第三章 第100話 苦渋

 地下へ通じる入り口のふたがぱたん・・・と閉じられるのを確認すると、アウレリィナは聖会イルヘレーラ巫女ヴィルグリィナに声をかけた。

 ちなみにこの部屋は、二階である。


巫女様アルナ・ヴィルグリィナ、現在この建物コンストラットの中では魔法ギームが使えなくなっています――この部屋ロマ以外においては」

「そうでしたか」

「また、全ての通路アルワーグがこの部屋のみに通じるようになっています。他の部屋へ行くことは出来ません」

一本道ソルジョール迷路ボーラスというところでしょうか」

「そのおっしゃりようは大いなる矛盾トラゼアーナですが……その通りですね」

「聞きましたか? アル」


 巫女は、彼女の右の騎士ヴァシャルド・イウスである女性騎士、アルメリーナ・ブラフジェイに声を飛ばした。


「はっ。既に外では一味バンドゥらしき者たちは掃除・・し、レアリウスの「マータス」とおぼしきやからは取り押さえたとのことです」

入り口サレッラは?」

も、封鎖済みブルフェンタです」

「……とのことです。アウレリィナ嬢フェイム・アウレリィナ

「ご協力感謝します、巫女様。そういうことでしたら、屋内おくないに設置してあるカプチロは動作させないほうがよいでしょうか」


 巫女はアルメリーナをちらりと見た。

 右の騎士は、それに小さく頷いて返す。


「そうしてください。彼女アルが出向いて、はじから狩っていくようです」

「アウレリィナ様、オレはここで待機ザロスしたほうが?」

「そうだな。万が一の幸運ボナグレコで騎士殿の手をくぐってきた者たちを、私と共にここで迎撃アザルトスしてくれ」


 ヴェンデレイオの問いに、アウレリィナが答えた。


分かりましたセビュート。せいぜい獲物ラピコを残しておいてくれると嬉しいぜ、騎士殿」

「さて、ご期待エスペクラードに沿えるかどうか」


 ヴェンがにやりと笑いかけると、アルメリーナはわずかに口角を上げて言い、そのまま静かに部屋を出て行った。

 アルの姿が扉の向こうに消えると、巫女はアウレリィナに向き直った。


「さて、アウレリィナ嬢。この状況シーダスを踏まえた上で、提案イラドークがあります」

「提案、ですか?」

「ええ。あなたがたのこれからの道行きについて、少し」

「……伺いましょう」


 そう言うと巫女とエリィナは改めて席に着き、話を始めた。

 扉の向こうから時折、何かの物音がかすかに響いてくるが、二人はそのようなものは欠片かけらほども意に介すことなく、のんびりと言葉を交わしていた。


(まったく我があるじながら、肝が据わってるニヴァ・フェールってもんだぜ。巫女様とやらも、な)


 扉の前でおこぼれ・・・・に備えながら、ヴェンデレイオは内心で舌を巻いていた。


    ◇


「ど、どうしてですか!?」


 私の声が部屋に響き渡ったのは、さっきの襲撃から三十分ほどったあとのこと。


「とりあえず座ろう、葉澄はずみ

「でもっ!」

「私も分かりません! どうしてなんですか!」


 私に加勢してくれたのは、リィナ。

 この子はきっと、私と同じ気持ちのはずだもんね。

 いきなりそんなこと言われて、承服できるはずがない。


 部屋の中は、脱出する前と一見いっけん、何も変わってない。

 テーブルのこちら側に私とエリィナさんと、リィナ。

 向こう側には、巫女みこ様とその後ろに二人の……従者さん。

 ドアのところでアリスマリスさんが立っているのも、同じ。

 違うのは、ヴェンデレイオさんがいないことぐらいだ。

 彼は自室かどこかに戻ったらしい。


 もう家具でふさがれてしまってるけど、さっきそこの縦穴たてあなから脱出した私とリィナとマリスさん、そして……確かイドラークスさん――エミって呼んでくれって言ってた――の四人は、ひとまず薄暗い地下室にたどり着いた。


