第三章 第96話 アウレリィナの記憶 ―6―

「俺は次のすれ違いエルカレンガの瞬間に、父親あいつ禁足地テーロス・プロビラス転移メルタースさせる」


 決然と言い切るユーゴ様。

 しかし私は禁足地と聞いて、これまでとは別の懸念ゾルゴが湧き上がるのを感じた。


「危険だ、ユーゴ。巻き込まれる・・・・・・!」

「やっぱりそう思うか? でも、だからこそ・・・・・なんだよ」


 禁足地が禁足地たる理由カラーナ

 何故なにゆえの地では、かなりの広範囲にわたって土地が消失ヴァンするのだ。


 前々回のすれ違いエルカレンガでは、先述したように古代西部帝国後期グゼルニアが、さらにその前――つまり最初のすれ違いエルカレンガにおいては第一次古王国マルギリアが消え去ってしまったと伝えられている。

 前回――ユーゴ様が転移してきた時だって、まだ情報としては伝わって来ていないが、禁足地では間違いなく同様の現象が起きているはずなのだ。


「お前の実家のヴァルクス家の報告によれば、俺が転移してきた時にも消失現象は起きたけど、過去に比べて大分だいぶ規模が小さかったらしいぞ」

「え、え?」

「だから、まあ確実なことは言えないけど、禁足地のど真ん中じゃなくて、森に割と近いはじっこのほうならきっと巻き込まれるようなことはないさ」

「その、うち・・報告ポルタートは、誰から?」

「もちろん、御屋形様さ」


 ……言われてみれば、それはそうだ。

 現状でそんな情報をユーゴ様に伝えられるのは、御屋形様しかいない。


「次の……最後のすれ違いエルカレンガが起きるのは――星暦一万二千五百十12510年、水瓶の節デュルセルナ

「……」

「俺はそのタイミングで禁足地に行って、父親やつ呼び出す・・・・

「呼び出して……どうするんだ?」

「そりゃ、殺すんだよ」

「……」

「ただ、その場でサクッとるわけにはいかない。あいつには、俺と母さんが受けた苦しみを骨身にみて理解さわからせないと」

「……」

「身一つで転移してきたやつには、とことん絶望を味わってもらう。しばらくそのままほっといて、える直前に少しばかりの水と食料を与えてやるさ。そうしたらまた放置。次は奴が鼻水らして懇願してきても無視だな」


 私はユーゴ様の顔を見ることが出来ず、さきほどクリーヴの上に転移させた花瓶ヴァザに目をった。

 リントは、デューをやらねばいつか枯れる。

 そして、同じことを彼はしようとしている。

 彼と彼の母親が受けた仕打ちを考えれば、彼を止める気にはなれない。

 しかし……。


「まあそんなことを何回か繰り返して……飽きたら殺すよ。でも一思ひとおもいにやってやったりしない。じわじわとなぶり殺してやるさ。そうしてやっと、俺と母さんの無念は晴れ――」

「――私は、反対だ」


 私は微妙に視線をらしながら、言った。

 しかしユーゴ様は、特に気を悪くした様子もなく、静かに問い返してきた。


「どうして?」

「あまりに危険リオスカすぎる。禁足地の消失に巻き込まれる可能性エヴレコスもそうだが、魔法ギームの規模とユーゴにかかる負担が未知数だ。たとえ王の錫杖トリスカロアの力を使い、すれ違いエルカレンガを利用するとしても、人の身が単独で行使するようなたぐいの魔法じゃない」

「……」

「私は……ユーゴ、あなたが心配なんだ。復讐ウラークするのはいい。でもそのせいで、あなたの身がどうにかなってしまうのは……」

「ありがとう、エリィナ」


 その言葉に、私は彼の顔を再び見た。

 穏やかな表情だった。


「俺の身を案じてくれるのは嬉しいし、ありがたく思う。お前はいいやつだよ、ホントにさ」

「……」

「でもな、父親あいつ……結婚して綺麗な奥さんと――子どもまでいやがるんだぜ?」

結婚モニアム……子どもジリス……?」

「ああ。何て言ったかな……志桜里しおりだ。一人娘みたいだった。つまりは俺の異母妹いもうとってわけさ」


 穏やかだった表情が、わずかにゆがみ始める。


「俺と母さんは、あいつに散々ひどい目に遭わされた挙句あげく、俺はこんなとこアリウスに飛ばされて、母さんは…………自ら命をった。それなのにあいつは、幸せな家庭を築いて何不自由ない人生を送ってやがるんだ。不条理すぎないか?」


