第三章 第83話 人形

「くそ、気付かれてたかよ!」

「そうみたいだけど……誰だろう、あれ」


 天方あまかた聖斗せいと神代かみしろ朝陽あさひは、先ほど救い出してきた黒瀬くろせ真白ましろの身体をグラウンドに静かに横たえた。

 聖斗が真白のそばに立ち、朝陽が二人を守るように構えた。


 児童昇降口から出てきた六人は、聖斗たちのもとへ向かって歩いてくる。

 先頭に立っているのは、かがみ龍之介りゅうのすけ

 その後ろには久我くが純一じゅんいち秋月あきづき真帆まほが続き、最後尾を見知らぬ三人の人物が横並びでゆっくりと追随ついずいしてきた。


「君たちは素晴らしい。覇気はきがあるな」


 聖斗たちから十メートルほどのところで龍之介は止まると、拍手でも贈りそうな雰囲気で二人を称賛した。


「しかし悲しいかな、子どもゆえの奇妙な全能感にりつかれているらしい。君たちは『蛮勇ばんゆう』という言葉を知っているかね?」

「ばんゆう……?」

「多分だけど、向こう見ずな勇気、みたいな意味だと思うよ」


 首をかしげる聖斗に、朝陽が前を向いたまま小声で説明する。

 それを聞くや否や、物凄い不機嫌な表情で聖斗は吐き捨てた。


「黒瀬先生を助けるのがその蛮勇ってんなら、別に気にすることねえな」

「そうだね。僕たちは何も間違ってなんかいない」

「蛮勇の行きつく先は、破滅だ。ここまでなんだよ、天方君、神代君」


 明確な反応のない聖斗と朝陽に、龍之介は二人の道の終わりを宣言した。

 そして、かたわらに立つ純一の方を向くと、あごで小さく指示を出す。

 純一は、さらに後ろに控えている三人の中の、一番年嵩としかさそうな男に何やら伝えた。

 すると、その男がずいと前に進み出て、龍之介の隣りに移動した。

 残りの二人も、男に続く。

 年のころは聖斗たちとそう変わらなさそうな、少年と少女。


「誰だ、あれ?」

「純一さんが通訳してるってことは、エレディールこっちの人たちだろうね。まあ見た目からして日本人には見えないけど」

「何かヤバい雰囲気じゃねえか?」

「うん……気を付けて、聖斗」

「気になっているようだから、紹介しておこう」


 二人の会話を聞き取って、龍之介は三人を手で差し示しながら言った。


「こちらの男性は、エーヴァウートさんだ。簡単に言えば、まあ……さしずめ君たちにとっては地獄への案内人ってところかな」


 エーヴァウートと紹介されたのは、エレディール人にしては少し浅黒い肌をした短髪の男だった。

 隣りの龍之介よりはずいぶんと若い、それでも三十代前半ほどだろうと察せられる容貌ようぼうで、聖斗たちに柔和な表情を向けている。

 およそ「地獄への案内人」という物騒な言葉にそぐわない雰囲気に、聖斗と朝陽は警戒感をより強めた。


「それでこちらの二人が、あー、ヴァーングルドさんと……何だったかな。こちらの人たちの名前は覚えるのに難儀する」


 龍之介の話しぶりに何かを察したエーヴァウートが、何事かを小さく呟いた。


「そうそう、失礼した。セラピアーラさんだ。二人とも君たちより少し年上らしい。うちにいる御門みかどさんたちと同年代ということだ」


 ヴァーングルドの方は、不敵な笑みを浮かべて聖斗たちを眺めている。

 セラピアーラと呼ばれた少女は無表情のまま、うつろな瞳を所在なさげに彷徨さまよわせている。

 朝陽の背中を、冷たいものが流れていく。


(な、何なんだ? この人たちは……)


 朝陽が戸惑っているのは、まずヴァーングルドと言う少年から容赦なく発せられている「殺意」だ。

 「感受フェクト」と言う名称こそ知らないが、朝陽は魔法ギームによって相手の感情や言いたいと思っていることを何となく感じ取れることを知っている。

 しかし、そんなものに頼るまでもなく、ヴァーングルドがこちらに対する害意を隠そうともせずにまき散らしていることを、全身で感じ取れてしまっているのだ。

 それなのにニヤニヤと口角を上げながらこっちを見ている。


 これまでの修練において、相手の命を取るにしても取らないにしても――もちろん実際に取ったことはないが――武威ぶいを以って相手を制するということを極めて真剣なものと考えている朝陽にとって、ヴァーングルドの態度は理解の埒外らちがいにあった。


 そして、さらに不気味なのがセラピアーラと言う少女。

 彼女から発せられている、いわば「虚無」とでも言うべきものに、うっかり「感受フェクト」を発動させてしまっている朝陽は、吸い込まれるような眩暈めまいを覚えた。

 戦闘の場において、ヴァーングルドのような殺意や怒り、おびえ、恐怖、焦りなどを相手から感じることはあっても、目の前の少女が発する得体の知れない何かは、今の朝陽には未知のものだった。


 それでも、彼はつとめて冷静に戦況を分析する。


 いちの戦い方も仕込まれてはいるし、仮に戦闘になるとしても相手は三人。

 しかし……このようにひらけた場所では地の利がないことに加えて、目の前の者たちが一筋縄ではいかない存在であるという直感に、朝陽は嫌な汗が止まらない。


「前に私は言ったはずだ。道をはばむ者、役割をまっとうできぬ者は排除するとな。その言葉通り、君たちにはここから出て行ってもらう。追放パージだ」


 そう冷たく宣言すると、龍之介は右手を上げた。

 それを見た純一の一言ひとことで、エーヴァウートは初めて口をひらいた。


さあイラース人形たちタ・ニナス。あの二人をらえるんだ」

「なー隊長スキピル

「何だ、ヴァーン」

「抵抗してきたらどーすんの?」

なるべくムルテス殺すな」

りょーかいダットなるべく・・・・、ね」


 ヴァーングルドは、口笛でも吹きそうな調子で前に出た。

 それに合わせて、セラピアーラも彼の隣りに並ぶ。


「よー、セラ」

「……」

「お前、どっち行く・・?」

「……」

「けっ、相変わらずだんまりかよー。可愛い顔してんだから、もうちょっと愛想よくして欲しいよなー」

「……」

「まあどっちでもいーんだけど……んじゃオレは、後ろのナマイキスリンキィそうなやつをやるから、お前はもう一人の方だ。分かったか?」

「……」


 セラピアーラは、そのうつろな視線を朝陽に定め、小さく構えた。

 彼女の様子を見て、役割分担が決まったと判断したヴァーングルドは、今度は聖斗と朝陽に向かって呼びかけた。


「よー、どうせ言葉ヴェルディスは分かんねーだろうけど、一応言っとくぞ。わりいこと言わねーから大人しくつかまっとけよ。ま、オレとしちゃ抵抗してくれたほーがたのしーんだけどさ」


 朝陽は、前方から目を離さないまま、真白のかたわらにいる聖斗に声をかける。


「……ねえ聖斗。あいつの言ってること、分かる?」

「よく分からねえ。でも多分、俺たちに捕まれって言ってるんだと思うぜ」

「やっぱりそうか……ちょっとマズいかも」

「あいつら、つええのか?」

「うん、って言うかうまく読めないんだ。やっぱりザハドの人たちは、勝手が違うみたいだよ」

「……そっか。男のほう、俺を見てニヤニヤしてやがる」

「女の子のほうは、僕に向かって構えてる」

「しょうがねえか、くそ……」


 そう言うと真白を一瞥いちべつして、聖斗はゆっくり構えを取る。

 今の二人に、職員室にいる者たちに助けを求めると言う意思はない。


「黒瀬先生は、守らなきゃな」


 その時、児童昇降口から新たな人物が飛び出てきた。


(あれは、瓜生うりゅう先生……えっ?)


 蓮司れんじの後ろからさらに駆け出してきたのは、上野原うえのはられい御門みかど芽衣めい、そして早見はやみ澪羽みはねだった。

 ところが玲と芽衣の二人は、あらぬ方向へ走り去っていく。

 一瞬、彼らの動きに気を取られた聖斗と朝陽。


よそ見オラベステするなんて、ずいぶん余裕ソンブロアなんだな。そんじゃ遠慮なく行くぜー!!」


 ヴァーングルドとセラピアーラが、二人に襲いかかった!

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