第三章 第97話 二者会談 ―3―

「は~……」


 思わず私こと山吹やまぶき葉澄はずみは、深ーく息をいた。

 ため息って言うわけじゃなくて、あまりにも情報量が多くて……。

 しかも、想像を超えるようなことばかりで、巫女みこ様が一生懸命説明してくれたのにも関わらず、どうにもちゃんと理解できた気がしないのだ。


 私たちの住んでいた日本のある世界と、このエレディールがある世界が、定期的にすれ違っている――そのことを「エルカレンガ」と呼んでいるらしい。

 正直、何のこっちゃと言う感じだけど、とにかくそう言うことなんだって。


 それで、そのすれ違いは無限に起こるわけじゃなくて、実はもう最後のやつは終わってしまったとか。

 その次に来るのが合一ごういつ――ミラン・イースと言うものなのだそう。


 巫女様は、これらのことを、二つの磁石のついた振り子に例えて説明してくれた。

 元々一つの世界があって、それがある理由・・・・でまず二つに分かれてしまった、と。

 日本のある世界――テリウスと言うらしい――がNきょくの振り子。

 こちらの世界――アリウス――がS極の振り子。

 二つの振り子は元々同じ世界だったから、共通の支点を持っている。

 この支点については、別の要素があるらしいんだけど、今回の説明でははぶかれた。


 で、これらはNとSだから引き合うわけで、自然に近付いていくんだけど、最初は勢いがついてるから、くっつかないですれ違っちゃう・・・・・・・

 でも、そんなことを繰り返していくうちに、二つの振り子はどんどん距離が近付いて言って、最終的にはぺたっとくっついて一つになる・・・・・


 これについては、あーなるほどって思った。

 まあ細かいことを言えば、磁石はどんどん細かくしていったとしても、絶対にNだけとかSだけの単極子モノポールにならない。

 それぐらいは私でも知ってるけど、物の例えって割り切れば問題はない。

 どうしても気に食わなければ、NSを陽子プラス電子マイナスに置き換えればいいんだしね。


 それで、この磁極なり電極なりを実際の世界に戻して考えれば、二つに分かれたり、一つの戻ったりする時、多分ただくっつくだけじゃ済まないだろうなってことは簡単に想像できる。

 何しろ二つの世界が一つになるんだしね。


 だから、レアリウスって言う組織は、合一を何とか阻止したい。

 巫女様が率いる聖会イルヘレーラは、阻止するのはもう無理だから、なるべく被害が少なく収まるようにしたいという考え。


 ――でも、巫女様はレアリウスを「殲滅サントピエ」すると言った。


 正直これだけ聞くと、どっちの組織の言い分も割と真っ当だし、むしろ巫女様の発言の方が過激で、危険な香りがするのよね……。

 だからそこのところを、率直に巫女様にぶつけてみた。


「あなたがそう感じるのも、無理からぬことでしょう。そもそもレアリウスは、わたくしたち聖会から分かたれて出来たもの。合一ミラン・イースを阻止せんとする考え自体、聖会が生み出したものですから」

「ええっ!? だったらどうして……」

「理由はいくつかあります。どれも互いに関連しているのですが、あまりに活動が先鋭化してしまっているということが一番問題視されるところですね」

「先鋭化、ですか」


 これって、要するに急いで強引に物事を進めようとしてるってことよね。


「ええ。先ほど説明した合一ミラン・イースまで、それほど時が残されていないために、手段を選ばなくなっているということです。そして」


 巫女様が、視線を私の目に向けた。

 穏やかだけど……少し厳しさを感じる気がする。


「そのことに、あなたがたも既に無関係ではなくなっているのですよ、山吹さん」

「わ、私たちが……ですか?」


 驚く私に、巫女様はまた丁寧に説明してくれた。


 レアリウスが技術的に行き詰まっていたこと。

 転移してきた私たちの持つ、科学技術や知識が目をつけられたこと。

 それを手に入れようと、かがみ龍之介りゅうのすけに手を伸ばしたこと。

 それ以外にも、別の計画の為にサンプル・・・・を欲していること。


「サンプルって、何のでしょうか……?」

「あなたがた自身です。人体としての」

「それって……」


 私はある考えに辿たどり着いて、思わず小さな叫びを漏らしてしまった。

 まさか……小説じゃあるまいし、人体実験でもしようとしている!?


「詳しいことはわたくしたちにも分かってはおりません。しかし、ろくでもないものに間違いないでしょうね。単純に日本の知識を広範に求めてもいるでしょうから、そのための要員としても、手を伸ばしてくることは確実です」

「そんな……」

「しかし、それもこれも、あなた方がこちら・・・に転移してこなければ起きなかったこと。あなた方が転移してきたからこそ、レアリウスの動きがここまで活発になったと言っても過言ではありません」

「えっ!?」


 どういうこと?

 まさか……巫女様は、レアリウスの暴走が私たちのせいだって言うつもりなの?

