第三章 第126話 要注意な男

「――――ボイスレコーダーの内容は、誰にも言わないと約束しますよ」


 諏訪すわいつきの言葉は、あまり唐突だった。

 突飛すぎて、彼の真意を理解できる者は、その場に誰もいなかった。


 ――ただ一人を除いては。


 正面に座るかがみ龍之介りゅうのすけの目が大きく見開みひらかれたのを、樹は確かに見た。


    ☆


 遺書の存在については、龍之介は現物げんぶつを確認している。

 しかしそれは、朝霧あさぎり彰吾しょうごが自身の家族に向けた三通だけである。


 肝心の四通目――遺書の発見者、つまりは黒瀬くろせ真白ましろてられたものだけは、その存在を確認しながらも入手出来ていない。

 そして、真白はついにそのを明らかにしないまま、退場することになった。

 当然、その内容も不明なままである。


 久我くが英美里えみりからの報告――真白が今朝けさ早くに職員室で何か探し物をしていたことを花園はなぞの沙織さおりに目撃された――によって、恐らくボイスレコーダーに何らかの情報が残されているだろうことに、龍之介は思い至っていた。

 さらに、真白がその内容を把握しているのは当然として、もしかしたら瓜生うりゅう蓮司れんじにも伝わっている可能性が高いと判断した。


 それを踏まえての「プランC」発動だったわけである。

 乱暴に言えば、すべて力で押し潰す――そういうこと。


 龍之介としては油断していたつもりはなかったが、現状で打てる手はすべて打ったということで、ボイスレコーダーのことは一時的に思考から外してしまっていた。


(ボイスレコーダー、だと? なぜこの男が……)


 胸中の動揺を、表に出さないようにするだけで精一杯だった。

 落ち着かねばならない。

 ボイスレコーダーの内容が分からない以上、状況的に唯一の急所であり、アキレス腱になっていることを悟られてはならない。

 諏訪にも、他の者たちにも。


「ちなみに、聞いておきたいのだが?」

「何すか?」


 とりあえず声は震えていない。


「それは執行部を追放する、という意味ととらえていいのかな?」

「その通りっすね」

八乙女やおとめさんの件に対する意趣いしゅ返しかね?」

「まあ、正直言ってそういう気持ちもなくはありませんけど、さっき言ったことが理由のすべてっすね。平たく言えば、これ以上ついていけないってことっすよ」

「我々を追放することの意味を、正確に理解しているのかな?」

「意味?」


 諏訪は首をかしげている。

 言わなければ分からないのなら、まだまだ考えが浅い。


「現在、我々『方舟はこぶね』が特に大きな不便を感じることなく、日常生活を送ることが出来ているのは、どうしてだね?」

「日常生活……すか? そりゃ転移してからこっち、みんなで頑張ってきたからじゃありませんか?」

「それはもちろんそうだ。しかし、ただ頑張るだけではどうしようもないこともあるだろう。実際、一時的にだが危機的状況に近いところまでいったこと、覚えていないのかな?」

「危機的? ……ああ」


 気が付いたか。

 にぶくはないようだが。


「もしかして、食料のことを言ってんすか?」

「その通りだ。あまり直視したくない現実なのかも知れんが、現状として我々の食料事情は完全にザハドに依存いそんしていると言っていい」

「……」

「そして、その食料を我々に供給してくれているザハド側の担当者が、横に座っているオズワルコスさんだ。そして執行部は今、食料以外のことについても彼と緊密に連携を取りながら進めている」


 露骨に嫌そうな表情をしている。

 こちらの言いたいことは、とりあえず伝わっているようだ。


「つまり、あれすか? 執行部を追い出せば、今までみたいに食料をもらえなくなるって言いたいわけっすかね?」

「理解が早くて助かるな。ザハドとの関係がたれれば、影響があるのは食料ばかりではない。異分子として処理される可能性だってあるだろう」

「そんな!」


 声を上げたのは、椎奈しいなあおいか。

 彼女の戦闘力は要注意かも知れんが、所詮は個人の武勇に過ぎん。

 対処の方法などいくらでもある。


 それに、学校ここに食料が供給されている具体的な仕組みを、彼らは知らない。

 ザハド側の単純な好意で贈ってもらっているとでも思っているのだろうが、このような異国の地で、どうしてそこまで他人たにんの善意を妄信もうしんできるのだろうな。

 私には理解できん。

 平和ボケした日本人らしいと言えばそうだが、教師ということも関係しているのかも知れない。

 学校では諸々もろもろのことに対して、性善説を基本に考えがちだ。


「実際にザハドがここまで討伐隊のようなものを送り込むかどうかまでは分からないが、仮にそうならなかったとしても、とぼしい食料だけでこれから生きていくことができるのかね? 残された君たちだけで」


 椎奈だけではなく、花園さんや教頭さんまで狼狽うろたえ始めたな。

 領主が兵隊を送るとまでは言えないが、レアリウスは別だ。

 先ほどのグラウンドでの顛末てんまつで、ただの脅しではないことは分かるだろう。


 大体、追放云々うんぬんを言い始めたのは諏訪だから、他の者は当然、食料供給が途絶えることなど考えてもいなかったのだろう。

 やはり、浅い。


 しかし――――


「そうっすかね。僕はちょっと疑問っすけど」


 この男――諏訪は、要注意だ。

 大して目立つ男ではなかったはずだが。

 しかし、立場が人を作るということもある。

 ここに来て一皮ひとかわけたのかも知れん。


「担当者はオズワルコスかも知れませんけど、決定をくだしたのは確か領主さんだったはずっす。ちゃんと事情を話せば、それなりに対応してくれそうな気がするんすけど」

「……」

「まあでも、それもやってみなくちゃ分からないことだし、出来ればこのまま援助してもらえるに越したことはないっすから……その辺は追放されたあとも継続してもらえるよう、オズワルコスに言ってもらえませんか?」


 虫のいいことを、とも思うが、恐らく分かった上で言っているのだろう。


「そんな都合のいい要求を、なぜ我々が呑まねばならんのだ?」

「だからそこはほら、さっき言った交換条件でどうっすか?」


 そして何より、これだ。

 ボイスレコーダー。

 諏訪やつのただのハッタリとは思えんし、断じてこのままにしておくわけにはいかん。

 知る者はすべて、消す。


「ちょっと待ってください!」

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