第三章 第114話 パンドラの箱

 諏訪すわいつきは、ぼんやりと考えていた。

 何かこれ、RPGゲームのボス戦みたいだな――――と。


 今、自分たちのパーティはかがみ龍之介りゅうのすけという、中ボスかラスボスか分からないが、ともかくボスクラスの敵と戦闘をしている。

 あのやたらとイキってくる壬生みぶ魁人かいとは、どういうわけか今回は姿が見えない、つまりボスを守っていない。

 正直言って申し訳ないが、久我くが夫妻や秋月あきづき真帆まほは、ただの腰ぎんちゃく。

 要するに――今はボスを倒すチャンスだと言うことなのだ、と。


(こっちのパーティは、リーダーが教頭先生せんせーで、得意技は正論パンチ)


サブリーダーが花園はなぞの先生せんせーで……美味うまい料理でステータスアップさせてくれる補助魔法使いバッファーってとこか――あ、敵もおんなじもん食べてるから意味なかったわ……)


椎奈しいな先生せんせーは文句なく武闘家だな。武器とか使えるんなら戦士わくかも知れんけど……いやいや、決して脳筋とか思ってないって)


(あとは……自分も含めて、不破ふわ先生せんせー如月きさらぎ先生せんせー加藤かとう先生せんせーも、目立った特殊能力はなさそう……参ったね)


(それに……何となくだけど不破先生せんせーと如月先生せんせーは……味方かどうか微妙な感じがするんだよなあ……)


 まあ内情はともかく、せっかく七人パーティでボス一人をタコ殴りに出来るチャンスが到来しているのだ。

 それだと言うのに……さっきからたちばな響子きょうこも花園沙織さおりも椎奈あおいも、そして加藤七瀬ななせまでもが律儀に一対一勝負タイマンを挑んでいるところに、樹はゲーマー気質きしつとして何となく不満を感じていた。


(いや、分かってるって。物理的にボコボコにするわけにいかないことぐらい)


 戦闘とはいってもあくまで論戦なのだから、複数人が一斉にしゃべりかかったところで何の意味もない。

 それでもやはり敵は強大で、響子も沙織もダメージを負って下がらざるを得なくなってしまっている。

 葵も手を出してみたら、酷く噛みつかれてあわてて引っ込めた感じだ。

 そう考えると、七瀬は戦闘スキル持ちではない割に、善戦しているように思える。


 すると――――


「パンドラの、箱……」

「まあ、もしかしたら伝説のように、最後に『希望』が残っていると言うことがあるかも知れないが……試してみるかね?」


(パンドラの箱って……何かファンタジックな話になってきたねえ)


「あの……ちょっと私一人で判断しちゃマズそうなので、相談してもいいですか?」

「構わんよ。存分に、と言ってやりたいところだが、こちらにも都合がある。そうだな――――五分だ。五分以内に結論を出してほしい」

「わ、分かりました。それじゃ、後ろの応接スペースで……」


 そう言って、七瀬はメンバーたちに移動するよううながした。

 鏡龍之介は何を思うのか、座ったまま腕を組み、目を閉じてしまった。

 その様子に、執行部の残りの三人は一様いちように戸惑いを隠せない様子だったが、特に指示も出ないためか、その場から動かなかった。


 そして、部屋に入ってからここまで一言ひとことも発しないオズワルコスも、うっすらと笑みを浮かべて、ただただ置物のように座ったままである。


 応接スペースにぞろぞろと集まった七人――橘響子、花園沙織、不破美咲みさき、如月朱莉あかり、椎奈葵、加藤七瀬、そして諏訪樹。

 とは言え、誰もソファに座ろうとはしない。

 全員が座りきれないと言うこともあるが、とてもじゃないがのんびり議論するような状況ではないことを、各々おのおのが理解しているからである。


「そんなわけで、選べと言われちゃったんですけど……どうしましょう」

「黒瀬さんたちがしたと言う妨害の中身を聞き出すかどうか、でしたね」


 七瀬の発言を響子が補足する。


「個人的には、そもそも彼女がそんなことするわけないと思うけどねえ」

「私もそう思いますよ。瓜生先生にしたって、そんな人じゃないですし」


 沙織の意見に同調するのは、葵だ。

 

「そりゃあ人間にはいろんな面があるし、いいところもそうじゃないところもあわせ持ってるものだと思いますけど、でも私たち、これまでいろんなことがありましたよね? こっちの世界に来てから。その、よくないところと言うか、その人の本質が強制的にき出しにされてしまいそうなことだって……」


 一度言葉を切り、再び葵は続ける。


「だからこそ私、言えると思うんですよ。黒瀬さんや瓜生さん、早見さんたちも決してそんなことをするような人たちじゃないって。仮にもし、何かしていたとしたら――きっと何か大事な意味があるんじゃないかって」


 思いが爆発したように語り続ける葵を見て、樹は思った。


(何かもっと早く、こんなふうにみんなでちょくちょく集まって、思ってることを正直にぶっちゃけることが必要だったのかも知れないなあ)


(そうしてればもしかしたら……)


