第三章 第98話 二者会談 ―4―

 そして私たちと巫女様は、お互いの持つ情報を開示してり合わせた。


 私たちとしては、八乙女やおとめさんに追いついて、そのあとの行動指針を定めるために。

 巫女みこ様側の目的は……よく分からないけれど、話を聞くぶんには例の「レアリウス」と言うのを何とかするため、なんだと思う。


 擦り合わせの結果、まず分かったのは、八乙女さんと瑠奈るなちゃんは護衛の人と一緒にザハドへ向かったということ。

 ユーリコレットという女性らしい。

 アリスマリスさんと同様に、ここ――会員制酒場「シュルーム」の店員で、つまりはエリィナさんの部下なのだそう。

 物凄く強い人で、三日前にピケの街中で八乙女さんたちが襲われた時にも、ちゃんと撃退してくれたらしい。


 でも、年齢としを聞いて驚いた。

 十六歳……。

 御門みかどさんや早見はやみさんと同年代ってこと。

 つくづく、この世界エレディールが日本とは全然違う場所だと思い知らされた気分だ。


 この世界と言えば、正確には「アリウス」で、私たちのいた世界ほうは「テリウス」と呼ぶと巫女様は言っていたけど、その辺についてもうちょっと突っ込んで質問したみた。


 まず、アリウスと言うのは「祖の地」と言う意味で、テリウスは「がれた地」を意味するらしい。

 言葉の意味から素直に考えれば、テリウスはアリウスから「剥がれた」ように思えるのだけれど、やっぱりその通りだと。


「正確には、元々ひとつの世界があって、そこからあなた方の世界が剥がれたということです」


 うーん、何だかやっぱりピンと来ない。

 世界が剥がれるって、何? という基本的な疑問が全然解消されないもんね。

 それに……そうだ。


「巫女様、そう言えば以前、私たちのスマホで起きたことなんですけど……あっ」


 そう言ってしまってから、私ははっとした。

 スマホ、なんて言ったところで、巫女様に分かるわけないだろうと。


「スマホがどうかされましたか?」


 それなのに巫女様ってば、首をかしげるでもなく普通に問い返してきたのだ。

 一瞬、こっちの方が混乱しかけたけど……そう言えばこの人、さっき京都弁を話したのよね――山吹はん・・とか。

 まあいいや、その辺は後で聞こう。


「えっとですね、こっちに転移してきた初めの頃なんですけど、スマホがGPSの電波を検知したんです。八乙女さんたちは、国際宇宙ステーションも見えたとか言ってましたし……これってどういうことなんですか?」


 案の定、エリィナさんや他の人たちはぽかんとした顔をしている。

 そりゃそうよね。

 GPSとか電波とか、国際宇宙ステーションとか知るわけないし。

 なのに、巫女様は小さく微笑んで、すらすらと説明を始めたのだ。


「簡単なことです。剥がれたのは地表から数百キロメートルの部分までだからです。それ以上の高いところは剥がれていないゆえ、アリウスとテリウスで共用している・・・・・・のですよ」

「……共用、ですか?」

「ええ。ISS(国際宇宙ステーション)は四百キロメートルほどの高度をリブーストしながら維持していますし、GPS衛星に至っては遥か二万キロメートルの軌道にありますから、アリウスにおいて電波を検知したところで何の不思議もありません」

「は、はあ……」

「何なら、星の運行も星座も、全く同じはずですよ」


 ……思った以上に詳しい説明が返ってきて、私は固まってしまった。

 この人は何で、どうしてこんなことを知っているの?

