第三章 第106話 天声会議 ―4―

「『白き人ヴィッティ・ヴィル』、だと?」


 アクセリオ・インメルバルツのつぶやきを、ヴラキュール・フレイヴァローアが聞きとがめた。

 どうやらヴラキュールの持つ情報フィルロスでは、突然アクセリオが発した「白き人」と言う言葉ヴェルディスと、先ほどイングレイが明かした事柄ことがらとが結びつかないようだった。


 軍事部門サラト・アミリスジェフェであるアクセリオは、直接レアリウスには関係のないことではあっても、もうかれこれ五十年ほど続いているメリディオ島戦争ヴァルカニル・アイメリディオについては情報を集めていた。

 もちろん開戦当時の部門長は、アクセリオの前任者だったが。


 メリディオ島アイ・メリディオと言うのは、この大陸モルテロス南東セレタヴァントに浮かぶかなり大きな島である。


 そこには、遥か昔にエレディール王家のとある王女フィロアスが、とある事情から開拓エヴォルオを始めることになり、ついにはエルとしておこったゼレナヴィエラがあった。

 ゼレナヴィエラは、そのみやこを王女の名にちなんで「ミーリア」とし、現在のミザレス領――当時は別の領主――からたくさんの人たちを受け入れながら、エレディールの友邦として少しずつ発展していった。

 そして長い時の中で、いつしかゼレナヴィエラはエレディールの属領の一つとなり、その際にグラードは「トラセスキム」にうつされ、「ミーリア」は古都グラデステーラとして存続していくことになった。


 ――と言うのが、現在エレディールに伝えられている、メリディオ島の歴史ファーデリア


 少なくとも学舎スコラートの歴史教師たちは子どもたちにこのように教えるし、マルカ貴族ドーラおおむね同様の認識グニティを持っている。

 しかし、ここで少々不思議なことがあるのだ。


 歴史と言うのなら、エレディールには「星暦アスタリア」というれっきとした暦法があるのだから、どんな出来事が星暦何年に起きたと記述されているのが普通であるはずだし、現にエレディール国内のことについてはそのようになっている。


 それにも関わらず、メリディオ島に関してはその出来事の一切にとし表記がない。

 どの歴史書を紐解ひもといても、ただ単純に「大昔にこんなことがありました」と、物語のように並べられ、述べられているに過ぎないのだ。

 そう言う意味では、まるで望星教会エクリーゼ教典アスキュラータの如しと評していい。


 ――そして、問題の「白き人ヴィッティ・ヴィル」である。


 現在、一般に伝わっている情報は――――


 ・五十年ほど前に、謎の民族ジャンディアがメリディオ島にどこからともなく現れ、領都トラセスキムを始め各地に住んでいた人たちを追い出し始めた。

 ・謎の民族は、異様なほどに白い肌ヴィッティ・ペルリスをしていた。

 ・追い出された人たちはオーゼを渡り、エレディール大陸で一番近いミザレス領に逃げ込むことになり、難民リフェレードとなった。

 ・王家ル・ロアの命を受けて、当時のミザレス領主はメリディオ島に出兵し、奪還しようとしたが現在に至るまで成功していない。


 ――というものである。


 内容自体に間違っているところはない。

 しかし、よく考えれば首をひねりたくなる表現がある。

 それは「追い出された」という部分だ。

 戦争と言うには、何ともしっくりこない説明である。


 現在、特に疑問を持たれることもなく流布しているこの話だが、当時のアクセリオとイングレイの前任者たちは、当然いぶかしく思った。

 そのため、さらなる詳細を得るべく突っ込んだ調査を進めており、一般には伝わっていない情報を手にしていた。

 それは、前任者たちをなかなかに困惑させるものだった。


 まず、謎の民族――いわゆる「白き人ヴィッティヴィル」が突然メリディオ島に現れたことは事実だが、その前にゼレナヴィエラの領主ゼーレとの交渉トラクタードが複数回に渡って行われていたらしいのだ。

 その内容までは分かっていない。

 しかし、最初から武力をちらつかせるような物騒なものではなかったようだ。


 さらに言えば、ゼレナヴィエラ領主と王家ル・ロアあいだでもやりとりが何度もなされていたらしい。

 恐らく「白き人」との交渉について、王家の意向を確かめる意図があったものと思われるが、その際にも特段、剣呑けんのん雰囲気アイミースはなかったと言う。


 ところが、その半年プセヤーニュほどのやりとりが続いたあと、突然当時のゼレナヴィエラの領主が武装した上で、「白き人」たちのいわば代表団を強制的に元の場所・・・・へ追い返した。

 何らかの交渉が決裂したと見るべきなのだろうが、唐突に手のひらを返したようなゼレナヴィエラ側の態度に、「白き人」側は困惑しつつも、一旦は大人しく従ったらしい。

 しかし、それからしばらくして再び彼らが現れ、ここからは広く知られているように、「白き人」たちはゼレナヴィエラの住人たちを追い出し・・・・始めたのだ。


 その追い出し方が何とも不思議で、武装していた兵士はもちろんのこと、住人たちもいつのにか、気が付いたら移動させられていた・・・・・・・・・のだと言う。

 「白き人」たちは一切武力を用いずに、首都トラセスキムを始め、古都ミーリア、そしてゼレナヴィエラにあった全ての町に住む人々を、近くにあるモーラという島に移動させたらしい。


 にわかには信じられない出来事だったが、それをしたと目されているのが「白き人」たちが当時いただいていた女王ラナ――シルルヴェーヌ・ゲーゼス。


「ゲーゼスの名は、望星教エクリーゼ蔓延はびこるエレディールでは、少なくとも表向きにはとうの昔に忘れ去られたか何かで、全く認知されていない」


 アクセリオ・インメルバルツは、ヴラキュール・フレイヴァローアの問いかけに答えるように続けた。


「しかし真実が伝わる我々レアリウスであれば、『夜魔公やまこう』アルド・ゲーゼスのアビゼーナが現在まで続いていること、そしてその意味を理解できなくもないだろう、フレイヴァローア」

「その通りだ、インメルバルツ」


 イングレイ・カルヴァレストはうなずいて言った。


「しかしカルヴァレスト、かのアルド・ゲーゼスきょうが『流月フラグゼルナ』を所持していたと言うのは、所詮しょせんは貴様の仮定に過ぎん。少なくともそのような話は伝わっていないはずだが?」

「確かにそうだ、インメルバルツよ。しかし、おぬしなら知っていよう。『白き人ヴィッティ・ヴィル』たちの女王ラナ、シルルヴェーヌ・ゲーゼスとやらがゼレナヴィエラの住人たち全員を移動させた・・・・・ことを」

「無論だ。眉唾まゆつばものではあるがな」

「ならば、その眉唾ものの方法に心当たりがあるのではないか?」

「何だと? ……いや、そうか。それこそ『流月フラグゼルナ』か」


 アクセリオは気が付いた。

 三つの神器レジ・アウラの一つである流月フラグゼルナルカ――遷しデプレーク(うつし)――に。

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