第三章 第82話 風
……呼吸が、出来ない。
いや、それより、も……
気のせいか、顔、が、
この、ままだ、と……
……
……
――風が、吹いた、気がした。
同時に、私の
私は最後の力を振り絞って身を
そして私の意識も、そこで途切れた。
◇
「誰だ」
一つは真正面から、もう一つは天幕の壁に沿って回り込むように。
もし
魁人の耳を上から
魁人に向かって後ろ向きに着地した小さい影は、振り返る力を利用して再度突進し、無造作に伸ばされた魁人の右腕を両の
そのまま右
「ぐふぁっ!」
魁人は文字通り吹き飛ばされて、天幕の壁に背中から激突した。
見る人が見れば、その技が
「
壁にもたれかかりながら、がっくりと頭を落として座る形になっている魁人から目を離さず、構えも
「気を失ってるみたいだけど、大丈夫みたいだ――いや、大丈夫じゃねえなこれは。ほっぺたが真っ赤だし、鼻血まで出てる。ひでえぜ」
「他に、怪我は?」
「パッと見ではなさそうだけど……腹パンとかされてても不思議じゃねえ。ホントに先生なのか?
黒瀬
「ぶっ殺してやりてえ」
「僕も
「お、そうだな。 ……よいしょっと――」
「――口の
「!」
「……」
魁人が腹を右手で押さえながら、ゆらりと立ち上がった。
足元はやや
「先生を、
「へっ」
聖斗はこれ見よがしに、右の耳の穴をほじってみせた。
「敬ってほしいんだったら、敬われるだけの態度を見せてくれねえとな。
「言うことを聞かない子どもは、おしおきだな」
「動かないでください、壬生先生」
静かな、しかし
少しでも魁人が動きを見せれば、すぐにでも飛び掛かれるだけのエネルギーを、朝陽は
「神代君……なかなかやるじゃあないか。つい油断してしまったよ」
「僕たちはこのまま黒瀬先生を連れていきます。いいですね?」
「あぁ?」
魁人は唇を
「いいわけないだろうが」
「それじゃあしばらく寝ててもらいます」
「どうやった?」
「え?」
「どうしてここが分かった?」
「……さあ」
朝陽は構えたまま、少しだけ首を
「声が聞こえただけですけど」
「そんなはずはない。あの女は大声を出していない。おまけにここは校舎から離れてるし、天窓があるとは言えほぼ密室だ。職員室まで声が届くわけがないだろうが」
「それならきっと
さらりと、朝陽は返した。
目を
「ギーム、だと?」
「正確には、声じゃないです。黒瀬先生の感じた物凄い恐怖が、僕の
「くそ……」
自分の胸を指さしながら答える朝陽を、魁人は
「まったく厄介な
「おかげで黒瀬先生を助けられそうです」
「まったくもって気に食わない」
吐き捨てるように魁人が言う。
「ギームそのものも、それを使う奴らも、
「……」
「だから
「でしょうね。でも、あなたは僕に勝てません」
あくまで冷静な朝陽の物言いに、魁人の全身に我を失いそうなほどの怒りが充満していく。
その様子を見て、朝陽は聖斗に声をかける。
「聖斗、黒瀬先生を」
「分かった。でも、大丈夫か?」
「心配しないで。僕もすