第三章 第105話 天声会議 ―3―

 親友アプリア・メレの視線に、イングレイ・カルヴァレストは、やれやれとパラスすくめた。

 酒精アラカオも入れていないくせに、この短い時間で二度も醜態しゅうたいさらしているアーラオルド・ハンブレーウスを、積極的になだめようなどと言う気持ちも必要性も、彼は感じていない。

 しかし、一応でも自分の役割ロロが「議長プロエタル」だったことを思い出し、イングレイは仕方なく自分の感情よりもそちらを優先することにした。


「ハンブレーウス、『三種の神器レジ・アウラ』は何も『花冠ネッカーリント』だけではあるまい。残りの二つを狙ってはどうだ?」

「……何ですと?」


 またもや突然、正気を取り戻したアーラオルドだが、今度はあざけるような表情をイングレイに向けて言った。


「カルヴァレスト殿、貴殿に言われずとも、わたくしはいずれ『三種の神器レジ・アウラ』の全てを集めて見せましょうぞ。そして必ずや、『大いなる力ルカ・アルファール』をこの身に宿す――それこそ我が宿願。故に、ここで『花冠ネッカーリント』を聖会イルヘレーラに返すなどという妄言もうげんは、げんつつしんでいただきたいですな」


「ならば、また取り返せばいいではないか」

「……何ですと?」

「だから、聖会イルヘレーラ一旦いったん返し、関係を修復して危機を脱出してから、改めて奪取すればいいと言っているのだ」


 しれっと言い放ったイングレイ。

 口をけたまま、しばらく固まるアーラオルド。

 他の三人も、少し驚いた表情イレームでイングレイを見つめている。


「簡単に言わないで欲しいものですな。わたくしが『花冠ネッカーリント』を手に入れるのに、どれほど苦労したことか……」

「いや、大したことはなかったと聞いているが? むしろ、思いのほか簡単に入手できたと当時触れ回っていたではないか」


 イングレイはリューグラム弾爵ラファイラ・リューグラムから、レアリウスが「花冠ネッカーリント」を奪った時の顛末てんまつについて情報提供を受けていた。

 つまり、聖会の巫女ヴィルグリィナであるウルティナが本部を荒らされることを忌避きひして、敢えて輸送途中を狙わせたということを知っているのだ。

 襲撃そのものには軍事部門サラト・アミリスが動いたことも分かっているし、現在のリューグラム家が聖会イルヘレーラと協力関係にあることも承知している。


 それなのに、聖会にあだなすような発言をするイングレイだが、彼は現実問題として、聖会を襲えるだけの力をアーラオルドが再び持つことがないよう、組織を改変するつもりでいる。

 生体部門サラト・コルポラそのものは「反祖王アヴァロア・レーヴ」の研究に欠かせないため、要は頭のすげ替えを画策しているのだった。


 研究者としてのアーラオルドの能力は文句のつけどころがなく、高い。

 しかし、野心が大きいこと、成果を出すためには手段を選ばないことを、イングレイは危険視している。

 どちらもある程度は必要な素養であることは分かっているのだが、アーラオルドの場合、それらがあまりにも度を越している上に、本人が精神的に不安定であることが危険性に拍車をかけているのだ。


「しかし、入手し直すとなれば、それなりに手間がかかることは明白でしょうが」

「それでも不可能ではない。今、そこに迫っている危機を回避するために必要な手続きだと考えてはどうだ?」

「いやしかしですな……」

「ハンブレーウスよ、それならもう一つ教えてやろう」


 ここでイングレイは、あるじであるリューグラム卿から入手した情報をまた一つ開陳かいちんすることにした。


「言うまでもないことだが、『三つの神器レジ・アウラ』は三つあるはずだ。我々レアリウスが現在所持する『花冠ネッカーリント』、イルエス家が伝えていると言われる『王の錫杖トリスカロア』、そして、今なお行方の知れぬ『流月フラグゼルナ』。そうだな?」

「何を今さら言っているのやら……当たり前のことでありましょう」

「そのの分からない『流月フラグゼルナ』――それについての情報を私が知っているとしたら、どうだ?」

「な、何ですとっ!?」


 身体を乗り出し、血走った眼を向けてくるアーラオルドから微妙に視線をずらしながら、イングレイは続けた。


「まあ情報と言っても、一つの手がかりアラストア程度のものに過ぎない。しかしほかの二つと違って『流月フラグゼルナ』に関しては、これまで全く、何の情報もなかった。何千年・・・ものあいだ、ただの一つも……だ」

「その通りだ、カルヴァレスト」


 ここで口を挟んできたのは、統括部門サラト・ペルガードのヴラキュール・フレイヴァローア。

 彼はアーラオルドほどではないが、「三つの神器レジ・アウラ」の研究に期待を寄せている一人である。

 かつて聖会イルヘレーラから「花冠ネッカーリント」を奪う計画が持ち上がった時、そのための情報収集に難色を示したイングレイの代わりに協力したのがこの男だった。


「もちろん、愚にもつかない偽情報はいくつも現れては消えていったようだが、それすらもいつしか聞かれなくなってしまったと言う。雲をつかむどころか、その雲さえ見つけられないほどに手がかりのなかった『流月フラグゼルナ』だぞ?」

