第三章 第95話 アウレリィナの記憶 ―5―

 ――父親ダードレを殺す。


 もちろん、言葉ヴェルディス意味ベクニスするところは分かる。

 しかし……それ以外は分からないことばかりだ。

 理由カラーナにしても、方法ミトロスにしても。

 先ほど見せられた魔法ギーム――転移交換メル・ヴァル――が関係しているのだろうが。


 そもそも、彼の父親は日本というエルにいるのではないか?

 理由はともかくとしても、方法についてはまったく見当がつかない。


 ただ……彼がたわむれでこのようなことを口にしたわけがあるまい。

 そして恐らく、私がユーゴ様と出会って以来ずっと感じていた、彼のかげの部分を生み出している原因オルゾークそのものなのであろうことも察せられる。


 ……尋ねたら、答えてくれるのだろうか。


 わざわざ人払いをしてまで、話をしてくれているのだ。

 きっと大丈夫だろうと言う期待と、もし拒否されたらというわずかな不安。

 勇気を出して、私は口をひらいた。


「なあ、ユーゴ」

「ん?」


 ユーゴ様は、笑顔を見せた。

 父殺しと言う、この上ない物騒な話題パルタトにまるでそぐわない、あまりに無邪気でけな、笑顔。

 私は思わず固唾かたずを呑んでしまう。


説明アザルファを求めても、いいだろうか?」

「もちろんさ」


 胸を何となくえぐられるような笑顔のまま、彼は続けた。


「お前にはちゃんと話しておきたいんだ、エリィナ」


    ◇


 そして、ユーゴ様は話してくれた。


 彼の生まれから始まり、父親であると言う男――かがみ龍之介りゅうのすけとの関係、彼と母親――本田ほんだすみれ――がめた辛酸しんさん、そして……彼がこちらに転移してしまったあと、母親が辿たどることになった悲しい人生に至るまでを。


 本来なら決して知り得ないことも、ユーゴ様は知っていた。

 それはもちろん、王の錫杖トリスカロアルカ

 驚いたことに、未来エトルチカばかりでなく過去フォルティオに至るまで、所有者ル・セダンが望む事象をることが出来るのだと言う。


 まさイナの力としか言いようのない、恐るべき力だ。

 実際に体験していない私は、今でも半信半疑な気持ちがぬぐえないでいるほど。


「……でもな、視るだけ・・なんだよ」

「え?」

王の錫杖トリスカロアの力は確かにすごい。お蔭で俺は、知りたかったことの全てを知ることが出来た」


 そう言う彼の顔には、何の表情も浮かんでいない。

 淡々と事実だけを述べているだけ。

 しかし、その知りたかったことと言うのが、つまりは転移後の母親の様子だと知ってしまった私は、胸がつぶれる思いだった。

 私の表情を見て何か感じたのか、ユーゴ様は小さく口角を上げた。


「まあついでに、知りたくもないことまで分かっちゃったけど、俺は後悔してないよ。少なくとも不安でもやもやしていた気持ちは、すっかり消えたんだ。おまけにこれからすべきことまではっきりしたしね」

「そうか……」

「それでさ、話は戻るけど、俺はさっきも言ったように父親を殺す。理由は言わずもがな、だろ?」

「……ああ」

「でも現状だと、そのためにはまだ問題がある。と言うか、足りないこと、かな。王の錫杖トリスカロアだけじゃ、足りないんだ」


 つまり、どうやって・・・・・殺すか、と言うこと。

 彼と彼の父親は、二つの世界にへだてられてしまっているのだから。


 ――ここで、私はふと気が付いてしまった。


 いつの間にか、自分がユーゴ様と一緒に、彼の計画を手助けする方法を考えてしまっていることに。

 ユーゴ様は、私だけにこの話を聞かせて、何がしたいのだろうか。

 何を私に、させたいのだろうか。


 そんな私の思いをよそに、彼は話を続けていく。


「何度も試した。でも、日本のあるあっちの世界のものをることは出来ても、操作することはおろか、触れることさえ出来ないんだ。まあ視られるってだけでも、奇跡みたいなことなんだけどね」


 世界の壁を越えて、望んだ事物を見ることが出来る――それは奇跡的なのではなく、間違いなく奇跡そのものだと思った。

 しかし、それでも足りないと言うのだ。

 この世に三つしか存在しない神器トルメニィナを手にすると言う僥倖ぎょうこうに恵まれてさえ、叶えられぬ望みウィナス


 これ以上、一体何を――――


「だからさ、ここは『大いなる自然の力』ってやつを借りようと思うんだ」

「自然の、力……? 何かてはあるのか?」

すれ違いエルカレンガだよ」


 すれ違いエルカレンガ

 アリウスとテリウスという二つの世界がすれ違う・・・・とされる、謎の自然現象メノリス・デューリア

 普通の感覚ならば、そんな荒唐無稽な現象など信じられるものではない。

 しかし私の目の前には、ユーゴ様と言うまさにその存在を体現しているかたがいる。


 ――すれ違いエルカレンガの際には、ひときわ魔力ギムカの高い人間が「呼ばれる」ことがある。


 彼自身、すれ違いエルカレンガ時宜じぎ(タイミング)で、こちらアリウスにやってきたのだから。


 そうか! ……そういうことか。


「次のすれ違いエルカレンガを狙うということ……か」

「そうさ」

「しかし……次にいつ起きるのか、分からないのではないか?」

「うん。御屋形様には未来を視ちゃいけないって言われてるしね。だから直接聞いたんだよ。次のすれ違いエルカレンガはいつですかって」

「……御屋形様は?」

「もちろん、教えてくれたよ。聞きに来ることも分かってたみたいだった」

 

 私は恐ろしくなった。

 御屋形様は、一体どこまで未来を見通していらっしゃると言うのか。

 しかも、ユーゴ様のやろうとしていることを後押ししているようにすら思える。


「俺は次のすれ違いエルカレンガの瞬間、最も効果が得られるだろう場所で、やつ・・をこちらに転移メルタースさせる魔法ギームを行使する」

「最も効果アーリフが得られるだろう、場所ハド? それは――」


 ユーゴ様は微笑みながら、頷いて言った。


「――禁足地テーロス・プロビラスさ」

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