第三章 第89話 二者会談 ―1―

 どうしよう……。


 私は今、めちゃくちゃに混乱している。

 ピケに着いてから、こんなのばっかな気がする。


 まず、学校を追放されてしまった八乙女やおとめさんを追って、私はザハドに向かった。

 でも彼は、一足ひとあし早くピケに向けて旅立ったあとだった。

 これが最初の、すれ違い。


 私――山吹やまぶき葉澄はずみとエリィナさん、リィナの三人は旅支度を整えてから、彼らのあとを追って出発した。


 ところがようやくピケに到着した私たちを待っていたのは、一日違いで八乙女さんたちはザハドに向かったと言うしらせだった。

 目的は分からないけれど、ザハドにある聖会イルヘレーラ――そこにいるらしい巫女様ヴィルグリィナという人を訪ねる予定だと聞いた。


 そしてこれが、二度目にどめのすれ違い。

 もっと言えば、例の星祭りの事件で入院?した彼のお見舞いに行った時も、たったの三十分違いで入れ違ってしまっているのだ。

 都合、三回のすれ違い――ホント、ついてなさすぎだと思う。


 私は困ってしまった。

 すぐさま彼を追って、ザハドにとんぼ返りしたいのはやまやまだけど、ただ我武者羅に追うだけではまたすれ違ってしまうのでは、とエリィナさんから冷静に指摘されたのだ。

 彼女言うことには、一理も二理もある。

 かと言って、これだという代案も思いつかず、私たちは手をこまねくばかり。


 そんな時、ここ「シュルーム」のアリスマリスさんから、来客を伝えられた。


 そのお客さんが――何と、くだんの聖会の巫女様だと言うのだ!


 もう一回言ってもいいかな。

 私は今、めちゃくちゃに混乱している。


 だって……八乙女さんたちはまさに今、正面に座ってらっしゃるこの巫女様と言う人に会うためにザハドに行ったんでしょ?

 どういうことなんだろう。


 一行が部屋に入ってきた時に、何だか違和感があるなと思っていたのだけど……その理由に今、気が付いた。

 巫女様このひと私たちと同じ・・・・・・なんだ。


 ――黒い髪と、黒い瞳。

 何となく中東の香りを感じる、整った顔。


 本当は私たちに馴染みの深い色の組み合わせのはずなのに、エレディールこっちに来てから仲間以外で出会うのは初めてだから、おかしいことに違和感を覚えてしまったんだ。


 後ろには、何だか威圧感たっぷりのお付きの人らしい二人が立ってるけど、そちらは普通の・・・エレディールの人たちだ。

 ……いや、威圧感があるのは女性のほうだけか。

 男の人は何と言うか、ぽけーっとただぼっ立っているように見える。

 ……いいのかな?


 いや、この二人のことは今はいい。

 要するに、これはあれだ、八乙女さんたちはきっとザハドに行っても目当ての人には会えないってことだ。

 そうしたら彼らはどうするだろうか。

 ピケに向かったのだと聞けば、またこっちにやってくるのかな。

 それなら、ここで待っていればいいの……?


 あと、混乱しているのはきっと私だけじゃない。

 巫女様たちを案内してきたアリスマリス――マリスさんだって、しょっちゅう首をかしげてるし、リィナだって状況を飲み込めてなくてきょろきょろしてる。


 エリィナさんだけは流石さすがと言うべきか、少なくとも表面上はまったく動揺しているようには見えないけどね。


まずイシガル此度は突然の訪問となってしまったことリ・ポリニアルードフォル衷心よりお詫び申し上げますスバイトビーゾックセオークリオ


 小さく頭を下げながら最初に口をひらいたのは、当の巫女様だった。

 それに合わせて、後ろに立つ二人も丁寧に腰を折る。

 私もついうっかり、ぺこりとしてしまった。


「どうぞ御髪エリ・グラーヴァ(みぐし)をお上げください。私もかの聖会イルヘレーラ巫女様アルナ・ヴィルグリィナのご高名は聞き及んでおります」


 なるほど。

 ヴィルグリィナは「巫女みこ」って意味で、「アルナ」って敬称をつけて「巫女様」となるわけか。

 そして「エリ」は、日本語の「御」みたいに丁寧や敬意を表す接頭辞だった。

 確か。


ありがとうございますメタ・マロース。それでは改めて自己紹介メムキニングを。既にお見知りおきいただいているようですが、わたくしは聖会イルヘレーラ巫女ヴィルグリィナです。後ろの二人はわたくしの付き人エルファです。こちら側の女性フェムはアルメリーナ・ブラフジェイ。そして男性ノァスの方がエミリアージェス・イドラークスです」