 そこからはマリスさんのあとにひっついて、どこをどう進んだのか分からないまま、ところどころあかりのついた地下通路らしきところを右へ左へと歩き続けた。

 時々あった分かれ道のようなところも、マリスさんは迷う素振りも見せずにどんどん進んで行って、最終的に到着したのは一軒の民家だった。


 歩いていたのは、そんなに長い時間じゃなかった。

 五分くらい……十分じっぷんは経っていないと思う。

 そこには誰もいなかった。

 元々無人だったのか、何らかの理由でいないのかは分からないけれど、通路が繋がっているということは、まあそう言うことなんだろうと思った。


 着いた先の一室で、私たち四人は待った。

 何時ごろなのかは、全然分からなかった。

 かねを聞いた覚えがないから、午後十時を過ぎていたのかも知れない。


 状況が状況だけに、雑談をするような気にもなれずにいたから、誰もほとんど話すことなく、ひたすら待つこと……こちらもせいぜい十分じっぷんほどで、突然エミさんが「もう大丈夫になったからジユーノーナオレス戻ろうシューラレディエートル」と言い出したのだ。


 そして彼に案内されるまま、その民家の玄関を普通に出て、普通に外をてくてく歩き、再びこの「シュルーム」に戻ってきたのがついさっきというわけ。

 外の様子には、何の違和感もなかった。

 ごく普通の、ちょっと入り組んだ裏通りって感じ? ――薄暗いのは少し怖かったけど、特に危険なこともなし。


 店に戻ってからも、ホントに襲撃なんてあったのか疑わしいほどに、脱出する前の状態のままだった。

 もちろん、私の知る限り……だけど、ね。


 そして促されるままに、最初の部屋に戻り、席に着くや否や驚愕の提案がアウレリィナさんの口から飛び出たというわけなのだ。


「とにかく落ち着いて、座るんだ。葉澄」


 すっかり私を葉澄呼びするようになったエリィナさんが、もう一度繰り返した。

 そのことはいいのだ。

 と言うか、もっと親しくなれたようで、むしろ嬉しいくらい。

 でも、それとこれとは話が別。


 どうして……どうして予定通り、オーゼリアに向かおう・・・・・・・・・・だなんて……。


 力なく腰かける私に、エリィナさんが続けた。


「状況が変わったのだ。まさか君にまで追手がかかっているとは思わなかった」

「それは、そうですけれど……」

「これから君の希望通りザハドに戻るとしたら、再び襲われる可能性が非常に高いだろう。それは分かるな?」

「……はい」

「今回の襲撃は、この場所・・・・だからこそ容易に撃退できた。しかし、道中のいつどこで襲われるか分からない状態で、私一人で君とリィナを守り切ることは恐らく不可能なのだよ」


 それは……きっとそうなのだろう。

 でも……。


山吹やまぶきさん」


 巫女様の呼びかけに、私はのろのろと視線を彼女に向けた。


「わたくしたちはこれから、ザハドに向かいます」

「……え?」

「わたくしたちがここ・・を訪れたのは、ご存知のようにアウレリィナ嬢に会うため。会って必要な情報交換まで済ませました」

「はい……」

「そして、聞けば八乙女やおとめさんたちは、わたくしたちに会うためにザハドへおもむいたそうですね。それならば、わたくしが再びザハドに戻るのが最善だと思いませんか?」


 それも……言われてみればその通りだと思う。

 でも、でも……。


「だったら、私たちも一緒にザハドへ――――」

「葉澄」


 私の言葉をさえぎるエリィナさん。

 声音こわねが少し固いように感じる。


「君の気持ちは痛いほど分かる。しかし……私たちでは足手まといなのだ」

「足手ま……そんな……」

「山吹さん。これからザハドは、非常に危険な状態に陥る可能性が高いのです。道中だけなら、あなた方を護衛することくらいは出来ましょう。しかし、着いてから巻き込まれる事態・・・・・・・・においてまで、あなた方の安全を保障することは出来ないのです。ご理解ください」


 そんな……そんな……それなら。


「それならせめて、ここで――ピケで待てば……」

「ここは危険だ。今回襲撃があったことでも分かるが、私たちの動向は既に敵方てきがたには割れているはず。第二、第三の波が襲ってきても不思議ではない」

「……」

「山吹さん、八乙女さんたちはわたくしたちが必ず、あなたの元へお連れします。そう長くお待たせすることは、きっとないでしょう。定期船が来るのはまだ十日とおか近く先ですが、聖会イルヘレーラが船を出します。それに乗ってオーゼリアへ向かってはいただけませんか?」


 ――この状況で……私にうなずく以外の、何が出来ただろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る