第三章 第119話 切り札
(これが、
いわゆる「生理的耳鳴り」という、静かな場所で聞こえてくるあの「キーン」という音のことである。
もちろん自宅で一人、深夜にリラックスしながら読書に
今、職員室は時が止まったかのように、その耳鳴りめいた響きに満たされている。
しかし、思考が止まったわけではない。
いや、
――
高速で、
……まったく思わないわけではなかった。
しかしその考えは、敬愛する上司の
正常性バイアスとは、時に非常に厄介な
心の
しかし、心のどこかでその疑念は、ずっと
そしてそれは、恐らく響子だけでは、ない。
「や、やっぱりそうだったの……?」
沈黙の
彼女はその場で立ち上がり、両の
葵の向かいの席では、
「あんな……
「まだっすよ、椎奈せんせー」
感情が爆発しそうになっている葵を、樹は言葉で止めた。
葵が思わず止まらざるを得ない、断固とした口調だった。
「まだ鏡せんせーは何も言ってないっす。今度こそちゃんと答えてもらいましょう」
「私はやっていないよ」
思いの
全員の目が、一斉に
「実際に手を
「ずいぶん難しい言葉を知ってるんだな、諏訪さん。君がまさか刑法に通じているとは知らなかったよ」
「今どきのゲームを
「どう、とは?」
樹は大げさにため息を
「今度はすっとぼけっすか? それとも何かの時間稼ぎっすかね……。僕の質問に対する答えっすよ」
「もう答えたはずだが」
「やってないって証拠、あります?」
「君は悪魔の証明を強要する気かね」
「そうじゃないっすけど、僕は校長せんせーを殺したのが八乙女せんせーだって言う前提をぶっ壊しました。校長せんせーと八乙女せんせーがケンカする理由からしてそもそもないって言う、根拠を示して」
「それが事実だと言う証拠は?」
もう一度、先ほどよりも大きなため息を
「ない証拠を出せってんなら、それこそ悪魔の証明じゃないすか……。もはや屁理屈のレベルになってますね。情けないっすよ、鏡せんせー。僕の言ったことを否定する義務は、今のところそっちにあるんすよ。それなのに質問に答えないせいで、認めたことになってるわけなんすから」
「……」
「それに鏡せんせー、あなたはあの裁判の時、八乙女せんせーを犯人扱いするなって言った
当の壬生
彼の視線には、
「『朝霧せんせーと八乙女せんせーが
その瞬間、再び
彼女のそんな挙動を、樹は視界にしっかりと収めていた。
「つまるとこ、壬生せんせーは嘘っぱちの証言をしたってことっすね。あの二人が
そう言うと、樹は英美里を見た。
「それなのに……嘘つきの壬生せんせーと
「ひひっ、ひぃぃぃっ!!」
「えっ、英美里さんっ!?」
とうとう椅子から
しかし、樹は追及の手を緩めようとはしなかった。
「英美里さん、あなたはあの時言いましたよ。『私もそういう場面を聞いたことがあります』ってね。鏡せんせーに
「わっ、私は! わた、私はっ!! 私っ!」
そんな彼女に、樹はとどめとも言える
「――……嘘つき」
「あああああああああうああああああっ!!」
「英美里っ!」
頭を両手で押さえて
その姿に、顔面蒼白となった
「やめろっ! 諏訪さん、やめるんだっ!」
「英美里さん、すいませんでした。僕、執行部の多分
「ううううう、うう、うううううう……」
必死な様子で止めようとする純一のことはあからさまに無視し、
「な、何だと!? 君はわざと英美里を責め立てたって言うのか!?」
「黙っててください、純一さん。あなたはさっき、教頭せんせーの質問にきょろきょろしただけで、ちゃんと答えなかったっすよね?」
「な、何……?」
「もし僕が指摘してることが事実だとしたら、あなたも同罪っすから。もちろん、英美里さんも、
「っ……!」
唐突に名前を出されて、秋月
「でも……さっき英美里さんは、自分から何か言おうとしたっす。鏡せんせーに調子悪い扱いされて、いつの
純一は、
真帆は
そして――これほどの修羅場が繰り広げられている中で、鏡龍之介は隣りに座るオズワルコスと小声で何か
その様子を
このまま押し切る必要があると、彼は思った。
「鏡せんせー、まだ認めないつもりっすか?」
「……何をだね?」
「あなた
「証拠もなしに、そんなことを言われてもな」
「そうやってのらりくらりしてますけど、あの時八乙女せんせーに
「大声で
「八乙女せんせーは、確かにもの凄い
「見解の相違だな」
「大体、証拠と言いますけど、あやふやな状況証拠だけで八乙女せんせーを断罪したくせに、何言ってんすか。しかもその状況証拠すら、嘘っぱちだったってもうバレたんすよ?」
「嘘っぱちだなどと、私は認めてないが?」
「まだそれ、言います? どうせ聞き直してもだんまり続けるだけでしょうからもう言いませんけど、往生際が悪すぎっすよ。都合の悪いことに答えないのって、それこそ鏡せんせーの好きな『状況証拠』そのものなんすからね」
「つまりは君も、状況証拠だけで我々に罪を着せようとしているということだろう」
「うおっ、
「ずいぶん弁が立つじゃないか、諏訪さん。学生協も立派な仕事だが、それこそ弁護士や検事を目指したらどうだね。まあそれもこれも、日本に帰ることが出来てからの話になるが……ね」
「……それって、脅しっすよね?
「そう聞こえたかね。どうやら被害妄想の傾向が見受けられるようだな」
「……」
これ以上話しても、建設的な会話にはならない。
心配そうに見守っている七瀬に視線を向けると、彼女は黙って
次に口を
鏡龍之介たちを追い詰めてどうしたいのか、その目的を。
その先に見える景色を。
「もう、こんな話し合いは終わりにしましょう、鏡せんせー」
「ん?」
「これはさっき、加藤せんせーが言っていた三つ目の質問です」
「何だね?」
「――――校長せんせーの遺書って、何すかね?」
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