第三章 第87話 アリスマリスの報告

 ここで時は四日ほどさかのぼり、場所はリューグラム領都りょうとピケに移る。


 そして話は、山吹やまぶき葉澄はずみの叫び声から始まる。


    ◇


「嘘でしょ!?」


 アウレリィナさんの言葉に、私は思わず立ち上がってしまった。

 いや、正確には目の前の女性――アリスマリスさんと紹介された人――の言ったことを、エリィナ――アウレリィナさんが通訳してくれた言葉に対して、だ。


 ――私は今、ピケにいる。

 以前ザハドでお会いしたリューグラム弾爵だんしゃくと言う領主の、本拠地の町。


 私は八乙女やおとめさんを追って、学校を飛び出した。

 彼にはいろいろ謝らなければならないし、伝えなければならない言葉があるのだ。

 そんな私がどうしてこの町に来たのかと言えば、八乙女さんと瑠奈るなちゃんの行き先についてエリィナさんが教えてくれたからだ。


 彼女によれば、八乙女さんたちはオーゼリアと言う町に向かったらしい。

 そこにはエリィナさんの実家であるヴァルクス家があって、そこを目指して旅立ったのだと言う。

 そのために、ピケという町から川をくだる定期船に乗るのが一番の早道なんだそうだ。


 普通ならザハドから船に乗るのが一般的なんだけど、二人は追われていた。

 レアリウスとか言う組織に。

 しかも、そのレアリウスにはあのオズワルコスさんが関わっていたって言うんだけど……その理由もその組織についても、今の私は全然分かっていない。

 でも正直なところ、そんなこと別にどうでもいいのだ。


 大事なのは八乙女さんたちが追われていて、ピケから定期船に乗るまでに何日も待たなきゃならない状態――つまり、追手の危険にさらされている状況だってこと。

 私に何が出来るってわけじゃないけれど、とにかく一刻も早く合流して、エリィナさんたちの力を借りて危機から脱出しなきゃならない……その一心でようやくピケここ辿たどり着いたと言うのに。


 エリィナさんは、困ったような気の毒そうな表情でこう言ったのだ。


「八乙女涼介たちは昨日、ザハドに向けて出発したらしい」


 一瞬、彼女が何を言ってるのか分からなかった。

 だって……だって、オーゼリアに向かってたんでしょ?

 それなのに、どうしてザハドに?

 しかも、昨日って!


「はずみ……」


 隣に座ってるサブリナ――リィナも、驚いている。

 彼女の場合、エリィナさんが通訳する前にマリスさんの言葉を直接聞いた時点で、口をけて固まっていた。


 ――この子は、ザハドにある宿屋兼食堂「山風さんぷう亭」の娘。

 そして、私たちがこの世界に転移してきて、最初に出会った一人なのだ。

 そう言うわけだから、彼女との付き合いは結構長い。

 とても気安い間柄あいだがらと言ってもいい。


 今さらだけど、彼女はうち・・にいた天方あまかた君や神代かみしろ君と同い年だったりする。

 つまり年齢差は倍じゃきかないわけで……男の子二人は明確に教え子なんだけど、この子との関係性はうまく説明できないでいる。

 もし私にめいっ子が出来たとしたら、こんな感じなのかも知れない。


ウーラじゃないのよね……残念ながらベーダリン


 マリスさんがカウンターに頬杖ほおづえをついて言った。


 ――言い忘れてたけど、ここは「シュルーム」と言う酒場らしい。

 シュルームって、青色って意味だったと思うだけど、それが店名になっている理由は分からない。

 酒場って言うか、ザハドの山風亭とは違って完全に「バー」だよね、ここ。

 エリィナさんによればここは会員制で、怪しい人とか関係者じゃない人は基本的に出入りしないと言うことだ。

 更に言えば、エリィナさんの実家――つまりはヴァルクス家の秘密の拠点でもあるらしい。


「りょーすけはね、るぅなとうちのコレットと一緒に、ザハドに向かって出発したわ。目的ヘルブルーアは……これ、この人たちがいる前で言っちゃっていいのかしら、主様リス・ドミニア?」

「構わん。知らせてやれ」

かしこまりましたセビュート。三人はね、聖会イルヘレーラに向かったのよ」

「イルヘレーラ……?」


 聞いたことない。

 地名かな?

 それとも何かの施設とかだろうか。


 エリィナさんも少しだけ驚いたように、少し目をみはりながら訳してくれる。


「イルヘレーラと言うのは、日本語で『聖会』と言う字を当てるのだが……何と言うか、説明のしづらい組織なのだよ。リィナは知っているか?」

聖会イルヘレーラ、聖会……何となく聞いたことあるような気がしますけど」

「そうか」


 リィナが知っているってことは、例のレアリウスみたいな秘密組織とは違うのだろうか。

 でも私にはそれもどうでもいい情報だ。

 問題は、八乙女さんたちが何のために向かったのかってこと。

 わざわざザハドに戻るなんて、何か相当に大事な用事があるとしか思えない。


「マリスさん、八乙女さんたちは何のためにその……聖会ってところに?」

「そうねえ……」


 と言って、マリスさんはまたちらりとエリィナさんを見た。

 エリィナさんは黙ってうなずく。


聖会イルヘレーラ巫女様ヴィルグリィナに会うって言ってたわ。どんな用事ペドリフがあるのかまでは、聞いてないわね」

「ヴィルグリィナ?」


 どうしよう。

 何だか新しい言葉がどんどん増えて、困る。

 困るって言うか……私、何にも知らないんだなって思った。

 八乙女さんに会いたい一心でここまで来たけど、彼が無実の罪を着せられた理由も、追われる理由も、要するに彼の周辺で起きていたことについて、何の予備知識もないことに改めて気づかされてしまった。


 正直、何となく触れてはいけないような空気を感じていた。

 もっとしつこく聞いたらエリィナさん、教えてくれるのかな。

 どうでもいいなんて言ってる場合じゃなくて、私はそう言うこともちゃんと知らなきゃいけないのかもしれない。

 そうじゃないと、いつまで経っても彼に追いつけないような気がする。


「そうか……マリスよ」

はいヤァ

「まずは八乙女涼介たちの行方エシカ・オヨを尋ねたが、それに至る一連のことについて報告ポルタートしてくれ」

かしこまりましたセビュート


 そうして、マリスさんはここ数日の、八乙女さんにまつわる出来事についての報告を始めた。

 それは、一週間足らずのあいだに起きたことにしては、私の想像を遥かに超えて恐ろしく、濃密で、驚くべき事柄ことがらの連続だった。

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