物置

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 艶間宅、二日弱主人のいないリビングに彼女は帰った。

 艶間夜宵つやまやよい、翔の母である。

 四十代にして朝なお夜と働くのだが、なかなか翔については触れられず、半ば育児放置主義となってしまっていた。

 そんなある日、それは今日、夜宵が日跨ひまたぎの残業から帰った日に気づいた。

 昨日から翔はいなかった。

 夜宵は翔の幼少期を思い出していた。中々顔に出さない子どもだったから度々病院へ連れて行かねばならなかったこと、勉強の面では自立できていた事。

 なぜ家を出遊ぶ子になってしまったかとも思っていた。

 夏だから空いている窓とカーテンの間の風に吹かれ、髪をなびかせる彼女は、しぶしぶ肴と酒を冷蔵庫から取り出した。


        *******


 伸びた期限の中、昨日とは違って隣に落合がいない布団で翔は寝ていた。

 落合さんに出会えてよかったと、まだ性的な感慨に浸っていたところ、四人うつりの家族の写真を見つけた。

 落合父、母、きね子、そして……

 もう一人は知らない人間だったが、恐らく血縁のある人なのだろうと写真を元の位置に戻した。

 寝返ると落合さんがいたので、驚いた。

「気配ないですね……」

「土踏まずでかいからね」

 足を見てみたが、靴下を履いていてよく見えなかった。

(あれ、なんか鼻息荒い……?)

 暑いとはいえ、異様な鼻ブレスをしていた。

 しかし翔は色恋の展開を期待していたのでそのままにしておいた。そのせいで、同じように鼻息も荒く汗もひどくなった。

 きね子が布団に入り、翔に寄り、キスした。

 あまりにもナチュラル、高スピードなキスだったから、翔は一時なにも考えられなかった。

 理想していた展開とは一つ違い、胸が苦しかった。いつもより胸は高く鳴り息が速く流れる。しかし、それ以上に興奮を覚える。

「えへ」

 名付けるなら成功のキス。ファーストキスが成功したのが嬉しかったような声で、彼女は笑いまたキスした。

 一方の翔はじっと動かないでいた。「下手に動くと何かやってしまう」と、注意しながら。

 それが段々解けて自由になるわけではなかったが、その意思自体は彼女に溶かされ、暑い夜、暑い布団の中……


 

 やること為した二人は、一方にとって初めての紅潮、一方は久しい高潮に浸り寝そべったままでいた。

 漫画や小説のように二回戦とはならず、ずっと絶頂が続くのだと翔は学んだ。

 変に目覚めた大人心で、いつの間にか寝てしまっていた彼女の前髪を撫で、自分だけ服をしっかと着て寝た。暑いから布団は着なかった。


 三日目の朝。遅やかに寝床を立ち、餌のもらえる場所を覚えた犬のように食卓へ向かった。

 また落合父が出かけ支度をしていた。今度は母は連れて行かないようだ。

「おっ、おはようやままるくん。僕また出かけるからさ、母さんときね子、君の三人で留守番頼むよ。行ってくるね」

「いってらっしゃ、パパ」

 とりあえず俺も行ってらっしゃいを言っておいた。寝起きなので上手くいえなかったが。

「おはようやままる君。パン焼いたから、何かのジャムつけてでも食べな」

 言われた通り、用意されたスプーンでいちごジャムをすくい、パンに塗りつけて噛んだ。

 昨日の感触が呼び起こされた。

 あっという間に一枚を平らげると、もう一枚出されたのでそれも食べた。

「そういえば、今日で三日目だよね。どう? 二人とも今日は息抜きしない? 近くの公園でも行ってきたら」

 きね子と翔で互いを見合った。

「めんどくさいなぁ」

「俺は良いと思いますけどなぁ」

 翔の変な敬語に落合親子が笑った。

「やままる君も良いって言ってるから、行きなさいって」

「あい」

 しぶしぶきね子は自分の部屋へ戻った。支度をするのだろう。

 翔も、気分転換の準備をしに、ジャンパーが掛かっている部屋へ向かった。

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家庭教師 緑がふぇ茂りゅ @gakuseinohutidori

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