第三章 第115話 情報の真偽

「話はついたかね」


 応接スペースで話し合っていた七人が、それぞれ自分の席に戻ると、それまで微動だにしなかったかがみ龍之介りゅうのすけは目をぱちりとけ、加藤かとう七瀬ななせに向かって問い掛けた。


「はい」


 短く肯定する七瀬。


「それで、結局どうするのかな?」

「保留します」

「……なるほど、そう来たかね」

「保留して、先に二つ目の質問の答えを聞かせてもらおうと思ってます」

「……いいだろう。その前にもう一度、その二つ目の質問とやらを確認しておこう」

「分かりました」


 小さく深呼吸をして、七瀬は続けた。


「――日本に帰る方法について教えてほしいってことです。私たちに話せないと言うのなら、その理由を明確に」

「ふむ」

「鏡先生だってそうだと思うんですけど、日本に帰れると言うのは私たちにとってすごく大きな希望なんです。ちょっとくらいの困難なら乗り越えてやる、みたいな気持ちが湧いてくるほどの。だから、ちゃんと答えてほしいです」

「分かった。ちょっと待ってもらえるかね」

「……はい?」


 龍之介は左手を挙げて七瀬を抑える素振そぶりをすると、彼の隣りに座るオズワルコスに声をかけた。

 職員室に入ってきて以来、ただひたすら置き物のように大人しくしていた彼が、初めて動きらしきものを見せる。


「とまあ、このような感じなわけだが……説明しても構わないかな」

「はい、よいです。私、理解しています。あのことの説明ですね」


 オズワルコスは特にあわてるでもなく、落ち着いて答えた。

 彼の答えを確かめると、龍之介は再び正面に向き直り、七瀬と言うより全体に向かって話し始めた。

 一同は、オズワルコスが日本語をそれなりに流暢りゅうちょうに話し、それ以上に会話の内容を理解しているということに少なからず驚いた。

 彼らの知っている、日本語を多少でも話せるザハドの民は、リィナとシーラという子どもだけ。

 しかも二人の話しぶりは、その時点ではまだカタコトのレベルを少し超えたくらいのものだったからである。


「さて、ではお許しも出たようなので、お望みの件について説明しよう」

「あの……鏡先生、今まで話せなかったのって、もしかして」

「ん? ああ、まあそう言うわけだ。ザハド側からまだ秘匿ひとくしていて欲しいと要請されていたのだよ」

「それならそうと……」

猜疑心さいぎしんあおるような形になったことは申し訳なく思うが、話さなかったのは私自身の判断もあるのだ」


 龍之介はあくまで鷹揚おうように、余裕を持った話しぶりを心掛けているように見える。

 そして今、わされた龍之介と七瀬の会話。

 職員室を満たしていた緊張感が、何となくやわらいでいくようにいつきには感じられた。

 実際、七瀬も警戒心をきかけているのが、彼の目にもはっきりと分かる。


(加藤先生せんせー、油断するのはまだ早いっすよ……)


 しかし、樹は違っていた。

 元はと言えば、久我くが英美里えみりによって集められて始まったこの話し合いだが、グラウンドで起きた惨劇を目の当たりにしてから、彼は決して感情的になるまいと心掛けていた。


 何か予感めいたものがあったのか……それは彼に聞かなければ分からない。

 しかし樹は大好物である、戦術的タクティカルシミュレーションRPGをプレイする時のように、全体を俯瞰ふかんし、個々のユニットの特性を把握したうえで、何手先にまでも思考を巡らせて、勝利条件を満たすことを心に決めていた。


「鏡先生の、判断ですか?」

「そうだ。それもこれからすぐに明らかになる。そして、ひとつことわっておかなければならないことがある」

「……何ですか?」

「内容を私が完全に理解していない、いや、正確には理解できていないということだ。ゆえに私が受けた説明をほぼそのまま、伝えることになる」

「はあ……」


 龍之介の言わんとするところを今ひとつつかみかねているのか、七瀬は小首をかしげながら曖昧に返答をした。

 それには構わず、彼はひと呼吸置いて、とうとう自身の知る「日本に帰る方法」について話し始めた。


「――レアリウスで研究中の『アヴァロア・レーヴ』の能力を電気的に制御することによって、『メル・ヴァル』の力を発動させる。『アヴァロア・レーヴ』は『エルカレンガ』に干渉できる存在であり、『ソリス・アーネン』への扉をひらくことが出来る――とのことだ」


 響「……」

 沙「……」

 美「……」

 朱「……」

 葵「……」

 純「……」

 英「……」

 七「……」

 樹「……」

 真「……」


「ふむ……まあ、予想した通りの反応だな」


 苦笑じりに龍之介がつぶやいた。

 彼は執行部のメンバーにも、ここまで具体的に話してはいなかった。

 ほうけている面々に向けて、彼は続ける。


「これで分かっただろう、説明などしたところで意味がないということが。私にもこれ以上の解説も詳述も出来ないのだよ」

「あ……う、えーと……」


 それでも、驚愕から真っ先に立ち直ったのは、加藤七瀬だった。


「ちょっと説明が難しすぎて……あのう、理解が追い付かないってことは確かに分かりました」

「そうかね」

「でも、そうなると別の疑問が生まれてくるんですけど……」

「何だね?」

「そんな、何て言うか理解できない単語ばかりの説明で――鏡先生はそれを信じたってことなんですよね? はっきり言いますけど……本当に帰れるんですか?」


 七瀬の問いに、龍之介は肩をすくめた。


「私に、その真偽しんぎを確かめることが出来ると思うのかね?」

「……はあ!?」


 まるで他人事ひとごとのような彼の物言いに、七瀬の語調が思わずきつくなる。


「それじゃあ、本当かどうかもはっきりしない情報を鏡先生は鵜呑うのみにして、私たちをここまで引っ張ってきたってことですか!?」

「そう言うことになるな」

「……!」


 あまりの怒りで、もしくはあきれで七瀬は口をぱくぱくさせるだけで、言葉に出来ずにいる。

 しかし、当の龍之介は涼しい顔のまま、何の痛痒つうようも感じていないように見える。

 それどころか、いきどおりを隠さない七瀬たちのことが心底理解できないとでも言いたげに、眉尻まゆじりを下げて困惑の表情を作っている。


「鏡さん、ではあなたは私たちをだましていたということでしょうか?」


 花園沙織が、低い声でめ始める。


「騙す? 何やら今日は心外な物言いが多いですな、花園さん。私がいつ、あなたたちを騙したと言うのかね」

「いつと言うのなら、これまでずっと、でしょうかね。要するに曖昧あいまいであやふやな希望をえさにして、私たちを動かしてきたってことなんですからね」

「まあ、曖昧な情報であることは認めざるを得ないところだが……それがなぜ騙したことになるのか、どうにも理解できんのだが」

「本気で言ってるんですか!? 私たちはですね――」


「――いや、僕も鏡せんせーは別に騙してなんかいないと思うっすけど……」


 ここで龍之介を擁護する形で言葉をはさんだのは、いつきだった。

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