「そうだな、フレイヴァローア」

「それを今、お前が知っているなどと言ったところで、到底信じられるものか。虚言きょげんろうして我々をたばかろうとしても、そうはいかぬぞ」

「確かに私自身が調べて、裏を取った情報ではない」


 イングレイは落ち着いて答えた。


「しかし、情報源こそ漏らすわけにはいかないが、かなり確度の高い手がかりだと私は思う。少なくとも糸口にはなり得るのではないだろうか……」

「は、早く、早く言え! 言うのだ、カルヴァレスト殿っ!」


 アーラオルドはまたしても正気を失いかけている。

 面倒なことにならないうちにと、イングレイは言葉を続けた。


「『流月フラグゼルナ』はな、ハンブレーウス――――この地上にはないそうだ」

「…………は?」

「地上に、ない?」


 ほうけた顔のアーラオルドと、おうむ返しにつぶやくヴラキュール。

 アクセリオ・インメルバルツとカミレヴィーラ・エルヴェスタムは口をひらかず、一体何を思うのか――その表情から読み取ることは出来ない。


「ど、どういうことなのですかな? カルヴァレスト殿?」

「言葉そのままの意味だろうな」

「では、このエレディールをすみから隅まで探したとて……」

「決して見つかることはない……ということだ」

「うがあ――――――――――――――っ!!!!」


 両手で頭を抱えながら、って絶叫するアーラオルド。

 イングレイのげんを疑いつつも、いざ絶望的な答えを聞かされて言葉を詰まらせているヴラキュール。


 予想出来た反応とは言え、「三つの神器レジ・アウラ」が揃わないと言われただけでここまであからさまに失望されると、むしろイングレイとしてはいぶかしくすら思えてくる。

 この二人は本気で「三つの神器」から、何某なにがしかのルカを引き出せると考えていたのだろうか。

 もしかして自分が知らされていないだけで、そのための方法か何かを見つけ出していたのではないだろうか、と。


 情報元である聖会イルヘレーラ巫女ヴィルグリィナがそう言っていたとあるじが言うのだから、恐らく間違いはないはず。

 もちろん、敢えてにせの情報を掴ませたという可能性エヴレコスはなくもない。

 しかし、それはないだろうと何故か確信してもいるのだ。


 ――そもそも巫女は何故なにゆえ、奪われた「花冠ネッカーリント」を取り戻そうとしないのだろうか。


 アーラオルドが「花冠」を手にしてもう十年以上経つと言うのに、現在に至るまでのあいだ、聖会に一度たりとも奪還しようと言う動きは見られていないのだ。

 それこそが答えだ、とイングレイは考えている。


 つまり、彼女のげんの通り、認められたドミニアでない者が手にしたとしても、力を引き出すことはおろか、分解も破壊も何もかも、一切干渉することが出来ないというのは真実なのだ、と。

 そして、必要があればいつでも取り戻すことが出来るという余裕の表われなのだ、とも。


 それはともかく、この会議を開いた目的を忘れてはいけない。

 何としても、アーラオルドたちに「花冠ネッカーリント」を一時的にでも手放すことを認めさせねばならないということを。


 そのために、望星教会エクリーゼ聖会イルヘレーラと全面的に和解をし、「花冠ネッカーリント」を一方的に手放せと、過大な要求を最初に叩きつけ、そこから譲歩するように見せかけて、本来の狙いを達成するなどと言う、手垢てあかのついた交渉術を用いているのだ。

 「流月フラグゼルナ」についても、最初に絶望を与えてから、救いとも言える一筋のレーフし示して誘導すると言う、陳腐な手口に過ぎない。


 アーラオルドがこれ以上の狂態に移行してしまう前に、その一筋の光・・・・とやらを投げ込んでおこうとイングレイは思った。


「仮に一般人がこの情報を聞いたのなら、それ、貴殿らのように絶望するしかないのかも知れないが、我々レアリウスならそこから類推するミーロ見出みいだせるではないか」

「……糸、ですと?」

「そうだ。望星教会エクリーゼ聖典アスキュラータ――偽りイズーラばかりであきれるのも今さらだが、ある程度真実・・が伝わっている我々からすれば、一定の価値メリトスは認められよう」

「もったいぶらずに、核心を述べたらどうだ? カルヴァレスト」

「いいだろう、フレイヴァローア。『創世の章カピトロ・アノニス』の『魔神の誕生ネージェ・ノヴォギィナ』のくだりを思い出してみるがいい」


 そう言って、イングレイは一節いっせつそらんじ始めた。


――――――――――――――――――――――

 戦いの結末は、意外に早くおとずれました。

 割れてしょうじた地の深き穴に、叛徒はんとアルディスが眷属けんぞくと共にちていったのです。

 主神グィード・・・・御力おちからふるい、巨大な穴をふさぎました。

 のちになってそのあと内海エクォーゼが生まれたと言われています。

 暗黒の世界に墜ちたアルディスは、その魔界の王になったとも魔神まじんになったとも伝えられています。

――――――――――――――――――――――


「……まさか……!」

「そうだよ、フレイヴァローア。『流月フラグゼルナ』は恐らく地下・・だ」

「地下だとっ!?」

「落ち着け、ハンブレーウス。まあ、魔界の王だの魔神だののくだりは笑止千万だがな。そもそもアルディス・・・・・などというゼーナではないことは、分かっているだろう?」

「――……アルド・ゲーゼス」

「そうだ。望星教会エクリーゼ何故なにゆえ旧き神々イナステーラの名をたがえているのか知らぬが、まことの名はアルド・ゲーゼス。『夜魔公やまこう』アルド・ゲーゼスだ」

「しかし、カルヴァレストよ」


 驚愕から多少立ち直ったヴラキュール・フレイヴァローアが、問う。


「仮におぬしの言う通り、かの夜魔公と共に『流月フラグゼルナ』が地中に沈んでしまったのだとしたら、なおさら手の打ちようがないではないか」

「そうだな、フレイヴァローア。しかし、そこからさらにもう一本、繋がる糸が貴殿には見えぬか?」

「さらに繋がる……糸?」

「――――『白き人ヴィッティ・ヴィル』か」


 呟くように答えたのは、アクセリオ・インメルバルツだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る