第三章 第116話 怒涛

 かがみ龍之介りゅうのすけに対する擁護ようごとも取れる諏訪すわいつきの発言に、加藤かとう七瀬ななせは目を三角にして噛みついた。


「はあ!? ちょっと本気なの!? 諏訪さんってば!」

「ええ? ……いやいや、そんなに難しい話じゃないっすよ? 加藤せんせー」

「どういうこと!?」

「私にもきちんと説明してほしいですね、諏訪さん」

「ちょ、教頭せんせー。そんなににらまないでほしいんすけど……分かりましたよ」


 頭をかきつつ、困惑しながらも何となく言い訳するかのように、諏訪樹は言葉を紡ぎ始めた。

 実際、執行部以外の面々は、まるで後ろから味方に撃たれたかのように、心外だと言う表情を彼に向けているのだ。

 その様子を、龍之介は少し面白がるように見ている。


「順番に考えれば、皆さんもすぐに分かることだと思うんすよね。まず、僕たちはザハドの人たちとの接触を図りました。何のためでしたっけ、花園はなぞのせんせー」

「……もちろん、食料問題を解決するためだったかしらね」

「その通りっす。でも、もうひとつ大事な目的があったのを思い出してください。元の世界に戻るための情報収集ってやつを」

「それは、そうねえ」

「その流れで鏡せんせーたちは手がかりを手にした。そうっすよね、椎奈しいなせんせー」


 突然の指名に、少し驚くあおい


「そ、その通りだと思う」

「でもその役割って、外交班だったはずじゃない?」


 七瀬はそう指摘しながら、この場にただ一人残っている、旧外交班員だった久我くが純一じゅんいちの方をちらりと見た。

 突然の、明らかに友好的ではない視線に、一気に緊張する純一。

 

「そうっすね。そこが問題のひとつでもあると思うんすけど、とりあえずそこんとこは後回しにして――――とにかく鏡せんせーは手がかりを得た。そこまではいいすか? 教頭せんせー」

「……そうですね」

「で、皆さんが騙されたって怒ってるのは、その手がかりがあやふやで、本当に帰れるものなのかどうか怪しさ満点だから、なんすよね?」

「そうです。さっき花園さんがおっしゃったように、不確実な情報で私たちを言わば縛り、意のままにしようとしていたからです」

「僕はそこがおかしいと思うんすよね」

「どういうこと!?」


 七瀬が、先ほどと同じ台詞を繰り返す。

 苦笑いしながら、樹はそれに丁寧に答える。


「いいすか? 加藤せんせー。情報が不確実なのは、別に鏡せんせーのせいじゃないっすよ。でも、今はあやふやでも手がかりなことは確かじゃないすか。そもそも、僕たちがこっちに転移してきた方法だって、その方法はあやふやどころか全然分からないんすよ。何しろ魔法ギームってのが、僕たちの理解を越えてるんすからね」


「……」


「そこに手がかりがあったら、今の僕たちはそれをり好み出来る立場じゃない。少しでも多くの情報を集めて、最終的にみんなの目的である『元の世界に帰る』ことに繋げていくしかない、って思うんすよ」

「ほう……」


 龍之介があごに手を当てながら、軽く目を見開みひらいて言った。


「なかなかどうして、しっかりと理解しているじゃないか、諏訪さん。今どきの若者と言っては失礼かもしれないが、そこまで理路整然とものを言うタイプだとは思っていなかったよ」

「これは微妙に褒めてもらってるんすかね……」

「もちろんだ」


 二人の様子を、響子たちは複雑な面持ちで見つめている。

 特に七瀬は、樹の説明は理解できる――しかし気持ち的に全く納得がいっていない、そんな感じの表情を隠そうともしていない。

 まゆをひそめながら、口元をむぐむぐさせているのだ。


「だからこそ、僕は分からないんすよ、鏡せんせー」


 そんな七瀬たちの雰囲気を察したのかどうか――樹は改めて龍之介に向き直った。


「何がだね?」

「鏡せんせーたちが得た情報が、理解できないくらい難解だとかあやふやだとか、そんなの説明しない理由にはならない。入手した時点で僕たちにさっきみたいに説明したとして、何の問題があったって言うんすか?」

「……」

「はっきりし次第、その都度報告していくって言えばいいはずっす」

「……全容が判明してから説明した方がいいと、判断したからだが?」

「全容が判明してからっすか……そんな日が来るんすかね? 魔法ギームが使えるわけでもないのに? 自分でそう言ってましたよね」

「……」


 再び口を閉ざし始める龍之介。

 樹は追及の手を緩めない。


「もう一つ、さっき加藤せんせーが指摘したことなんすけど、渉外って本来は外交班の仕事でした。それが何で八乙女やおとめせんせーたちの頭を飛び越して、いつの間にか鏡せんせーのとこに情報がいってるんすかね? そこに座ってるオズワルコスだって、元は八乙女せんせーたちと活動してたって聞いてますよ?」


