第三章 第125話 諏訪樹の咆哮

「わ、私はこの人たちをこっ…………こ、こ殺すべきだとお、思います。出来れば、朝霧あさぎり先生と――――八乙女やおとめ先生が受けた痛みと同じものを与えて」


 諏訪すわいつき加藤かとう七瀬ななせのやり取りに、その場にいるものたちは一瞬、呼吸を止めた。

 一言一句いちごんいっく正確でこそないが、これはあの、八乙女涼介りょうすけを断罪した職員室裁判のいち場面をなぞったものであることは、明白だった。

 即興そっきょうで出来るとは到底思えない会話だが、このようなものを二人はあらかじめ打ち合わせていたのだろうか。


 樹たちからは見えなかったが、そのあまりにも皮肉に満ちた光景に、龍之介りゅうのすけは思わずひじ掛けに置いた両のこぶしを握り締めていた。

 執行部と一括ひとくくりにされた久我くが純一じゅんいち秋月あきづき真帆まほも、流石さすがに表情を硬くしている。


「えーっと、ほかにどうっすかね。なければ加藤せんせーの提案通りになりますけど」


 ここで慌てた様子でたちばな響子きょうこが挙手する。


「諏訪さん、加藤さん。あなたたちは本気で、人を殺す決定をするつもりですか?」


 偶然にも、名前だけ入れ替わっただけで、かつて自分がした発言をもう一度繰り返すことになった彼女は、果たして樹たちの意図を見抜いていたのかどうなのか。

 しかし樹は、少なくとも表面上は平静をたもったまま、軽い口調で答えた。


「うーん、どうっすかね。あの時・・・は相手が八乙女せんせー一人ひとりでしたから、まあ力づくで出来たかも知れないっすけど……今は、大分だいぶ状況が違いますしね」

「……」


 樹の考えが今一つ読めず、響子は一旦いったん口をつぐんだ。


「そもそもかがみせんせーも、あと壬生みぶせんせーもずいぶん強そうですけど、僕は腕っぷしにはまったく自信がありませんから。こっち側・・・・だと立ち向かえるのは椎奈しいなせんせーくらいでしょうし……無理そうっすね」


 名指しされた椎奈あおいは、少し嫌な顔をした。

 解釈によっては、龍之介たちを殺せと言われたようにも取れるので、当然の事かもしれない。

 彼女の表情に気付いた樹は、若干狼狽うろたえながら弁解を始めた。


「あ、いやいや、椎奈せんせーにれとか言ってるわけじゃないっすから、そんな怖い顔をしないでくださいってば」

「ふーん……ま、いいけど」


 冗談か本気か分からないが、とりあえず葵がほこを収めたのを確かめると、樹は「ふー」と軽く息をいた。


「まあそんなわけで、鏡せんせーたちを無理やりどうこうするってのはちょっと出来ません。でも……少しは分かってもらえたっすかね?」

「……?」


 誰に対しての問いかけなのか――曖昧な物言いに龍之介はもちろん、ほかの者たちも一瞬、首をひねる。

 その様子に、ほんの数秒だけ樹は軽く口のを上げたが――










「――何をポカーンとバカづらさらしてんすか!!」


 突然、それまでとはまったく違う、激しい口調で、樹は大声を上げた。

 その裂帛れっぱくの気迫に、戸惑う一同。


「あんたらに言ってんすよ! 執行部のあんたら全員に!」


 まず龍之介、次に純一、最後に真帆と、普段の彼からは想像できない、鋭い視線を樹は順番に突き刺していった。

 最後に英美里のほうも見たが、彼女に対しては軽く一瞥いちべつしただけで、すぐに龍之介に視線を戻し、強くにらみつけた。


「かつてあんたらが、どんだけ異常なことをしでかしたか! さっき教頭せんせーも言いましたけど、仲間を殺す提案をして! それに賛成するとか! しかもそれが他人ひとに濡れ衣を着せてのことだったなんて……あんたらが教師づらしてたなんて悪夢以外の何物でもない!」


