第二話 調べて筆箱

「俺来る必要あったか?」

 声の主は、俺の友であるよし美。名前に反して男である。

 朝起きると一家は俺と俺の朝飯を置いて昼飯の材料を買いに行っていた。その隙に彼を呼んだのだ。

「うん。昨日みたいに心臓バクバクする一日はきつい。お前がいた方がいい」

「俺は良くないけどな……にしても、きね子さんはやばい人なんやな」

「うん……」

「初日会って兄やんの灰皿投げてくるのはまずい人間の可能性が高ぇ」

「うん……」

「でもラッキースケベを起こす確率も捨て難い」

「幸運……」

 二人で行う秘密会議、いつもの時間は良かった。やっぱり色恋より友達を優先した方がいいのかもしれない。

「なんだよこの人……お前こんなロリおばさんに何教えようとしたんだ? あ?」

 違うのかも分からない。

 さきに始めた秘密会議を放り、他人の家族写真に夢中になっている俺たちだったが、チャイムの音で夢から覚めた。

「帰ってきたんか」

「うん。紹介するから、ここで待ってて」

「お前の友達は大変やで」


    ***


 @やままる、もとい艶間翔つやまかけるは走り去った。リビングには俺一人で、友達に呼び出された身にはあまりに酷いわせであった。

 さて、艶間もあっちへ向かったのでこちらは部屋を片付けることにした。本はこっち、家族写真は上、十円玉は自分の財布に……

 最後のシャーペンをしまおうとした時、近くの棚にビールが三本あるのに気がついた。一つは既に空いていた。

(飲んだのか……? 昨日?)

 艶間の話からするに、昨日の彼は酔った落合さんと寝た可能性が高い。

 少し興奮気味になった。そのせいで、なぜかこちらを睨む一家に数秒気づけなかった。

(え?)

 よし美は(怒りすぎじゃね?)と思った。一方で、まぁそんな反応かと納得のいくのも心にあった。なので、素直に謝った。

「誰や」写真で見た落合さんが言った。

「つ、やままるくんの友人、よし美です」

 名前を告げた途端、親らしき二人はひそひそと互いの顔を見て話し合った。落合さんはキョロキョロしている。艶間を探しているのだろうか?

 これらの良くない対応をされては、流石によし美も気分が悪かった。微量の艶間に対する憎しみを抱きつつ、トイレに向かおうとした。

 しかし、お父さんらしき人が僕の手を掴んだ。

「なに勝手に人の家の(トイレ)を使おうとしてんだ」

 よく考えたら、俺はこの人たちに許可を得ず勝手に入ろうとしたことになる。怒りで自分の過ちに気付けないでいた。

「大体貴方なんのために来たの?」

「そんなに俺がいたらだめですかっ!?」

 つい怒鳴ってしまった。落合さんだけがビクッとした。

「友達と聞けばわかるでしょう!? あいつに、一人じゃ不安だからと呼び出しを喰らってここに来たんですよ! それは構わないです。でもあんたらに足蹴にされるようじゃ、気に食わない」

「あいつには悪いけど、帰りますね。ご迷惑…」

「なんで言い争ってるんですか!?」

 タイミング悪く、艶間が食べ物……恐らく昼飯を持ってこっちへ来やがった。何をしていたのか、と言いたくなった。

「やままるくん駄目でしょう、勝手にお友達を呼んだら」

「そうだぞ。家庭教師でもやっていい事と悪いことがある」

「すみません……」

 艶間が怒られているのを見て、やっと冷静になれた。きっと僕は性悪だ。

 同時に、よくよく考えたらほぼ俺たちが悪いのに気がついた。彼らは艶間だけを目的として家に招いているのだし、僕たちは人の家を荒らした。怒るのも無理はない。やっと気がついた。

「すみません。ちゃんと断れば良かったですね」

「断ってもダメだ」

 一瞬、疑惑が湧いた。だが、断ってもそりゃあ友人は呼べやしないだろうなと結論に至り、疑惑は消えた。

「すみませんでした。今度お菓子を持っ…」


「良いから、早く帰れよ」


    *******


 よし美は眉を吊り上げつつも、しょうがなく、整えておいたらしい彼の手荷物を持って帰った。傍らで立ち尽くしている今、もっと礼儀正しく接すれば良かったなぁ、と艶間は思っていた。

「艶間くんは良いから」

(えっ)

 艶間は流石に驚いた。むしろ自分の方がよし美より失礼な事をしたのに許してくれるのか。

「良いんすか。俺も娘さんの本棚を荒らしましたし、嫌味たらしく娘さんに」

「これからしなければいいだけ、だろう?」

(よし美もじゃないのか……?)

 疑問が湧いたが、これ以上問題は起こしたくなかったので何も言わないことにした。

 いつのまにか落合さんが昼飯を持ってきていた。中身はスパゲッティーだった。

 箸で中身を分けてもらい、青い中くらいの皿で食べ始めた。

 うむ、罪悪感の味である。


 昼ごはんを終えて、ふと窓を見てみると、すごく明るい光が差し込んでいた。れっれとした天気であった。

「母さん、俺二時から画田えんださん家に行かなきゃいけないんやった」と父さん。

「そやった!」母さんも一緒に慌てて、スパゲッティを喉に詰まらせながらバッグに色とりどり入れた。

 準備はすぐに終わり、父さんが「ちゃんとやままるくんに教えてもらえる態度でいるんだぞ」と言い置いて、玄関の扉を閉めて行った。

 気持ち、夏よりもあつく、俺たちは淡々と勉強を始めた。


 

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