第三章 第84話 刃物

「おわっ!?」

「おっと!」


 襲いかかるヴァーングルドとセラピアーラに、改めて構えを取ろうとした天方あまかた聖斗せいと神代かみしろ朝陽あさひは、そろって声を上げながらつんのめるような形で地面に倒れ込んでしまった。


 完全に無防備になった二人に、しかしヴァーングルドたち――レアリウスの「戦闘人形ニナ・エスクル」――は絶好の機会をあえて見逃し、彼らの直前で動きを止めた。

 哄笑こうしょうするヴァーングルド。


「わははは! まあ確かに話には聞いてたけどさー、マジでブラウディお前たち、戦闘エスクル基礎基本リアルリアックも知らねーんだな! つーか、魔法ギームが使えないんだって?」


 人形たちの態度に違和感を覚えつつ、聖斗と朝陽は素早く立ち上がる。


「聖斗、あいつ、何だって?」

「戦いの基本が分からない、魔法ギームが使えない、みたいな感じか?」

「じゃ、今のこれはやっぱり魔法ギームか……」


 朝陽はつま先をトントンしながら、先ほど足首をがっしりと固定されたような感覚の原因について結論を出す。

 聖斗も足をぶるぶると振って、魔法ギームがすでに解けていることを確かめた。


「教えといてやるぜ。戦う時にはなー、こういう縛りリジー系の魔法ギームにあらかじめ備えとくもんだ。それを知らないお前らみたいな素人マルトロはすぐに引っ掛かるからな」


 何故か戦闘方法について講釈こうしゃくれ始めるヴァーングルドだが、二人には意味があまりよく分からない。


「まあ、動き回られると全然縛れないから、初っ端トゥくらいしか使えねーんだわ、これが。とりあえず芋虫ベルダーラ相手に戦っても面白くも何ともねーからよー、以降は使わねーでやる。よかったなー、おい!」


 しかし、正確には分からなくとも、朝陽は感受フェクトによって、聖斗はつたないながらも学習の成果によって、ヴァーングルドが言わんとしているところは大まかに伝わっていた。


「何だか僕たち、舐められてる?」

「ははっ、そうみてえだな。でも実際、こいつはヤベーぜ……」


 その道の英才教育を受けている朝陽はともかく、聖斗は空手の鍛錬をしているとは言え、それが実戦でどれほど役に立つものかまるで未知数である。

 師匠である椎奈しいなあおいの見立てでは、ひいき目に見ても黒帯くろおびレベルに達したとはまだ言ってやれない段階なのだ。


 聖斗の額を、汗がひとすじ伝う。

 その時――――


「やめろ! やめるんだ!」


 二組のあいだに駆けてきて、割り込む存在があった。

 瓜生うりゅう蓮司れんじ早見はやみ澪羽みはねだった。

 蓮司は聖斗たちを背に、ヴァーングルドとセラピアーラ、そして後ろのかがみ龍之介りゅうのすけたちに対峙たいじした。


「鏡さん!」


 蓮司は鬼の形相ぎょうそうで叫んだ。


「あんた、子どもたちに何させてんだ!」

「何、とは?」

「この状況でとぼけるのは、冗談でも許せない。その子たちをけしかけて天方君や神代君、それに――」


 聖斗のかたわらに横たえられている黒瀬くろせ真白ましろに目を向け、彼女の顔の様子に気付いて、蓮司の怒りのボルテージはさらに高まった。

 澪羽が真白の元に駆け寄る。


「黒瀬さんに何をしたんだ!」

「何、とは?」


 まったく同じ調子で問い返す龍之介。

 彼の代わりと言うわけではないが、朝陽が答えた。


「瓜生先生。あいつら、黒瀬先生を壬生みぶ先生に襲わせたんです。工事現場の向こうのザハドの家みたいなところで」

「何だって!?」

「僕、黒瀬先生の感じた恐怖を魔法ギームで感知して、聖斗と一緒に助けに行ったんです」

「そ、そうなのか。それで、壬生さんは?」


 朝陽は、天幕のある方をし示して言った。


「そのの中で寝かせました」

「寝かせ……そ、そうか」


 そのあいだ、龍之介は純一じゅんいちに何やら指示を出した。

 それはエーヴァウートに伝わり、ヴァーングルドとセラピアーラは構えを解いた。


「正気じゃないな、鏡さん」

「いいや、私は正気だとも。これ以上ないほどにな、瓜生さん」

「こんな強引な手に出るなんて……そもそも例のものについては、今日の正午が期限だったはずだ。なぜこんなことを!?」

「状況が変わったんだよ。それにだ、こうなったのは君たちにだって責任はあるということに自覚はあるのかな? 瓜生さん」

「僕たちの、責任だと?」


 蓮司は、彼らを凶行に走らせた原因にすぐには思い当たらない。

 やれやれと肩をすくめながら、龍之介は続けた。


とぼけてるのは君だろう、瓜生さん。私たちに大事な情報ことを隠していたじゃないか」

「大事な、こと?」

「猿芝居はもういい。職員室の朝霧あさぎり校長の机と聞けば、分かるだろうに」

「――――!!」


 驚愕の表情を浮かべる蓮司。

 それを見て、龍之介は薄笑いを浮かべた。


「だがな、もうそれもどうでもよくなったのだよ。何しろ――プランシーを発動したのだからな」

「プラン、C?」

「そうだ。これ以上宝探しごっこに興じる暇はない。君たちを根こそぎ追放パージすれば、それで済む話なのだ。まあ念のため、壬生さんには黒瀬さんに最後のダメ押しを頼んだのだが、神代君の台詞だと彼にはちょっと可哀想なことになってしまったようだがね」

「……」

「どうだ、分かったかね。君と黒瀬さんがもっと素直だったら、このような事態に至らなかったということが」

「それは、詭弁きべんだ!」


 強い口調で、蓮司は言い返す。

 しかし、強烈な焦燥感が彼をいていた。

 龍之介たちが完全な実力行使に出る前に、もっと綿密に手を打つべきだった。

 得体の知れない――恐らくはザハドの人たちだろうが――連中を引っ張り込んでまで、彼らは目的を達成しようとしている、と。


「安心したまえ、瓜生さん。当然、君も追放対象だ。仲良く地獄へ送られるがいい」

「地獄? どういうことだ?」

「さあ、私もよく知らん。どのみち、嫌でも理解することになるのではないかな――純一さん、捕縛ほばく対象に瓜生さんも加えろと伝えてくれ」

「分かりました」


 そして再び、ヴァーングルドとセラピアーラが構えた。

 その様子を見て、蓮司は何か逡巡しゅんじゅんする様子を見せたあと、のろのろと履いているチノパンのベルトの後ろに手を伸ばし、何かを取り出した。

 それは――彼愛用のサバイバルナイフだった。

 転移してきてから、蓮司はベルトに結束バンドインシュロックで吊り下げながら、肌身離さず携帯していたのだ。


 シースから抜かれたサバイバルナイフを見て、ヴァーングルドが困った表情をした。


「おいおい、刃物マニトスなんて持ち出されたら、手加減できねーぜ? 隊長スキピル

指示イストルースは変わらん。なるべくムルテス殺すな」

「へいへい、そんじゃ、このおっさんノアメルから片付けるか。おいセラ、お前の目標ゼドは変わらずその小僧ジーディだからな?」


 セラピアーラは返事をせず、ただ朝陽に向かって視線を固定した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る