第三章 第104話 天声会議 ―2―

「あなたが『三つの神器レジ・アウラ』に対して並々ならぬ情熱ストラストを傾けていらっしゃることは承知していますけれど、ただでさえ時間がないのです。レアリウスのためにもその辺にしておいてください」


 口調こそ丁寧だが、カミレヴィーラがアーラオルドに向ける視線は、氷のように冷えきっていた。

 カミレヴィーラ・エルヴェスタム――彼女は財務部門サラト・ナルザックジェフェとして、組織の「かね」の全てを牛耳っている。

 文字通り全て・・、である。


 ここでは詳細は省くが、レアリウスは極端なまでの分権・分業制を取っている。

 どの部門も単独では決して活動し得ない体制とすることで、一部が暴走しないように抑えてきたのである。

 そして、五司徒が集まる会議――天声会議ヴォーゼルーア――によって、各部門間での意思疎通や調整がなされているのだ。


「…………これはまた、失礼をいたしましたな」


 カミレヴィーラの声が通った途端、アーラオルドは何やらスイッチが切れたのか、はたまたはいり直ったのか、唐突に最初の落ち着きを取り戻した。


「とは言え、先のカルヴァレスト殿の言いようが、断じて認められぬことに変わりはありませぬぞ? 『花冠ネッカーリント』を手放すなど、仮に冗談セルセルだとしても口にして欲しくないものですな」


 冗談ではないのだがな……とイングレイは思った。


 彼自身、望星教会エクリーゼ聖会イルヘレーラ両陣営と和解リクィーズする案など、受け入れられるとははなから思っていない。

 しかし彼は、絶対にレアリウスを潰してしまうわけにはいかないと考えている。

 そのためにはどうしても、あるじであるリューグラム弾爵ノスト・リューグラムとの約束フォラーガを果たさなければならないのだ。


 レアリウスは――肥大化し過ぎた。

 それも、無駄な方向に。


 レアリウスの中心である「反祖王アヴァロア・レーヴ」が魔石ギムピードを元に創られているからには、元々望星教会エクリーゼから目をつけられやすいという事実イザヌ・エレは認めよう。


 そもそも、魔石を用いた技術イオナス産業イオナスの全ては、王家ル・ロアと「七つの丘エナ・コリノア」のいちたるアムジール家が握っており、それは望星教における魔法の神であるロムスが認可したという建前によるもの。

 それ以外のいかなる存在も、いかなる理由を以ってしても、魔石を取り扱うことは許されていない。

 唯一の例外は、望星教会自身が葬儀ヒルサイデの際、死者モーザスから魔石――すなわち胸腺タロスの一部を取り出すという聖蹟アウラマン(せいせき)のみ。

 これは遺族が故人をしのよすがとして、その魔石を身につけるという習慣クルティモがエレディールの一部で残っていることを、望星教会が認めているからである。

 遺族から希望があった場合、望星教会は遺体を埋葬まいそうする前に、胸腺の一部を取り出し、腐らぬようにそして他の目的に使えぬよう「情報」を書き込んだ上で、遺族に渡すのだ。


 望星教会の、あの不気味な祈華主フラーリント司葉卿ベルトアールたちが、レアリウスの何をどこまで掴んでいるかは定かではない。

 故に、最低限の自衛力イルミラード・アウトデフォルカが必要だと言う主張プレトランドにも、一定の正当性シュルセスは確かにあると、イングレイは考えている。


 しかし、いくら時間がないとは言え、「人形計画ニナス・エスキム」はやり過ぎ・・・・だった。

 研究のために、市井しせいマルカから多くの魔石を集めるという行為だけでも危険リオスカ極まりないのに、あまつさえ彼らを戦闘員として活用しようと言う、正気の沙汰とも思えない計画ファロンの提案に、当時のイングレイ自身眩暈めまいを覚えた。

 そして自衛の必要性と、研究が捗々はかばかしくない焦りセンペイスからそれに同意してしまった自分に、今改めて怒りグルドゥ後悔ダムロスにじんでくるのだ。


 ――しかも、だ。


 イングレイは密かにこぶしを握り締めた。

 望星教会の攻撃で灰燼かいじんしたと思われていた「人形計画」が、しぶとくも生き永らえていたのだ。

 更におぞましくも強力な「新・人形計画ファロン・ニナス・エスキム」として……。

 五司徒全員の了承のもとに始まった「人形計画」の後継として、その存在を追認しないわけにはいかなかった。

 しかしあとから分かったことには、あろうことか新計画では、子どもに――――


「冗談ではないとおっしゃいますが」


 イングレイの思考を中断させたのは、カミレヴィーラの言葉だった。


「実際問題、カルヴァレスト殿の主張通り、望星教会エクリーゼ領主ゼーレ聖会イルヘレーラの三者を敵に回してレアリウスが生き残れるような未来エトルチカは、非常に厳しいものと言わざるを得ませんよ。財務的にも」

