第三章 第121話 嗚咽《おえつ》
――私が毒を
目的語は、ない。
しかし、誰に対しての行為だったのか、その場の誰もが瞬時に理解していた。
誰かに、毒を、盛る。
まっとうに生きていれば、およそ実行する機会など
「英美里……」
今のところ、
狙い通り、自白を引き出した
英美里の告白によって、さきほどからの彼女の不可解な言動の理由が図らずも明らかになったわけだが、その情報をどう処理したらいいのか分からない――そんな空気の中でわななく唇を
内心を感じさせない、静かな声だった。
「英美里さん……」
「……はい」
「確認しますが……あなたが毒を盛ったと言う相手は、
「はい……そうです……」
響子は目を
「なぜ、そのようなことを……?」
「……すみません」
「謝罪は
「はい……」
座り込んだままの英美里は、ゆっくりと
彼女は、自らの視界の
「校長先生を……校長先生の命を、奪うためでした……」
「毒を盛ったという時点で、そんなことは分かっています。私が聞いているのは、
「それは……」
響子の
それに
「……最初は毒だったなんて、知らなかったんです。具合のよくない校長先生の症状によく効く薬だと聞いていました」
表面上、誰も反応しない。
それが暗黙の
「それなのに……初めて食事に混ぜた、次の日の校長先生の様子が明らかにおかしくて……」
「……いつからですか?」
「……え?」
「いつからあなたは、毒を盛っていたのかと聞いているのです」
「確か……皆さんがザハドから帰ってきた日、だったと思います」
「ザハドから、帰ってきた……」
「私たちは何度かザハドに行ってるけれど、それは直近の、星祭りの時のことを指しているのかしら、英美里さん」
響子が英美里の言葉をおうむ返しに
沙織は、英美里が告白を始めたところで、よろよろと自席に戻っていた。
「そう、です」
「校長先生は、もっと前から調子を悪くしていらっしゃった。はっきりとは覚えていないけれど、それこそあの
「は、はい」
「星祭りの時なんかじゃなくて、本当はもっと前からじゃ――」
「違います!」
沙織が
先ほどからの受け答えとは打って変わった、力強い
「私、嘘なんてついてません。そんな嘘をつくくらいなら……声を上げたりなんてしません……」
「ならどうして、校長先生はあんなにずっと調子が悪かったの?」
「それは私にも、分かりません……」
「まあ花園さん、追及するのはもう少し彼女の話を聞いてからにしましょう。まだいろいろと……
沙織がなおも言い
響子の表情を見て、沙織は
「それで英美里さん、毒を盛り始めたのが星祭り帰りの日からだとして、少し分からないことがあります」
「……はい」
「薬と言うのならば、校長先生にその旨を伝えて普通に飲んでいただけばよかったのはないですか?
「それは……とても
「校長先生だって子どもではないのですから、苦いからと言って飲むのを嫌がったりしなかったと思いますが」
「それに、本人には気付かれないように服用することが大事なのだと…………言われました……」
「言われました……ですか。仮にそうだとしても、食事に混ぜると言う段階で食料物資班の
「それは確かに……そうです」
英美里の返答に、響子は小さく息を
「とりあえず
「……さらに翌日でした」
「それはつまり、私たちが星祭りから帰った日の二日後ということでしょうか?」
「はい……校長先生の調子がまったく改善しないどころか、
響子も英美里も、あえて
二人の意図があらかじめ打ち合わせたものではないことは明白だが、周囲もあえてそのことを尋ねようとはせず、奇妙な熱気を以って、今
「毒だと明かされて、あなたはどうしたのですか?」
「もちろん、抗議しました。悪い冗談を言われているのかとも思いました。どうしてそんなことを、と問い
それまで顔を上げていた英美里が、
「何が目的なのかはいずれ話す、どちらにしても飲ませてしまったからにはもう戻れない、解毒薬もない、と……」
「……」
「あなたは
ぽたりぽたりと、肩を震わせる英美里の
「毎回の食事を運んでいたあなたの……娘も……実行犯の、ひと……り、だと……」
今度こそ英美里は、声を上げて泣き出した。
号泣する彼女を止める者は、誰もいない。
厳しく問い詰めるつもりでいる響子ですら。
英美里の隣りでは、純一が
沙織が再び英美里の
――そうして、しばらく英美里の
「それで……あなたに薬と
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます