第三章 第88話 道行き

 その夜、私こと山吹やまぶき葉澄はずみとアウレリィナ――エリィナさん、そしてサブリナ――リィナの三人は、ピケの会員制酒場「シュルーム」のある一室で首をそろえて座っていた。


 前にも言ったと思うけど、ここは表向きは酒場で、実のところはエリィナさんの実家であるヴァルクス家の秘密の拠点ということだ。

 何をするための拠点なのかは、まだ分からないけどね。


 この世界に転移して、ザハドの西に広がる禁足地にいた私がどうしてこんなところにいるのかと言えば、冤罪えんざいで学校を追放された八乙女やおとめさんに追いつくため。

 追いついて、会うことが出来たら、まず謝る!

 いろいろと謝んなきゃ。

 謝ったら……そしたらそのあとは――――どうしよう。


「はずみ」


 私は……八乙女さんに対する気持ちを、ちゃんと自覚してる。

 ある出来事が原因で、私はちょっとした男性不信におちいっていた。

 それ以来、近付いてくる男の人がいても心をひらく気にはなれないでいる。

 今でも、そうだと思う。

 表面的な付き合いであれば、そつなくこなすことは出来るから特に問題はない。

 実際、昨年度――もう一昨年度になるのかな……――八乙女さんと同じ学年部になった時だって、彼とはあくまで仕事上の同僚としての関係性に徹していた。


「ねえ、はずみ?」


 もちろん、彼が嫌いだったなんてことはない。

 プライベートの八乙女さんのことは、よく知らない。

 私が今岡小に赴任する少し前に奥さんと離婚した、と言う話を黒瀬くろせさんから聞いたけど、知っているのはそのくらい。


 前任校から今岡小にやってきたその年度、私と八乙女さんはそろって三年部の担任となった。

 当時の三年部はふたクラスだったから、彼と関わる時間は他の同僚に比べて当然多くなる。

 新年度が始まってすぐに、身体測定とか一年生を迎える会とか遠足とか、とにかく行事が目白押しなのだ。

 だから、毎週金曜日の放課後にひらかれる学年部会以外でも、ちょこちょこ打ち合わせたり、遠足の下見に出掛けたり、家庭訪問先についてあれこれ情報交換したりと、最初っから一緒の時間を過ごすことが本当に多かった。


 これがちょっとウマの合わない人だと、きっとすごく苦痛だったんだろうけど、彼とはそんなことはまったくなかった。

 むしろ……楽しかった。

 それでも私は、過去の嫌な経験から彼と必要以上に近付かないよう、不自然な態度でいることがきっと多かった。

 そんな私のことを何となく察してくれたのか、八乙女さんも私とは節度ある距離を終始たもっていてくれたのだ。

 彼のそういうところや、子どもたちとの関わり方を見ているうちに――


「はずみってば!!」

「え、えっ!?」


 気が付くと、リィナがほっぺたをふくらませて私をにらんでいた。


「もうっ! 話、聞いてる?」

「あ、ごめん。聞いてなかった、かも……」


 私は頭をかいて謝る。

 リィナはやれやれという表情で言った。


「そういうところ、りょーすけに似てる、はずみ」

「え?」

「何だか考え込んで、急に黙っちゃうところ」

「あ、ああ、そうなの?」


 言われてみれば、そういうとこあったな……八乙女さん。

 似てるのか……ふふ……似てるのか、私。


「それで、どうするつもりなのだ? 葉澄」

「え?」

「私とリィナは、八乙女涼介を追うと言う君に同行する形で一緒にいるのだ。つまり、この先の道行きは君次第なんだが……」


 そうか。

 にやけてる場合じゃない。

 ちなみに、私たち三人の会話は日本語とエレディール共通語(八乙女さんは必ずこう言っていた)がごちゃ混ぜだ。


 日本語はペラペラで、エレディール共通語はたどたどしい私。

 エレディール共通語はペラペラだけど日本語は頑張ってる最中さいちゅうのリィナ。

 何故なぜか知らないけど、両方の言葉が堪能たんのうなエリィナさん。


 私はどちらかと言うと、つとめてエレディール共通語を話すようにしてる。

 リィナはリィナで、結構日本語にこだわってるんだよね。

 だから時々、エリィナさんがうまい具合に訳して調整してくれているのだ。


「私としては、八乙女さんを追ってザハドに向かいたいとは思ってます」

「ふむ、やはりそうなのだろうな」

「私は……はずみについていくよ。りょーすけにも……会いたい」


 む……。

 リィナこのこ、前からそうなんだけど、八乙女さんのことを物凄くしたってるのよね。

 はたで見てても、ちょっとけちゃうくらい。

 ま、まあ親子ほどの年の差だし、別にライバル視してるわけじゃない、つもり……だけど、転移してきてザハドの人たちと関わりを持つようになって、はっきりと分かったことがある。

 私は――――自分で思ってる以上に、やきもち焼きみたい。


「少し私の考えを述べてもいいだろうか。葉澄」

「は、はい。どうぞ」

「君は向かいたいのだな? すぐにでも、ザハドに」

「……そうですね」

「私は、よく考えた方がいいと思う」

「え? それってどういう……」


 エリィナさんが腕組みをしながら、私を見て続けた。


「このままただザハドに向かっても、またすれ違ってしまうのではないだろうか」

「……」

「一応、彼らが巫女ヴィルグリィナ様に会うために聖会イルヘレーラを目指しているという情報はあるが、その目的は分からないし、我々がザハドに到着する頃には既に用事を済ませ、移動してしまっているかもしれん」

「それは……確かに」


 エリィナさんの言う通りかも知れない。

 確かに、ただ猪突猛進にあとを追っているだけだと、いつまでも鬼ごっこが終わらないような気もする。


 でも、それならどうしたらいいんだろう。

 私は……私だって、八乙女さんに会いたい。


「それにな、少し気になる情報も入ってきているんだ」

「気になる、情報ですか?」

「ああ」

「ザハドの部下から、少し前にここの『黒針ヴァートリオ』に届いたのだがな……」


 そう言えば、ここ「シュルーム」に来て初めて知ったんだけど、この世界にも遠距離通信の技術があるのだそう。

 それが今、エリィナさんが言った「ヴァートリオ――黒い針――」と言うもので、私とリィナも見せてもらった。

 まあ針というのにはちょっと大きい気がしたんだけど、その名の通りの見た目だった……でも私、似たようなものをどこかで見た気がするのよね。


 どこでだったかな――――


 ――こんこんこん。


 その時、ノックの音が響いた。

 扉の向こうから声がする。


主様リス・ドミニア、マリスです」

「入りなさい」

「はい」


 すぐに扉がくと、マリスさんが入ってきた。

 何だか焦っている感じだ。


お客様クリエが見えています」

「客? ……誰だ?」

「それが……」


 少しだけ口ごもったあと、マリスさんはきっぱりと続けた。


聖会イルヘレーラの……巫女ヴィルグリィナ様です」

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