第三章 第99話 突発的事態2

説明アザルファを」

外の者・・・から、『この建物コンストラットが囲まれている』と」

「何者ですか?」

不明ですネクナータヌメロは……ディアほどとのこと」


 一瞬のうちに、巫女みこ様と、アルと呼ばれた女性の従者のあいだで交わされる会話。

 アリスマリスさんが、何を思ったか素早く部屋を出て行った。

 私とリィナは、ぽかん。

 すると、エリィナさんが


「もしかして……」

「何か心当たりがあるのですか?」

「ええ、巫女様アルナ・ヴィルグリィナたちがいらっしゃる少し前に、ザハドにいる部下から連絡が入ったのです。『黒針ヴァートリオ』で」


 そう言えば、巫女様たちとの話が始まる前に、エリィナさんが何か言いかけていたことを、私は思い出した。


「以前、ザハドの宿ファガード八乙女さんノス・ヤオトメたちを襲ったラプーラらまえ、尋問プリデマンダしていたのですが、その結果分かったことを伝えてきました」

内容エフニスは?」

「レアリウスが追手ヤーザールはなった相手は、八乙女さんだけでなく、もう二人いるとのことです。その一人は――――」


 そう言って、エリィナさんは私の顔を見た。


「――――葉澄はずみ……きみだよ」

「……はい?」


 さっきからまともに反応できずにいる私をよそに、巫女様が言った。

 と言うか今エリィナさん、私を「葉澄」って……。


「ならば相手はレアリウスということですね」

「恐らくは」

「山吹さん」

「は、はいっ」

「何か狙われるような心当たりは、ありますか?」


 巫女様の問いかけに、私は必死の思いで記憶をたどる。

 たどりながら(こんなにのんびりしてていいのかな)などと妙に冷静に考えつつ。

 でも……。


「ない、と思います。私が狙い……って、私をどうしようと?」

「どうなのでしょうね。あなたをらえるのか、消すのか」

「けっ!?」

主様リス・ドミニア、賊が侵入したようです」

プローデ入り口サレッラと、屋上スプテリア……ですかねー。ここって上から入れるようなところは?」


 女性に引き続いて、今度は男性のほうの従者の人が誰ともなしに問い掛ける。

 素早く答えたのは、エリィナさんだ。


「あります。しかし……どちらも施錠ギルプロックしてあるはずだが、破壊されたか……?」

「ちょ、ちょっと! 皆さん!」


 あんまりみんなが落ち着き払っているので、私は思わず声を上げてしまった。

 だって……狙われてるの、私かも知れないんでしょ?

 視線が一斉に私に集まる。


「どうして皆さん、そんなに落ち着いてるんですか!? その、レアリウスって言う人たちが侵入してきたんですよね!?」

「その可能性が高いな。そして、狙いは君」

「じゃあ!」


 相変わらずあせりの欠片かけらも見られない表情で、エリィナさんが言った。

 しかもさっきからきみ呼びに変わってるし。

 ちょっとだけイラっとする私。


「は、早く逃げるなり何なりしないと!」

「まあ落ち着きたまえ、葉澄」

「おっ、落ち着くって!?」


 どう考えても緊急事態のはずなのに。

 思わず噛みつきそうになる私を、エリィナさんは手で制した。


「気持ちは分かるが、ここは大丈夫だ」

「え……?」

「ここはそう言う・・・・場所だから、こんな事態も想定してある。いぶされるとちと面倒だが、石造りだし使われている木材も難燃なんねん性のものだ。それに――――」

「――あるじ様、準備できました」


 突然ドアが開くと、さっき出て行ったマリスさんが戻ってきて言った。

 彼女の後ろには、初めて見る男の人が立っている。


「ヴェン、調子はどうだ?」

「ご心配おかけしました。万全とは言えませんが、大丈夫です」


 ヴェンと呼ばれた男の人は、包帯のようなものでぐるぐる巻きになっている左腕を軽く叩くと、エリィナさんに頭を下げた。

 多分この人が、八乙女やおとめさんが襲われた時に怪我をしたって言う人なんだろう。

 左腕を斬り飛ばされたって聞いたけど……エレディールこっちの外科手術のレベルも相当高いのかな。


「そうか。まあ大丈夫とは言っても、のんびりしていられる状況でもない。巫女様」

「はい」

「ご助力、願えますか?」

「もちろんです」

「ありがとうございます。葉澄」

「は、はい」

「賊はこの部屋を拠点にして、掃討する。君とリィナは念のため、マリスについて先に脱出して欲しい」

「脱出?」

「ああ」


 エリィナさんは、部屋の隅にある箪笥たんすのような家具を指さした。


「そこから地下へ、そして通路を通って別の建物に出られるようになっているんだ。マリス」

「はい」

経路イーテルは……『タス』で」

「かしこまりましたわ」


 何だろう、この人たちのはらの座り方は。

 決して油断しているようには見えないけど……それだけ自信があるってことか。


 でも、掃討するって……敵は十人以上なのに、私とリィナとマリスさんが抜けたら、残るのはエリィナさんとヴェン?さん、あとは巫女様たち三人だけでしょ?

 半分の人数で大丈夫なんだろうか。

 

 すると今度は、巫女様が口をひらいた。


「エミ」

「はいはい」

「山吹さんたちを護衛しなさい。脱出先で待機すること。いいですね?」

了解りょーかいですっと」


 ええっ!?

 この、男の従者さんも私たちについてくるの?

 何か……何か、ちょっとチャラい感じがするのは気のせい……?

 それに、エミって女性の名前っぽいけど、どう見ても男の人だし。


「あ、あのっ!」

「何でしょう」

「何だ?」


 私の言葉に、エリィナさんと巫女様がハモってこたえた。


「私が言うのも何なんですけど……そんなに少人数で大丈夫なんですか?」

「大丈夫、とは?」

「だって、敵は十人いるんですよね? それなのにこっちは……」

「ああ」


 二人は口角を上げた。

 エリィナさんは、不敵な笑みを。

 巫女様は、例の静かな微笑みアルカイックスマイルを。


「大丈夫さ。私もヴェンもな」

「恐らくですが、アル一人ひとりだけで事足りるでしょう」

「お任せください」


 女性の従者の人が、生真面目な顔で答えた。

 アルって……こっちは何となく男の人の名前みたいだけど、あとで名前を教えてもらえるだろうか。


「では移動を始めるんだ。リィナ」

「はっ、はいっ!」

「分かっていると思うが、マリスは日本語が全く分からない。葉澄と一緒に言葉の仲立ちをよろしく頼むぞ」

「分かりました!」


 いつの間にか、マリスさんが家具を動かして床の脱出こうを露出させていた。

 少し大き目な床下収納のふたのようなものをひらいた先には、真っ暗な縦穴たてあなと、ところどころにともる小さな照明が見える。


「では私が先に行くから、ついてきてね」


 そう言うと、マリスさんは設置されている梯子はしごをするするとりていった。

 私とリィナはお互いに顔を見合わせながら、おっかなびっくり、足を梯子にかけたのだった。

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