第三章 第103話 天声会議 ―1―

「本来なら、各部門シェ・サラトからの定期報告ポルタート・アトーラから始めるところだが」


 イングレイ・カルヴァレストは重々しく切り出した。


此度こたびは臨時の会議リューヌであり、さらには緊急プレミーゾルを要することでもあるゆえ、早速議題ダグソルに移ろう」


 彼以外の四人の五司徒レガストーロは何も言わず、ただイングレイを見て次に続く言葉ヴェルディスを待っている。

 しかし、その視線イクセロアに込められているもの・・は必ずしも一致していない――と、イングレイは思った。

 もちろんいつものことであるし、そんなことは彼の想定のうちである。


「まず最初に言っておかねばなるまい。我々レアリウスは現在、未曽有みぞう厄災カルタールに見舞われている。それはまさしく存亡の危機と言っていいだろう。その厄災のさいたるもの、レアリウスの存在エートレおびやかす最も直接的なものとは何か――――言うまでもない、望星教会エクリーゼだ」


 五司徒に動きはない。

 イングレイは続ける。


「そして、貴殿らには思い出してもらいたい。そも、我々レアリウスとは何のために生まれ、長きにわたり研究キムスを続け、今こうして存在しているのかを。それこそ言うまでもない――合一ミラン・イースを阻止し、このアリウス祖の地永遠の安寧トラヴィリオ・フェブリークをもたらすためである」


 ここでイングレイは一息ひといきつく。

 次に自分が口をひらいた時、そのげんがどんな反応をもたらすものかを想像し、備えるかのように。


「その合一までに残された時間は、あまりにも少ない。望星教会などにかかずらわって浪費するなど愚挙ぐきょ濫行らんこうの極みである。ゆえに私は本日、不退転の覚悟タミノスをもってこの場に立ち、強い決意のもと、貴殿らに提案する――――望星教会エクリーゼ和解リクィーズせよ、と」


「ふざけるな!!」


 ダンッ、という円卓ボロス・ルーアを叩く音と共に、殺意と言っていいほどに憎悪のこもった鋭利な視線が、イングレイをつらぬいた。

 発信者は――アクセリオ・インメルバルツ。

 軍事部門サラト・アミリスジェフェである彼は、レアリウスが保有する軍事力の全てを掌握している。

 加えて言えば、イングレイの腹心であったはずのヘルマイア・オズワルコスを自らの陣営に寝返らせ、埋伏まいふくの毒とした張本人でもある。


「カルヴァレスト、貴様……正気で言っているのか? よりにもよってあの望星教会エクリーゼと和解だなどと……取り消せ! 今すぐにだ!」

「ならば問おう、インメルバルツよ。望星教会エクリーゼのみならず、リューグラム卿ノスト・リューグラム、そして聖会イルヘレーラまでもが対抗姿勢を鮮明にしている。三者すべてを敵に回して、我々レアリウスに生き残る目があるとでも?」

「無論だ。このような事態など十年前からとっくに想定している。そのために準備フォルベルードを重ねてきているのだ」

「その準備と言うのは、例の『新・人形計画ファロン・ニナス・エスキム』のことか?」

ほかに何があると言うのだ。当然、それだけではない。通常戦力の拡充も併せておこなってきている」

何と、愚かなヴァーオゲルトゥス……」


 イングレイは嘆息たんそくした。


「愚か……とは、聞き捨てなりませぬな」


 眉をひそめてイングレイの言葉に反応したのは、アーラオルド・ハンブレーウス。

 生体部門サラト・コルポラ――つまり、レアリウスが総力をげて完成させようとしている「反祖王アヴァロア・レーヴ」研究の中心人物である。

 そして、先ほどイングレイが触れた「新・人形計画」を、アクセリオと共に強力に推進しているのも彼なのだ。


 イングレイはアーラオルドに視線を移して言った。


「愚かという言葉以外に適切な文言もんごんがあるのならば、私が教えて欲しいくらいだ、ハンブレーウス。かつての『人形計画ファロン・ニナス』こそ、レアリウスが望星教会エクリーゼに目をつけられることになったそもそもの発端ほったんではないか」

如何いかにも。しかし、『新・人形計画』もわたくしが独断で立ち上げ、進めたわけではございませぬ。本会・・にてきちんと承認プロボアを受けた上でのものでありますゆえ、そのような誹謗ひぼうは筋違いでしょうな」


 五司徒レガストーロに上下関係はない。

 それでもアーラオルドは基本的に、誰に対しても丁寧な口調を崩さない。


 しかしそれは、必ずしも相手に敬意イレプトを払っているからというわけでもないことは周知の事実である。

 実際、アーラオルドの赤髪クルーミィハールには白いものが目立っており、年齢ルスタで言えば恐らくイングレイより二十は上のはず。

 アーラオルドの口調は、他人に決して本心を悟らせないための、ただの方便に過ぎないものだとイングレイは断じている。


「あの時の自分を、私は今でも恨めしく思っているよ、ハンブレーウス。計画があの時点で頓挫とんざしていれば、少なくとも今の危機はなかったはず」

「そのようなごとを聞かせるために、我らを集めたのか? イング――いや、カルヴァレストよ。いみじくもおぬしが述べたように、レアリウスに残された時は決して多くない。議長プロエタルとして話を前に進めるがよい」

「……それは確かにそうだな、ヴール――いや、フレイヴァローア」


 逸れかかった話を元に戻したのは、ヴラキュール・フレイヴァローア。

 彼は統括部門サラト・ペルガードの長であり、イングレイとは互いに「イング」「ヴール」と呼び合う親友とも言える間柄あいだがらである。


 しかし、現在レアリウスが直面している問題――運営方針については意見が対立しており、ヴラキュールはアクセリオやアーラオルドにくみする立場を取っていた。


「では、話題を戻そう。私が議題として提案したいことは二つだ。一つは先ほど言ったように望星教会エクリーゼと和解すること。そして、ここまで言えばもう一つも自明だろう。それはもちろん、聖会イルヘレーラとの和解だ」


 イングレイがさらりと言っても、場は静まったままだった。

 先ほどのアクセリオのような、激烈な反応を返す者はいない。


「その二つの和解さえ成れば、リューグラム卿とのことは私が責任をもって、必ずや何とかしてみせよう。五司徒としての資格クヴリークを賭けてもよい」

「――聖会との和解……念のため聞いておきましょうか。具体的にはどのような方策をもって臨むつもりなのかを」


 最初に口を開いたのは、アーラオルドだった。

 静かな口調とは裏腹に、彼のアルノー剣呑けんのんな光が宿るのをイングレイは感じたが、構わず答えた。


「例のものを、聖会に返す」

「……例のもの、とは?」

「ハンブレーウス、分かっていよう。貴殿が以前、聖会より奪い、持ち帰ったもの――『花冠ネッカーリント』だ」

「認めぬっ!!!」


 突然、アーラオルド・ハンブレーウスは立ち上がると、円卓を両のフォーシュで狂ったように叩き始めた。


 ダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンッ!


「認めぬ認めぬ認めぬ認めぬ認めぬ認めぬーっ!!!」


 先ほどまでの穏やかな態度が嘘だったかのように、アーラオルドは取り乱した。

 立ち上がった拍子に倒れた椅子を何度も蹴りつけ、真っ赤な顔で胸を掻きむしりながら「認めぬ!」と絶叫し続けている。


 しかし、イングレイを含めた他の四人は多少顔をしかめつつも、誰一人アーラオルドを見ることすらなく、黙って座ったままだった。

 それはもちろん、イングレイが「花冠ネッカーリント」について否定的な触れ方をした時点で、四人には予想出来た事態だったからである。


 そして、アーラオルドの狂態が三分間セスナディスほど続いた頃、


「――いい加減に落ち着いたらどうです? ハンブレーウス殿」


 しぶしぶ声をかけたのが、財務部門サラト・ナルザック長であり、五司徒における紅一点こういってんのカミレヴィーラ・エルヴェスタムだった。

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