃあ。私も一つ、話題を!」

「お、どうぞー葵ちゃん」


 私は「えっとねー」と言いながら。

 ツリーの前であった会話を回想し、答える。


「今日ね。クリスマスに食べるケーキは、チョコケーキかショートケーキかって論争をしてたんだけど。やっぱりチョコだよね? 侑杏ちゃんはショートケーキって言うんだけどさ」

「あ、それ? いやいや、断然ショートケーキでしょ!」


:いや、ショートケーキ!

:チョコ! いや、やっぱりショートかも!

:……クリスマスは、ショートってイメージかもしれない。

:あれ? ショート派閥多くね? 私チョコがいい。


 流れてくるコメントに目を通す。と。

 比率的にはチョコが3で、ショートが7という感じだった。

 私は首を大袈裟に傾げながら、疑問の混じった声を出す。


「あれ? チョコって人気無いのかなー」

「あ、一応言っておくけどチョコは美味しいよ? でも、クリスマスと言ったらショートでしょ」

「あーそういうことか。いやでも、私はやっぱりチョコケーキがいいです」

「なるほど。……ちなみに葵ちゃんは、きのこの山派? たけのこの里派?」

「たけのこ」

「あー納得した。葵ちゃんは敵国のスパイだったのか」

「なるほど侑杏ちゃんはきのこの派閥。つまりそっちも敵国のスパイじゃないか!」


 なんて。

 訳の分からない話題で、私たちは目を笑い合う。

 今日の私たちの雑談配信は、本当に雑な話から始まった。



        ※



 配信は滞り無く進んだ。

 やはり唯は喋るのが上手だなぁと思う。

 読んだ百合漫画の話とか、視聴者の質問に答えたりとか。

 そんなことをしていたら、あっという間に配信時間は一時間を超えていた。


「あー、もうこんな時間! やっぱり早いねー、時間が過ぎるの」

「じゃあ今日はもうみんなとお別れだね、葵ちゃん」


:えーもうー?

:やっぱ二人の配信って体感5分なんだよなー。

:次の配信もめっちゃ楽しみにしています!

:今日は百合展開が少なくて、残念かも。いや、でも楽しかった!

:↑いや。二人が話しているこの構図こそ。百合展開と言うべきでは無いのだろうか。


 配信終了を悲しく思う視聴者の声が次々と流れてくる。

 もう見慣れた光景ではあるけど、やっぱり嬉しいなって頬が緩む。

 でも。今日は百合営業という面で言うと、あまり上手にできなかったかもしれない。

 そこは反省点として、次に活かさないとなぁと思った。


 しかし、そんな時だった。

 配信終了を惜しむコメントが続々と流れる中。

 一つだけ。本当に一つのコメントが、不思議とくっきりと浮かび上がって見えて。

 私は、その文字が上に流れていくのを、ジーッと目線が固定されたように見つめてしまって。

 少し。後悔めいたものを感じてしまった。


:侑杏ちゃん、明日は風間かざまめぐみちゃんとの配信だよね?


 普通のコメント。

 色付きコメントでは無い、普通の。

 しかしなんでか。それだけが、存在感大きく私の目に映る。

 何故だろうか。


「……風間、めぐみ」


 口から思わずポロリと溢れ出る。

 気付いた時には、唯は思い出したこの様に「そうそう!」と応じていた。


「明日はめぐみちゃんとの配信だよー。楽しみにしててねー」


 ──風間めぐみ。絵師をしながら配信をしている個人活動のVtuber。

 弓波侑杏のアバターのイラストを描いた人物であるが故か、二人は仲が良いらしい。

 そんな二人は、土曜に不定期でコラボ配信をしている。

 私とばかりコラボするのは、視聴者に飽きがくるかもしれないから、という理由でだ。

 肝心の配信内容は、ただゲームを一緒にやっているだけ。そんな、百合営業の片鱗一つも無い配信。

 私には無関係で、気にする必要も無い事柄で。けれどどうしてか、少しだけ胸がざわつく。


:葵ちゃん、急に黙ってどうしたの?

:お。もしかして嫉妬か?

:嫉妬百合も完備。最高です。


「ち、違っ──!」


 私は、ここで何故、反射的に否定してしまったのだろう。

 本来ならば「嫉妬するー!」と甘い声で言えば良かったのかもしれない。

 何か。私の中で、様々な何かが渦巻いている気がしてならなかった。

 そうなったのはきっと、一緒に漫画を読んだのが原因で──。


「えー。葵ちゃん嫉妬してたのー?」


 ──あれ?


「……え、えっと。……し、してた」


 ──百合漫画を読んだのが原因で、心がざわついている?


「へー、葵ちゃんって嫉妬したりするんだー」


 ──じゃあ、なんで心がざわついている?


「……嫉妬くらい、するでしょ。おかしいことじゃ、無いでしょ……?」


 ──私は本当に、嫉妬をしている?


「きゃー。嫉妬する葵ちゃん可愛いー」


 ──違う。いや、本当に違う。


「可愛くない……」


 ──……あれ。怖い。凄く怖い。


「むー。葵ちゃんは、ちょっとご機嫌斜めだなー」

 

 ──自分が、自分で無くなるような。そんな恐怖が。


「…………そうかな」


 ──私。私は。私は……何も分からない。


「それなら今日は一緒に寝ない? 明日は土曜だし暇でしょ?」


 ──あれ? 今、唯、なんて言った?


「……うん。まぁ、いいかな」


 ──あれ? 今、私、なんて答えた?


 私はここまで。ほとんど頭が真っ白だった。

 流れてくるコメントにも、少しも反応できなくて。

 けど最後の方は、早い速度でコメントが流れているのは理解できていた。

 でも。それだけで。

 あぁだけど。配信が切られた時、私は心底ホッとした。

 私は「おやすみ」と呼びかけて、唯をさっさと部屋から出そうとして。


「お姉ちゃん」


 しかし。

 呼びかけられて。


「一緒に寝るんじゃないの?」


 私の心臓は、大きく跳ねて。

 着地することは叶わなかった。

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