 そう言った明るくてオープンな雰囲気は、転移当初こそぎこちなかったにしても、次第に形作かたちづくられていった。

 いつき自身、普段なら用事がなければなかなか話をしないだろう相手――橘教頭や如月朱莉たちと、同じ班の作業を通してあれやこれや言いながら、とても気安い関係を築けていたのだ。


 それが……衝撃的な朝霧校長の死去以来、がらりと変わってしまった。


 事件以降、学校勢の中にただよい始めた何とも言えない空気――それは「混乱」と「不安」、そして「恐怖」と「疑心暗鬼」がないまぜになったものだった。

 誰もが自らのからなかば閉じこもり、与えられた仕事という日常をこなしていくことに逃げていた――そう言って差し支えない状態になっていた。


 樹は知るよしもないが――そうして胸襟きょうきんひらき、相談し合って行動していた真白たちが真っ先に排除されてしまったことは、皮肉としか言いようがない。


不破ふわさん、あなたはどう思うかしら?」

「えっ……私ですか?」


 花園沙織が、何気なく美咲に意見を求める。

 集められたからには、考えを聞かれてしかるべきなのに、美咲の態度はどこか上の空であることに、樹は気付いていた。


「正直、私は……怖いです」

「それは鏡さんの言う『パンドラの箱』ってところのことかしら」

「そう、ですね……」


(まあ不破先生せんせーもそうだけど、問題は如月先生せんせーの方かな。明らかに顔色かおいろが悪いし、何だか妙におどおどしてるように見えるんだよね……)


「如月せんせー」

「……」

「如月せんせー?」

「……え、えっ!?」

「せんせーはどう思うっすか? その『パンドラの箱』ってやつのこと」

「……」

「ちょっと如月さん、大丈夫? 気分でも悪いの?」


 樹の問いに黙り込んでしまう朱莉を気にかけて、沙織が声をかける。


「いえ、だ、大丈夫です……」

「そう? 何だか顔色がよくないけど」

「――少し心配ではありますが、どうやらあまり時間もないようです。私の考えを述べてもいいでしょうか? 花園さん」

「いやだわ橘さん。私が議長ってわけじゃないんだから、気にしないで話してくださいな」

「それでは」


 小さく咳払いをしてから、響子は話し始める。


「結論から言えば、ここは一旦『スルー』したらどうでしょう」

「スルー……っすか?」

「そうです、諏訪さん。鏡さんの言っていることは気になりますし、ふたけてみたいという誘惑にかられます。しかし万が一、彼の言葉が嘘ではなかった場合、もしかしたら本当に取り返しのつかない事態になってしまうかも知れません。 ――加藤さん」

「あ、はい」


 響子は、先ほどから黙っている七瀬に声をかけた。


「あなたは先ほど、質問が三つあると言っていましたね?」

「……はい」

「一つ目と二つ目に回答をもらってから、三つ目を尋ねるとも言っていましたが、まだ一つ目だけでこの状態です。先に二つ目に話を移し、場合によってはそのまま三つ目の質問をぶつけるということは可能ですか?」

「うーん……」


 唇に人差し指を当てながら、七瀬は唸った。


「先に二つ目の話に移るのは別に構わないんですけど……三つ目って、いわば切り札と言うか、必殺技みたいなものなんですよね……」

「必殺技、ですか?」

「はい。ってか、ボスを倒すための特殊アイテムと言うか……」

「……はい?」


(おいおい……いや、さすがは加藤先生せんせーってとこだね)


 図らずも自分と同じようなことを考えていた七瀬に、心の中でツッコミを入れつつ、称賛を送る樹。

 そんな樹を、七瀬はちらりと見て続けた。


「確実にダメージは与えられると思うんですよね。でも……手負いになった鏡先生が何をしてくるのか分からないんです。もしかしたらヤケクソになって、その『箱』を向こうからけちゃうかも……みたいな」


 七瀬の視線と発言に、樹は思わずつばを呑む。

 そして、小さくうなずき返した。

 七瀬も、樹に目で答える。


「そんなに恐ろしい情報を、あなたは持っているのですか?」

「はい、多分。ただ、私思うんですけど、三つの質問の答えって何て言うか、バラバラじゃなくてきっと関係しあっているんじゃないかなあ、と。だから一つ分かれば、そこから芋づる式にほかの答えも出てきそうな気がします」

「そう……」


 答えながら、響子は不安そうな表情を隠さない。

 それは、いわば諸刃もろはつるぎのようなものを手に、再び七瀬を矢面やおもてに立たせなければならないことへの申し訳なさと、もたらされるかも知れない未知の結果に対してのものだろうか。


「大丈夫なの? 加藤さん……」

「加藤さん……」


 沙織と葵も同様の表情をしている。

 そんな二人へ、そしてまだ暗い表情でうつむきがちな美咲みさき朱莉あかりに向かって、笑いかけたのはいつきだった。


「大丈夫っすよ、皆さん。加藤せんせーには僕がついてるっすから」

「相変わらず馴れ馴れしいなあもう」


 そう口をとがらせながら樹をひとにらみしつつ、七瀬は付け加えた。


「それじゃ後半戦よろしく、樹くん・・・

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