 誰も口をはさまない。

 挟みようも、ない。


「僕に言う資格がないとでも言いたそうなツラぁしてるっすね。そんなこと、あんたらだけには言わせないっすよ! 校長せんせーを殺し! 八乙女せんせーをおとしいれ! その勢いで僕たちに暴力をちらつかせて、何をしたいんだか知りませんが、怪しげな奴らとつるんで引き入れて!」


 樹の舌鋒ぜっぽうは、龍之介の隣りのオズワルコスにも遠慮なく火を噴いた。


「挙句の果てには、何すか!? グラウンドで瓜生うりゅうせんせーや黒瀬くろせせんせー、子どもたちをボコボコに――いや、そんななまっちょろいもんじゃなかったっすよね! 聖斗せいと君まで殺したんじゃないんすか!?」


 先ほど響子がえるがごとくぶつけた内容を、樹は繰り返す。


「さっき教頭せんせーが、あんたらを『奴隷商人』と言ったっすよね! それを八乙女せんせーのことを持ち出して、上手いことごまかしてから僕たちに対する反撃材料にしてましたけど、あんたらが校長せんせーを害したんなら、そのこねくり回した理屈は全部前提が崩れて意味がないんすよ! まさに奴隷商人! 仲間を売っておいて、よくもそんな涼しい顔ぉしてられるっすよね!? あんたらマジで血がかよった人間なんすか!?」


 止まらない。


「『パンドラの箱』とか、ホント、やり口が汚いって言うか、こっちに躊躇ためらわせようってのがマジ小賢こざかしいっすよね! 僕に言わせりゃあ、そんなもんはとっくにひらかれて、今の地獄みたいな状況になってるんじゃあないすか! これ以上の不幸って言われたって、全然ピンと来ないっすね!」


 まだ、止まらない。


「おまけに結局のところ、日本に帰る方法だってあやふやなままっす! 確かに貴重な手がかりなのかも知れませんが、それがホントに実現するのか、いつ実現するのか全然分かってないわけっすよね!? それに! もし実現したとして、連れ去られた瓜生せんせーたちも一緒に帰すつもりなんてないでしょうに! そんな選別をする権利を、あんたら一体いつどこで誰に与えられたって言うんすか!? 執行部にそんなもん与えた覚えはないんすけどね!!」


 ここで樹は、視線を反執行部の面々へ向けた。


「今から言うことは、あくまで僕個人の考えっす。それでも鏡せんせーたちに乗っかって日本に帰りたいって人は、どーぞそうしてください。僕にそれを止める権利はないっすから。でも僕は、こんなに犠牲が出ているのに、その人たちを踏み台にして日本に帰って、呑気のんきに『ただいまー』だなんて、口が裂けてでも言いたくないんす」


 誰も、何も言うことが出来ない。


「鏡せんせー、僕は今後、あんたらに生殺与奪せいさつよだつを握られたまま、あんたらの悪事の片棒をかつぐのはふるふるごめんっす。だから――――――」

「……」

 









「――――執行部みんなで、学校ここから出てってくれませんかね?」










 ようやく、樹は止まった。

 睨みつけたまま、じっと龍之介の反応を待つ。


 そして、十秒ほどち、ようやく龍之介は口をひらいた。

 


「――我々にそれを呑む義務があると思うのかね?」

「まあ、そう言うでしょうね。分かってたっすよ」

「ほう……で?」

「ただでとは言いませんよ。僕も好き勝手言わせてもらいましたから、サービスってとこっすかね」

「……サービス?」

「ええ、そうっすよ」


 先ほどまでの岩を砕く激流のような口調が嘘のように静まり、穏やかとも言える表情に戻って樹は答えた。












「――――ボイスレコーダーの内容は、誰にも言わないと約束しますよ」

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