第三章 第90話 二者会談 ―2―

「私に、会いにいらした……のですか?」

「ええ」


 エリィナさんの言葉に、何気ないように返事をする巫女みこ様。

 彼女の様子に、少しだけ眉をひそめるエリィナさん。


「どういったご用件なのかはこれからうかがいますが、その前にまず、なぜ私がここ『シュルーム』にいることをご存じなのでしょうか?」

「調べていたからですよ。ヴァルクス家に限らず、禁足地に関わりのある人物ヴィル貴族ドーラ組織アントルガーナ現象メノリスについては可能な限り全て、聖会イルヘレーラでは調査観察対象ゼドノヴェスプローダエアルシルなのです」

「なるほど……」

「更にお話を進める前に、確認してもよろしいですか?」

「はい、どうぞ」


 巫女様は軽く首を回して、この場にいる人物の顔を見た。

 リィナから始まって、私こと山吹やまぶき葉澄はずみ、エリィナさん、そして扉の近くで控えているマリスさん。

 エリィナさんによると本当はもう一人男性がいるらしいんだけど、怪我をしているとかで別室で休んでいるそうだ。


 そうそう。

 私たちの会話は、例によってエレディール共通語と日本語を使い分けながら進んでいるとあらかじめ断っておきます(誰に?)。


「かなり突っ込んだ話になることが考えられます。ここにいるのは、聞かせても構わない方々かたがた見做みなしても?」

「構いません」


 巫女様に問いに、エリィナさんは即答した。

 それを聞いて、私は何だかちょっと嬉しい気持ちになった。

 私のこともそうなんだけど、少しちっちゃい(失礼)リィナのことも変に子ども扱いしないで、ちゃんと「仲間」と見てくれているんだ。


みな当事者パラトスと言っていい者ばかりです」

「そちらの……サブリナさんもでしょうか?」

「ええ。彼女はこちらの世界アリウスで初めて日本人と出会い、今日までずっと関わり続けています。そして――」


 ここでエリィナさんは、少し身を乗り出してリィナの顔をちらりと見た。

 ちなみに座席順は、扉から遠い順にエリィナさん、私、リィナだ。


「――未来への投資ベティアフォルエトルチカ、と言う意味ベクニスもあると私は考えているのです」

「未来への、投資……」

「もちろん、本人たっての希望で同行していることは明言しておきます」


 ……どういう意味だろう。

 少し謎めいたエリィナさんの言葉を聞いて、巫女様はおうむ返しにつぶやいたあと、何を思ったのかとても美しい微笑みを浮かべた。

 何だろう、アルカイックスマイルって言うのかな……私にはとても真似できそうにないし、穏やかなのに途轍とてつもないオーラを感じる。

 聖会せいかい巫女みこ様……絶対にただ者じゃないと思う。


「あなたがそのような視点イクスペギアを持っていらっしゃること、とても喜ばしく思いますよ。アウレリィナ嬢フェイム・アウレリィナ。それならば、話を進めて大丈夫でしょう」

「ではまず、あなた方が私を訪ねたわけからお聞かせ願えますか?」

「いいでしょう」


 巫女様は微笑みはそのままに、でも少し居住まいをただすような雰囲気で続けた。


「単刀直入に尋ねますが――イルエス家で今、何が起きているのですか?」

「えっ……」


 珍しく、エリィナさんは意表を突かれたように言葉に詰まる。

 巫女様の問いかけが、そんなに想定外のものだったのだろうか。

 それと――イルエス家?

 さっき少しだけ話に出てきたけど、よく分からなかった。

 ヴァジュ……何とか?

 エリィナさんって、ヴァルクス家の人なんだよね、確か。


「アウレリィナ嬢、あなたは本来、このような辺境リモスにいる立場ポロジスにないはずです。もちろんビ・ネーブレヴァルクス家はオーゼリアが本拠地ですが、現在あなたがいるべき場所は、王の騎士領ヴァシャルドノヴォロア――イルエス家なのではないのですか?」

「……」

「何か事情があるだろうことは察しております。わたくしは、そのことをあなたに問うためにピケを訪れたのですよ」

「……そうでしたか。しかし何故なにゆえ聖会イルヘレーラかたが私の動向を気にされるのでしょうか。しかもわざわざ、ご自身でこのような場所へおいでいただいてまで……」


 私には二人の関係性も、エリィナさんの立場のことも正直理解してないから、巫女様が遥々はるばる訪ねてきた理由は、エリィナさんと同じく分からない。

 しかし彼女の問い返しに対して、巫女様は思いもかけない言葉で答えたのだ。


「そちらの山吹さんたちと……レアリウスですよ」

「……!」

「あなたがこの西部地方レギノス・ルウェスに来ていることと、山吹さんたち二十三人が禁足地テーロス・プロビラス転移メルタースしたこと――いえ、正確には転移交換メル・ヴァルですね……そこには何らかの関係があると、わたくしは考えているのです、アウレリィナ嬢フェイム・アウレリィナ


 思わぬところで、思わぬ人の口から私の名前が出た。

 それで……え?

 私たちがエレディールに転移したことと、エリィナさんに関係が、ある?


 エリィナさんの顔を、ちらりと横目で見た。

 あわてている……ような感じじゃない。

 でも、何か考え込んでるみたい。

 巫女様もそこからは何も言わず、エリィナさんが口をひらくのを待ってる。


 ――そして、ただ静かなだけの時間が、十秒くらいったころだろうか……ようやくエリィナさんが動いた。


らすわけではないのですが、巫女様アルナ・ヴィルグリィナ。あなたはレアリウスの名も口にされました。先にそちらの関係についてもお話しいただけますか?」

「いいでしょう」


 巫女様は気を悪くしたふうでもなく、むしろ快諾かいだくした様子だ。

 私としては逆に、肩透かしって言うか、それこそ焦らされた感じ。

 いいけどね……そっちも確かに気になるし。


「そちらも端的たんてきに申し上げましょう。既に最後の『すれ違いエルカレンガ』はり、『合一ミラン・イース』が近付いています。それを阻止すべく、レアリウスは動きを活発化させております。そのために彼らはその手を日本人に伸ばしているのです。ヴァルクス家イル・ヴァルクスに連なるあなたになら、わたくしの言葉ヴェルディスの意味は伝わりますね?」

「え、ええ……」

「わたくしはこの件について、先日リューグラム卿ノスト・リューグラムとも話し合い、合意ア・コルディスに至っております」

「合意、とは?」

「『レアリウスを殲滅サントピエナする』という合意です」

「何と……」


 ちょっと待ってほしい。

 ヴァルクス家に連ならない私には、分からないことばかりだ。

 レアリウスが日本人にって話は、八乙女やおとめさんの件から何となく分かる。

 でも、エルカレンガ? ミラン・イース?

 何か日本の車の名前みたいなんだけど、絶対に関係ないよね?


「あ、あの……すみません」


 私は無粋ぶすいなのを承知で、手を挙げて話の流れをいったん止めた。

 そして、分からない言葉についての説明を求めた。


 巫女様が一つひとつ、丁寧に解説を始めてくれる。

 そのあいだ、エリィナさんはその話に耳を傾けるでもなく、何やら再び考え込んでいるようだった。

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