第三章 第102話 覚悟2

 ザハド某所ぼうしょ

 

 レアリウス本部イートライゴ通路アルワーグを、イングレイ・カルヴァレストは歩いていた。

 向かう先は、鷹の間ルマベラッツァと呼ばれている部屋。

 レアリウスを合議コンセイラで統括する五司徒レガストーロが、最高意思決定機関としての会議リューヌひらくための専用の場所である。


 長い通路をゆっくり進んでいると、後ろから何者かの足音が響いてきた。

 少し駆け足らしい。

 イングレイが肩越しに視線を背後にると、足音のぬしが軽く息を弾ませて呼び掛けてきた。


カルヴァレスト様ノスト・カルヴァレスト

「……デシーか」


 それは、デアシルカ・エヴェリアだった。

 ザハドにおける彼女の表の顔オリナローラは、食料ミリスを専門に取り扱う、とある老舗しにせ商会メルカタリス職員ランジリークであり、食糧倉庫の管理人ストロナンディとして働いている。

 が、実のところはレアリウスにおけるイングレイ直属の部下バルトランである。


 かつてリューグラム弾爵ラファイラ・リューグラムは、アウレリィナ・アルヴェール・ヴァルクスの要請に応える形で、転移してきた学校勢に対して定期的な物資支援を決めた。

 その際、リューグラム卿が家宰メナールであるイングレイに指示イストルースを出し、その意を受けて実際に差配することになったのが彼女である。

 もちろん現在でも、支援デステックは継続されている。


 デアシルカの商会は当然、レアリウスのザハドにおける隠れみのの一つとなっており、彼女が普段常駐している食糧倉庫は密会・密談場所としてしばしば利用される。

 一週間ほど前に、かがみ龍之介りゅうのすけ壬生みぶ魁人かいとが訪れたのも、この場所であった。


 デアシルカが追いつくと、二人は肩を並べて歩き始めた。

 イングレイもデアシルカも黙ったままである。

 しかし、まるでその代わりとでも言いたげな様子で、二人の左胸の辺りで濃紫こむらさき色のレーフが明滅を繰り返していた。


 それは――階級章シグナ・ランゴ


 字義の通り、レアリウスにおける階級ランゴを表す長方形タザロス記章シグナであるが、特筆とくひつすべきはその中央にはいされている魔石ギムピードである。

 この石にはどういった技術ロジカによるものか、本人を識別イデモス出来る生体情報が刻まれている上に、精神感応ギオリアラおこなわれていると明滅する機能ファルナが組み込まれているのだ。


 つまり、この二人は今まさに、精神感応で会話サンタルをしているということになる。


(ご指示いただいた件、完了しております)

(そうか。ご苦労)


 階級章を見れば、その人物が精神感応を交わしているということが、周囲には一目瞭然いちもくりょうぜんなのだが、それこそが狙い。


(それにしても……ヘルマイア(・オズワルコス)のやつがまさか、(アクセリオ・)インメルバルツ様の手の者だったとは、近くにいたのに全く気付けませんでした。改めてお詫び申し上げます)

(よい。気付かず重用ちょうようしていた私の過失ネグダルだ。身辺調査は厳重におこなっていたはずだが、ころばせた・・・アクセリオが一枚上手うわてだったのだろう。それに――)


 レアリウスにおいては、精神感応で情報交換することはむしろ推奨されている。

 しかし会議リューヌにおいては、厳しく制限リマロアされているのだ。

 仮に精神感応を使ったことが発覚した場合、ただちに議場を追われ、厳罰を科されることになる。

 それは、五司徒とて例外ではない。


(――こちらも送り込んでいる・・・・・・・のだ。お互い様というものだ)

(確かに。それでは、例の『リョウスケ・ヤオトメ』たちを追えという指示も……)

(もちろん、私が出したものではない。オジー――オズワルコスが私の名を無断で使ったようだな)

(あやつ……どうしてくれよう)

(まあ待て)


 無表情のまま歩き続ける二人だが、デアシルカから伝わってくる猛烈な敵意エルザムにイングレイは小さく肩をすくめた。


(やつは恐らく、我々が気付いたことをまだ知らない。分かっていればいくらでもやりようはあるのだ。そのまま泳がせておけばよい)

(ですが……)

下手へたっついて、こちらが送った者にまで累が及ぶのは、今は避けたいのだ)

(……かしこまりましたセビュート

(では行け。これからが我ら・・の正念場だ。心するがよい)

(はい)


 デアシルカはレアリウス式の敬礼アグゥラをして、イングレイから離れていった。

 彼女の背中を一瞥いちべつしてから、彼は再び歩き出した。


 ――そうしてイングレイがたどり着いたのは、あるヴラットの前。


 扉の中央付近にある、ソフトボールだいに盛り上がった半球プセピロッタにイングレイが右手を当てると、扉は左右に割れ、音もなくひらいた。

 彼が足を踏み入れたそこは前室ガベロマであり、前方にさらにもう一つ扉がある。

 後ろの扉が閉じてから、イングレイは二つ目の扉の半球に手を置く。


 そして――彼の目の前に広がった空間こそが、鷹の間ルマベラッツァ


 中央には巨大な円卓ボロス・ルーアが設置されており、豪奢ごうしゃな五つの椅子ストリカが等間隔に並ぶ。

 イングレイ以外の椅子のあるじは、既に着席していた。


 五司徒に上下の差はなく、建前上は平等である。

 そのために円卓を使用しているわけだが、会議を円滑に進めるためには進行役というものがあった方が都合がいい。

 故に「議長プロエタル」という役割ロロを五人が持ち回りで務めることになっている。


 そして、本日の議長は――イングレイ。

 議長は議場に最後に到着し、議長が着席することによって会議が始まるのだ。


 イングレイは自席に向かい、歩く。

 そして、着席する前に出席者の四人をぐるりと左から見回した。


 生体部門サラト・コルポラ長、アーラオルド・ハンブレーウス。

 財務部門サラト・ナルザック長、カミレヴィーラ・エルヴェスタム。

 軍事部門サラト・アミリス長、アクセリオ・インメルバルツ。

 統括部門サラト・ペルガード長、ヴラキュール・フレイヴァローア。


 四人の階級章が何の光をもはなっていないことを確認し、諜報部門サラト・リージェンス長イングレイ・カルヴァレストは席に着いた。


 ――決死の覚悟を、もって。

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