 響子や七瀬たちの顔が、真剣なものに変わってくる。

 自分の名を呼ばれたオズワルコスは――薄い笑みを浮かべた表情のまま、微動だにせずにいる。


「まだあるっすよ。ひとつ確かめときたいんすけど、鏡せんせーがやり取りしてるザハドの人って――誰すか?」

「……どういう意味かな?」

「僕たちが認識している相手は、ここの領主の――えーと、教頭せんせー、なんて人でしたっけ?」

「リューグラムきょうです。ディアブラント・アドラス・リューグラム。八乙女さんは弾爵だんしゃくと呼んでいましたね」


 さすがと言うべきか、樹に突然尋ねられても、響子はさらさらと淀みなく答えた。


「そうそう、ありがとうございます。そのリューグラムさんと、定期的に食料を送ってくれるって契約をわしたってのが、僕の認識っす。これ、合ってますよね?」

「間違ってはいないな」

「じゃあ、そこにいるオズワルコスは、つまりリューグラムさんの代理人ってことでいいんすか?」


 ここで、初めてオズワルコスの表情がわずかに動いた。

 彼の目が微妙にほそめられたことに、樹たちが気付いたかどうか。


「……そうだと認識しているが」

「じゃあそれはそれとして。 ……対価は何すか?」

「なに……?」


 先ほどから怒涛どとうごとく続く樹の質問に、オズワルコスと同様、龍之介はいぶかに眉根を寄せた。

 彼にしては珍しく、樹の狙うところが今ひとつつかめないのだ。

 唐突に飛び出した「対価」と言う言葉に、龍之介は警戒感をあらわにした。


「どういう意味だね?」

「いやだって、食料の無償提供だけだって十分じゅうぶんすぎるくらいなのに、元の世界へ帰してくれるのも何の見返りもなしだなんて、ちょっと信じられないっすね」

「……」

「大体タダ・・より高いものはないって言うし、相手は貴族なんすよね? 僕の知ってるラノベやゲームの貴族は、そんなに甘いモンじゃないっすから。何のメリットもなしになんてあり得ないっす」

「……」

「うーん、何で黙ってるんすかね、鏡せんせー。誤解しないで欲しいんすけど、僕は対価を求められるのが悪いなんて一言ひとことも言ってないっすよ? 何かしてもらうのに、何かを払うのなんて当たり前なんすから」

「……」


 龍之介は何を考えているのか、これだけ樹にめられても言葉を発しない。

 響子や七瀬たちも樹の意図が分からず、ただ黙って事の推移を見守るだけである。


「……まあいいっす。てか、さっきの鏡せんせーの説明で見当はついてるっすから」

「……どういうことかな?」

「言いましたよね? 『研究中の何とかかんとかの能力を電気的に制御する・・・・・・・・』って。でも、こっちの世界には、魔法ギームがある代わりに電気がないって、八乙女せんせーが言ってたっんすよ。あの人は、もしかしたらザハド周辺だけかも知れないって付け加えてましたけどね」

「……」

「それなのに、その……何でしたっけ、レア何とかって組織すか? そこが知らないはずの電気を使って制御するとくれば――答えはおのずと明らかじゃないすか」

「そうか!」


 七瀬が手をポンと叩いて言った。


「鏡先生が教えたんだ……電気のことを」

「恐らくそう言うことっす。でも加藤せんせー、問題はそこ・・じゃないんすよ」

「え?」

「さっき言ったっすよね? 何かをるには対価が必要だって。日本へ帰る方法を教えてやるから、代わりに電気のことについて教えてくれって言われたら、皆さんどうです?」


 樹の問いかけに、七瀬たちはきょろきょろとお互いを見ながら、口元をもごもごとさせている。


「……確かに条件としては、悪くないと考えられますね」


 最初に答えたのは、橘響子きょうこだった。


「私だったら、お安い御用ですってほいほい教えちゃうかも……」


 と言うのは、椎奈しいなあおい

 他の面々も、言葉にしなくてもうなずいて賛意を表している。


「そういうことっす。まあ、電気の存在を知らないはずのザハドの人たちが、『電気のことを教えろ』なんて言い出すことになった経緯けいいとかの謎はまだ残りますけど、そこはいいんすよ。僕が知りたいのは――八乙女せんせーのことなんす」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る