 何も反論できない。


「エリィナ。俺はお前に、協力してくれとまでは言わない。でもどうか、俺のすることを見届けて欲しいんだ。俺の何もかもを知ってる、お前だけには」


 そんな表情で言われたら……私に、いなやがあろうはずが、なかった。


    ◇


 そしてとうとう、ユーゴ様と私はわずかな供回りと共に旅立った。

 私たちは、二十一歳ウシディアイシ・イェービーになっていた。

 ユーゴ様が転移してきて、十年が過ぎたということになる。


 領都ベルツェロアから海路でアミア、セイスと途中の都市まちに寄港しながら、まずはオーゼリアを目指した。

 そして我が実家で数日、日程調整をした後、グラーシュ川アバ・グラーシュ遡行そこうし、ザナーシュ湖ロコ・ザナーシュほとりにある塩の町ザハドに到着。

 物資を調達し、馬車カーロを仕立てると、町と禁足地をへだてている広大な西の森シルヴェス・ルウェスへと向かった。


 森の中には、ヴァルクス家が禁足地監視用に作り上げた拠点――猟師小屋に偽装――があり、そこへは馬車で入っていけるように秘密の道が整備されているのだ。


 そこで私たちは、すれ違いエルカレンガの日を待った。


    ◇


 とうとう、その日が来た。


 ユーゴ様と私は、従者エルファたちを小屋に置いたまま、二人だけで目的の場所を徒歩で目指した。

 我が従者のマルグレーテは最後まで同道を主張したが、何かあれば「小さな針アルマカドリオ」で連絡するからとしぶしぶながらに納得させた。

 これをはじけば、拠点に設置されている「黒針ヴァートリオ」に伝わるのだ。


 森が切れて、禁足地が姿を現した。

 何もない、ただ短いエベが見渡す限りにえているだけの、広大無辺な草原メーデ

 ここからでは、とてもその全貌を見渡すことなど出来ない。

 私たちは第一歩を踏み入れると、そのまま西に向かって歩き始めた。


 およそセスケルメルス(三キロメートル)ほどの場所で、ユーゴ様は足を止めた。

 彼は背嚢トルニストロから、例の三つの魔石ギムピードを取り出すと、草の薄いところを選んで三角形セザロスえがくように置いた。

 そろそろ、オーヌは西に傾きかけていた。


 魔石から数メルス(数メートル)離れたところにユーゴ様は立ち、目をつぶった。

 すると……例の花瓶ヴァザと同じように、ある人物の姿が魔石の上の空間に現れた。

 どこかの部屋ルマで、恐らく椅子ストリカに座った状態の――男性。


(これが、ユーゴ様の父親……かがみ龍之介りゅうのすけ


 ユーゴ様と同じ黒い髪ヴァーティハールに黒いアルノー

 似てる、と言えば確かに……目元に共通点があるように思える。


「来る……」


 ユーゴ様がつぶやいた。

 私には分からないが、彼は王の錫杖トリスカロアルカすれ違いエルカレンガが起きる瞬間を感じ取ることが出来る。

 どうやら、その時・・・はすぐそこにまで近付いて――――


「えっ!?」


 突然、驚愕の声を上げるユーゴ様。

 見ると、魔石の上の空間に異変が起きていた。


「あ、あれは!?」


 魔石の上の映像では、鏡龍之介の元に駆け寄る人物が映し出されていたのである。

 それは、二人の少年。


「まずい……! このままだとあの二人まで転移に巻き込んでしまう!」


 ユーゴ様の声に、私はぞっとしてしまった。

 彼がこれから行使しようとしている魔法ギームは、転移交換メル・ヴァル

 あちらの空間プラスィスとこちらの空間を、丸ごと入れ替えるもの。

 その空間内に、人間の身体テロスが部分的に含まれていた場合、一体どうなってしまうのか――――。


「うぐぐぐぐっ……」

「ユーゴ!!」


 胸を押さえながららす、苦しそうなユーゴ様のうめき声と共に、映し出されている像がどんどんと大きくなっていった。

 それは鏡龍之介と二人の少年を丸ごと包み、さらには部屋全体を、そしてとうとう建物と地面までをそのうちに収めてしまっていた!


