第三話 書き記しノート

 まぁ、互いに何も言わずに勉強しているものだから、高くも低くもない心でやるようになった。

 アニメやMVのような風景が窓に広がっていて、つい理科の家庭教師を中断させてしまった。

「やままる随分外の風景好きやんね」

「うん……はい。特に空の雲が好きなんですけど、自然がやっぱり好きですね」

 ついでに落合さんも好きだ、って言えたら良かった。

「この銀と酸素の反応どーなん?」

 インタビューも中断された。

「好きな音楽とかあるんですか?」

 仕返しに、こちらも大事な勉強の質問を中断した。

 落合さんは眉をひそめ、にわかに笑い質問を質問で返した。

「好きな音楽……」

 しまった、心理戦に負けてしまった。

 ふと時計を見るとびっくり、午後一時に勉強を始めたのが午後五時になっている。確かに落合さんといるのは楽しかったが。

「ねー。もう五時になりやがった」

「何する? やままる」

 誰しも聞かれたことに、聞かれてみたかったことに今答えなければいけなくなった。

 緊張感を以って、淡々と答えた。

「夏空の下、大木の下でポエム大会!!」

「ん?」彼女は首を傾げた。

 俺は何を言ってしまったか説明すると、「彼女が出来たらやってみたい事」を言ったのだ。誰しも、そんなものは複数個あるだろう?

 そんなもんだから、落合さんは困ってしまったよ。年頃の男の子をバカにする目になってしまったよ。

「出来たらええの、奥さんとでも」

 なぜ奥さんと……? 早くない?

「聞いた俺が馬鹿だったんやなって。ええんや。料理作って薄らさるから、やままるは座ってシチューを待っとれ」

 やや早口で落合さんは去っていった。

 やっと風景も艶間の気づきに追いつき、夕日が色濃く二人の家を指すころ、早くもシチューは出来上がった。

「待たせたな」

 彼女が運んできたものは全体的になぜか緑色をかもしていた。少し時間がかかって、シチューだと認識した。

「何入れたん?」

「あをじそ♡」

 まぁ……上がった語尾や素敵な笑顔からして、青じそが好きなのだろう。でも、いま俺がいるからには出さないのが礼儀だと知ってて欲しかった。

「スプーン取ってきます」

 そう立ちあがろうとしたらば、落合さんが手を引いた。

「良いよ。取ってきてあげる」

 今日も彼女のわがままとおもいやりに振り回された一日だったけど、楽しかったと……シチューを箸で食べながらゆっくり思った。


 約八時半になっても二人は帰って来ず、家で未だ二人きりだった。

「もう八時半ね、さっきよりは長く感じたけどさ……」

「ですね。熱いシチューのおかげでしょうか」

 質問しておきながら、彼女は台所へ向かった。歯磨きをしにいくのだろうか?

 そう考えて、俺もしたいのでついていくとそこにはブラジャーを外した落合さんがいた(早くない?)。

 凝視してしまっている俺の傍ら、落合さんはいつものように? 脱衣していた。

 そのまま右を向いて、淡々とパンツ一丁でどこか、恐らくシャワー室へと向かっていった。ただ、彼女の顔だけが赤かった。

 彼はしばらく、鼻血を滴らせているのも知らず、僥倖ぎょうこうにうっとりしていた。そのせいで今帰ってきた二人はびっくりして、荷物をつい落としてしまったのだった。


 心奥で少し欲した落合さんの裸が見られなかったので、艶間はやや賢者と化した。現在、歯磨きをしていた。

「やままるくん」

 落合さんのパパだ。

「娘に色々教えられたかい」

「はい!単語だけでなく、計算の仕方や応用とか、色々教えることができたと思います」

「そうか、ありがとうな」

「あの、」

 少し間をおく。

「あの、僕そろそろお暇しようと思います」

「あぁ、そうね……帰りたいんやね」

「はい。流石に家庭教師とはいえ、泊まりすぎかと思いまして」

「ええんやけどなあ。まっ、しょうがないね……おい、波江、きね子、見送るぞ」

「はい、どれ、よいしょ……」

「え!? やままる!」

 いきなり落合さんが頭ごと僕を抱えた。それも強く、ひしと。

「家庭教師五日間やるって言ったよね……」

「言い、ましたっけぇ……」

 去り際まで、落合さんの間接的なぱふぱふを味わえるとは、次はどデカい不幸が来るのかもしれない。

「ほら、これ」

 彼女の指先を見ると……確かに、要約すると「五日間教師をしましょう」と僕がリプライした画面があった。

「あ、すみません笑。うっかりしてました」

「それじゃあ、ただの勘違いだったのかな?笑」

「ふふふ、ちょっと伸びて良かったね、きね子」

「うん♡」

 これにて家庭教師は、三日期限が伸びた。

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