 私はまた混乱して、全然関係ない疑問を思わず口にしていた。


「そ、その、ちなみにひとつだった頃の世界って、何か名前があったとか?」

「名前、ですか。……そうですね」


 巫女様はそう言うと、少しだけ目をほそめた。

 そしてゆっくりゆっくりと、視線を上に向けていく。

 そのまま、目をつぶって黙ってしまった。


 想像もしていなかった巫女様の行動に、私とエリィナさんは、思わず顔を見合わせてしまった。

 このあたりの話については、エリィナさんも初耳だったらしくて、彼女も身を乗り出すようにして聞いていたのだ。


「――アウリア」

「……え?」


 突然、眼をひらくと巫女様は言った。


「アウリア……と言っていました」

「アウリア、ですか。それで、その意味は?」

「『いちなる地』……」


 なるほど。

 ひとつだった頃だから、いちなる地。

 そもそもどういう由来でそう命名されたのかは分からないけれど、今の状況から考えれば至極しごく納得のいく名前だ。


 でも、何だろ――巫女様の表情。

 どこかで、誰かのこんな表情を見たことがあるような気がする。


 ――あれは、そうだ。


 以前、ザハドの人たちを学校にまねいた時、いろいろと考えておもてなしをした。

 八乙女さんたちは空手の演武を披露したし、私はピアノを弾いた。

 その時、サプライズで朝霧あさぎり校長先生と一緒に、ラフマニノフのチェロ・ソナタを第三楽章だけ演奏したのだ。


 校長先生の体調があまりすぐれなかったので、事前に合わせたのはほんの数回だけだったけど、雑談中に校長先生が同じような表情をしていたような……。

 その時、校長先生が話していたのは――


「巫女様、私からもお伺いしても?」


 突然、エリィナさんが声を発したことで、私の思考は中断されてしまった。

 ……エリィナさん、何だかすごい真面目な顔をしてるけど。


「どうぞ」

「テリウスが『剥がれた地』ということは私も承知しております。しかし、元の地の名までは知りませんでした。ならば」

「……」

「一体、なぜテリウスは「剥がれた」のですか?」

「……」

自然現象メノリス・デューリアなのでしょうか。それとも、何者かが剥がしたのでしょうか?」

「……あなたはわたくしが、そのわけを知っているとお思いなのですか?」


 問い返す巫女様に、エリィナさんは一瞬言葉にまる。

 でもすぐに表情を引き締めて、口を開いた。


「これでも私は、イルエス家に連なるヴァルクス家の娘。若輩者ではありますが、イルエスの抱える秘密イロスにもある程度精通しているつもりです」

「……そうでしょうね」

「しかし、先ほど巫女様が仰った『アウリア』という言葉ヴェルディスは、これまでただの一度も聞いたことがありません。もちろん、私が全てを知悉ちしつしているわけではないことは重々承知しております」

「……」

「そもそも『アリウス』はともかく、『テリウス』という言葉ですら、エレディールで知る人はそう多くないはずです。そのような世界ソリスがあることなど、普通の貴族ドーラでさえ知らないのですから」

「……そうですね」


 怒涛どとうごとく言葉を連ねるエリィナさんを、涼し気なまなこで見つめる巫女様。

 そっか、そうだよね。

 リューグラムさんだって、知らなかったみたいだし。


「それでも、ヴァルクス家やアルベローヌ家のようにイルエスに連なる者、そして王家ル・ロアの者であるなら、わきまえていて当然の基本的な知識オルナリアル・シグレッドです」

「……」

「しかし、『アリウス』や『テリウス』が出てくるのに、その元となる『アウリア』という言葉がないのは、話の前後関係としておかしいのは自明です。それなのに私は父上ダードレから『最初にひとつの世界があった』としか聞いておりません。私に敢えて伝えなかったとも考えづらいと思います」

「……そうですか」


 巫女様は、小首をかしげながらエリィナさんの問いに答えた。


「特段、隠匿いんとくすべきものでもありませんし、単純に長い年月のあいだに失伝してしまったと考えるのが自然なように思えます。一万年以上も経っているのですから」

「一万年……確かに」

「そして、あなたの問われた『剥がれた原因』ですが――――」

主様リス・ドミニア


 突然、今まで一言も発しなかった巫女様の従者の人が、鋭い口調で割って入った。


「どうしました? アル」

「……ラプーラのようです」

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