 恐らく、私と同じ懸念を抱いたのだろう。

 少年たちを死なせないために、彼は意図的に範囲を広げたのだ。


 しかし――


(これは、いけない!)


 恐らく魔法ギームはもう止まらない。

 転移範囲がどこまで広がるのか分からないが、大きければ大きいほどユーゴ様への負担は増してしまうだろう。

 そして、私と彼まで巻き込まれてしまうに違いない。


 私は咄嗟とっさに、ユーゴ様を抱えて走り出した。

 彼の足下あしもとは、ふらふらと既に覚束おぼつかなくなっていた。


 術の最中さいちゅうに、術者をこんな風に術の対象から引きがしてしまっていいはずがないが、そのままだと彼の身体がもっとまずいことになってしまいそうだと思い、私は彼を抱えたまま、とにかく術の中心から離れようと走り続けた。


 それから、どれほど時間が経っただろうか。

 息が切れて、足を止めざるを得なくなった私は、そこで初めて振り向いた。

 およそ三百ウシグメルス(三百メートル)先、魔石があったはずの場所には、見たこともない作りの建物が現れていたのだ。


「あれは……」

「エ……リィ、ナ」


 腕の中で、ユーゴ様のか細い声がした。


「だ、大丈夫か!?」

「済まな、い……」


 彼の目は既に閉じかけ、私を認識しているかどうかも分からない。


「おいっ、死ぬな!」

「しくじっ……た……、学校丸……ごと、呼び出しち……まった、よ」

「もういい! しゃべるな!」

「俺の復……讐に、関係、ない人……たちを、巻き込ん、じまっ、た……う……助けてやって、く……れ……――――」

「ユーゴ! おいっ! ユーゴ!!」


 そのままユーゴ様の腕は、だらりと力なくぶら下がった。

 死んでは、いない。

 それは分かる。

 しかし、このままでは――――


 ――その時。


 私の耳に、聞きなれた車輪がきしみ、回る音が聞こえてきた。

 音のする方向を見ると、見慣れた馬車が近付いてきていた。


「アウレリィナ様」


 降りてきたのは、マルグレーテだった。


「グレーテ……どうして、ここに?」

「……あらかじめ、御屋形様から申しつかっておりました」

「……御屋形様から?」

「はい」


 マルグレーテは神妙な顔で答えた。


「ユーゴ様とアウレリィナ様を、一定時間が経ったら馬車で迎えに行くように、と」

「何? ……その命令オルディナはいつ受けたのだ?」

「イルエスのお屋敷ユーレジアを出る時に、です」

「!」


 御屋形様は……一体、どこまで……?


「さ、ユーゴ様を馬車に。ザハドに戻り、まずはそのままネイヴィスでオーゼリアのヴァルクス家へ向かいます。船の準備は既に出来ております」

「……」

「馬車には治癒師クラクールも乗せています。さあお早く」

「……分かった」


    ◇


 こうしてユーゴ様は、目を覚まさぬまま我が実家へと運ばれ、さらにイルエス家へと送られ、ベルツェロアの屋敷で療養することになった。


 私はと言うと、マルグレーテと共にザハドに残ることにした。

 ユーゴ様の言葉に従って、彼ら・・を手助けするために。


    ◇


 時は少しだけさかのぼり、ユーゴ・フォンダン゠イルエスが、アウレリィナと最小限の人員を引き連れて西方へ旅立ったその日の夜。

 アウレリィナは当然知るよしもないが、当主のグリンデア・イルエスは、私室の窓際に立っていた。


 その瞳は窓外そうがいに向いているが、一体何をどこまで見通しているのか。

 それを知る者は、彼自身しかいない。


「……許せよ」


 グリンデアは小さく独りちた。


「まだ見ぬ、八人やたり女性にょしょうに愛されると言う男よ……」

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