「……うかがってよろしければ、巫女様のお名前ゼーナは何と仰るのでしょうか」


 しかしエリィナさんの問いに、巫女様は小さく首を横に振った。


「申し訳ありませんが、ある理由カラーナによりわたくしの名は明かせません。どうぞそのまま巫女とお呼びください」

「そうですか、承知しました」


 エリィナさんは素直に引き下がった。

 巫女様なんて言うくらいだから、何か宗教上の理由があるのかも知れない。


「ではこちらも自己紹介をさせていただきましょう。私はアウレリィナ・アルヴェール・ヴァルクス。父はエメルシル・ベリア・ヴァルクス。ヴァルクス家現当主の娘です」

「存じ上げていますよ。イルエス俟伯爵ヴァジュラミーネ(じはくしゃく)家を支える双璧、アヴァントのアルベローヌ獅爵アルバラード(ししゃく)家と、西ルウェスのヴァルクス博爵アズルートゥス(はくしゃく)家。そのご令嬢アルナレーアでいらっしゃいますね」

「お見知りおきいただき、恐縮ですタ・テヌミード。次にこちらの女性フェムが、ヤマブキ・ハズミ。あー……彼女は家名イルゼーナを先に名乗る地域の出身なので、『ハズミ』が名です」


 エリィナさんは、私の方に手を向けて紹介してくれた。

 そして次の瞬間、私もエリィナさんも驚愕に目をくこととなった。


「そうですか……あなたが山吹やまぶき葉澄はずみさんなのですね。あなたのお母様も弟さんも大変心配していらっしゃいましたけれども、息災そくさいで過ごしておられるようですよ」


 ……。

 …………。

 え……? は……?

 …………。

 …………え?

 お母様……弟さん……?

 ……私の?


「母と弟って……えーと、あのう……私の、ですか?」

「ええ」


 巫女様はにっこりと微笑んで言った。


桜子さくらこさんと……確か、悠生ゆうせいさんでしたか」

「えええええええええ!?」


 私は思わず、ガタリと音を立てて立ち上がってしまった。

 何で何で何で、何で!?

 どうしてこの人が私のお母さんと弟のこと、知ってるの!?

 しかも名前まで!


「驚かせてしまったようですね。しかし、嘘を申し上げたわけではありませんよ」

「……っ」


 言葉が続かない。

 ……あれ、ちょっと待って。


巫女みこさま?」

「はい」

「もしかして……日本語、話していらっしゃます?」

「ええ。わたくしが得意なのは、いわゆる京ことばですが」

「きょっ……」

「はじめまして。お会いできてうれしゅううでいますよ、山吹はんさん

「~~~~~!?」


 目を回しそうになってる私を、巫女様は何だか面白そうに眺めてる。

 もしかして私、揶揄からかわれてるとか?


 エレディールに来て、まさか京都弁を聞くことになるとは思わなかった。

 そもそもエリィナさんも日本語を話せるのよね。

 その理由もまだ分からないけれど、隣りでめちゃくちゃ彼女が驚いているのを見ると、これは二人は別系統で身につけたということのように思える。


 リィナもあわあわしてる。

 そう言えば、この子の自己紹介がまだ済んでない。


「エ、エリィナさん」

「な、何だ?」

「あの、リィナのことも、あの自己紹介を……」

「あ、ああ」


 この状況で自己紹介の続きをうながすのも、何かずれてる気がするけど。


「それでこ、こちらのはサブリナ・サリエール。ザハドにある宿屋やどや一人娘ひとりむすめです」

「エリィナさん、エリィナさん!」

「え?」

「日本語で紹介してますよ!」

「あ、あれ?」


 落ち着いてるようでいて、あわてまくってるのが分かる。

 いやでも、通じるならいいのか。

 マリスさんはポカンとしちゃってるけど。


 エリィナさんは咳払いを一つして、軽く深呼吸をすると表情を改めて続けた。


巫女様アルナ・ヴィルグリィナ

はいヤァ

「ここ『シュルーム』は、会員制シオスタ・ブローマ酒場ベルタナです」

「存じておりますよ」

「通常、一般のかたは入店をお断りしております。今回は従業員が入れたようですが――失礼ながら、あなたが聖会イルヘレーラ巫女ヴィルグリィナ様であることをあかしだてることは出来ますか?」


 言われてみれば確かに、目の前の人たちが言葉通りの存在かどうか、証拠がない。

 ここまで入れてしまって今さらかも知れないけど、確かめるのは必要だと思う。


「逆におうかがいしますが、わたくしが何を提示すれば信用していただけますか?」

「え?」

「あいにく身分証明書のようなものは持ち合わせておりません。しかし、これからするパルタをお聞きになれば、その証明プルーヴォの一端にもなると思っております」

「……話、ですか?」

「ええ」


 巫女様は、言った。


「わたくしは、あなたに会いに来たのです。アウレリィナ嬢フェイム・アウレリィナ

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