 私の顔色がさっと変わったのが、自分でも分かった。

 それに気づいたからか、巫女様は口調を和らげて続けた。


「ごめんなさい、言い方がよくありませんでしたね。もとより責めるつもりなどありませんし、そもそもあなたがただって被害者なのですから」

「はあ……」

「これで、山吹さんたちやレアリウスの話が出た理由がお分かりになったでしょう、アウレリィナ嬢フェイム・アウレリィナ。もう一度うかがいます。イルエス家で今・・・・・・・何が起きているのですか・・・・・・・・・・・?」


 巫女様の瞳は、今度こそつらぬかんばかりの鋭さでエリィナさんに向けられた。


「エリィナさん……」

「エリィナさん……」


 私とリィナの言葉が自然にかぶる。

 さっきも言っていたように、私たちの転移とエリィナさんに何か関連していることがある――巫女様はそう確信しているようだ。


 今までの経緯から考えて、エリィナさんが私たちに害意を持っているとはとても思えない。

 それどころか、ザハドからもたらされた大量の食料品を始めとした援助物資は、自分たちが手配していたものだと、ザハドの山風さんぷう亭で尋ねた私に、エリィナさん自身が明言してくれた。

 のみならず、あの夜こわされた宿屋の天窓やその他の修理代まで保証してくれた上に、私の個人的な旅に同道を買って出てくれて、今ここでこうしているのだ。


 確かにあの時、エリィナさんは言っていた――「私には私の事情も目論見もくろみもあるのだ。ただの無償むしょう厚意こういというわけではない」って。

 それが何なのか、もしかしたらこれから彼女の口から語られるのかも知れないけど……事情をまだ聴いていなくたって、私はエリィナさんを信じたい。


 ――エリィナさんはまだ、口をひらかない。


 何か相当に言いにくいことか、込み入った事情があるのだろう。

 巫女様も特にかすでもなく、黙ってエリィナさんの言葉を待っている。


「――分かりました。少し長くなってしまうかもしれませんが、お話ししましょう」


    ◇


 ――――――――

 ――――――

 ――――

 ――


 ……巫女様の話も相当に衝撃的だったけど……エリィナさんが話してくれた内容は、私たちの事情に直結することだったせいもあってか、ちょっと例えようもないくらいショッキングな――あ、いや、これだと英訳しただけか……――驚天動地の事実だった。


 まさか、私たちの前にエレディールに転移してきていた人がいたなんて。

 その人が、あの鏡さんの息子さん?

 そして彼こそが、私たちをこの地へ転移させた張本人だったとは……。


 しばらく私は何を言うことも出来ずに、ぼーっと座っていた。

 話の内容を咀嚼そしゃくしたり、整理したりするわけでもなく、ただぼーっと。


 それでもって、エリィナさんが私より大分だいぶ年下だったことも地味にショックだったりする……。

 私どころか、上野原うえのはらさんよりも下なわけで……。


「そうでしたか……王の錫杖トリスカロアで……。すれ違いエルカレンガを利用して……なるほど、これで全容が把握できました。感謝します、アウレリィナ嬢フェイム・アウレリィナ

「いえ……」

アウレリィナ嬢フェイム・アウレリィナ

「はい」

「そして、山吹さん。リィナさん」

「はい」

「はい」


 巫女様は私たちを見回して言った。


「あなたがた三人の旅の目的は、八乙女やおとめ涼介さんと久我くが瑠奈るなさんに追いつくことだと聞いていますが、それは正しい情報ですか?」

「ええ、そうです」


 私が、答えた。

 身分としてはエリィナさんが一番高いんだろうけど、彼女とリィナは私に付き添ってくれている立場。

 だからほうけてないで、私が答えるべきだと思った。


「それで……追いついたあとは、どうするつもりなのですか?」

「……え?」


 私は、彼に謝りたい。

 私の大人気おとなげなさが、愚かさが八乙女さんの身も心も傷つけることになった。

 彼に追いついて、顔を見て、謝って……謝って……それから――――


 ――――どうしよう、分かんない。

 って言うか、決めてなかった。

 さっきも同じようなことを考えてた気がするけど……。

 私の……気持ちを伝えて……もし拒絶されたら?

 ……そんなこと、考えたくない。

 でも――


「――まずは現状についての情報交換といきませんか?」


 私の表情から何を読み取ったのか分からないが、突然巫女様が提案してきた。


「……………………はい?」

「わたくしたち聖会が持つ情報と、あなたがたヴァルクス家が持つ情報それを、ここで開示し合いましょう。どうやらその二人についての情報は、ここ『シュルーム』の方が恐らくお持ちのようですし」


 と言って、巫女様は壁際のアリスマリスさんをちらりと見た。

 マリスさんは、あるじであるエリィナさんに目で何かを確認したようだ。

 エリィナさんが、小さくうなずいて口をひらいた。


「分かりました。私としても願ったりです。それに……私にもユーゴ様がしてしまったことについて、責任の一端があると思っていますから」

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