例の貴族・・・・がいるではないか」


 アクセリオ・インメルバルツが事も無げに答える。


「たとえ貴族ドーラからの援助エルベーフ計算ユートレークに入れても、厳しいことに変わりはありません、インメルバルツ殿」

「そこを何とかするのが財務部門サラト・ナルザックの仕事だろう。エルヴェスタム」

「『石からパンは作れないない袖は振れない』のです、インメルバルツ殿。ただでさえ軍隊アーミラは金食い虫なのですよ。無茶を言うも大概たいがいにしてください」

「カルヴァレスト」


 今度は統括部門サラト・ペルガードの長たるヴラキュール・フレイヴァローアが、イングレイの名を呼んだ。


「望星教会のことはともかく、『花冠ネッカーリント』を返せなどと言うのは、何か聖会イルヘレーラに心当たりがあってのことなのか?」

「……なくも、ないと言っておこう」


 イングレイは曖昧あいまいに答えた。


 彼自身、「花冠ネッカーリント」を返せば、ただちに聖会が敵対するのを止めるという確証を得ているわけではない。

 あるじであるディアブラント・アドラス・リューグラムが保証したのは、零番隊コル・レイガの出動と、それに伴うレアリウスの急進派たち――まさに目の前にいる三名――を無力化することへの協力だけなのだ。


 しかし「花冠」を奪い去ったことが聖会を敵に回した原因であることは間違いなく、返却すれば態度が軟化することについて、イングレイは確信めいたものを感じていた。

 そうでなければ、あの場でディアブラントが「花冠」の話を持ち出すわけがない。


 イングレイは、今度はアーラオルド・ハンブレーウスに向き直って言った。


「そもそも考えてみるがいい、ハンブレーウス。貴殿はなぜ聖会から『花冠ネッカーリント』を奪ったのだ?」

「知れたことでありましょう。『反祖王アヴァロア・レーヴ』の制御方法を模索するため」

「それで、制御方法を掴むのに『花冠』は役に立ったのか?」

「……」


 言葉にまるアーラオルド。

 意地の悪い質問フラジオンだと、イングレイは自覚している。

 そして、アーラオルドの矜持フィエーロを著しく傷つけるであろうことも。


 それでも、レアリウスでこれ以上「花冠」を所持する意味がないことをはっきりさせるためには、問わずにいるわけにはいかないのだ。


「先ほどエルヴェスタム殿が触れたように、貴殿が三種の神器レジ・アウラに執着していることは私も知っている。しかし、結局望んだ結果エルディーヴは得られていないし、今後も得られる見込みはない。違うか?」

「勝手に決めつけないでもらいたいですな。『花冠ネッカーリント』については、現在も鋭意研究を進めている最中さいちゅうなのです」

「十年以上もかかって、なお?」

「ぐっ……そうですよ……」


 アーラオルドのこめかみカールムに、みるみる青筋が浮き出てくる。

 彼にしては、非常な努力を以って激発しそうになる感情を抑えているようだ。

 しかしイングレイは、容赦しなかった。


「ハンブレーウス。貴殿には悪いが、絶望的な事実を伝えるとしよう」

「な、何……?」

「とは言え、この結論には貴殿もたどり着いているのでは?」

「……」

「『花冠ネッカーリント』にはな、いや、花冠に限らず『三種の神器レジ・アウラ』には、正当なドミニアが定められているのだそうだぞ?』

「……言うな」

あるじでない者が手にしたところで、がらくたザボーラ以上の価値メリトスはないと言うことだ。つまり、貴殿がいくら頑張ったところで――――」

「言うな――――――――――――っ!!!!!」


 アーラオルド・ハンブレーウスは叫びながら再び立ち上がると、髪を掻きむしりながら奇声を上げ始めた。

 その目を血走らせながら、彼は口角こうかくあわを飛ばす勢いで叫び続け、自らの足を何度も何度もプランコに叩きつけている。


「言うな言うな言うな言うな言うな言うな、言うな――――――っ!!!!!」


 引き金を引いたイングレイはもちろん、ほかの三名も今度はにがい表情を隠さない。


 ヴラキュール・フレイヴァローアは、立場こそたがえているが、自らの親友であるイングレイに「何とかしろ」と視線を送った。

 彼は、危うく精神感応ギオリアラで伝えそうになってしまうほど、アーラオルドの狂態に辟易へきえきしていた。

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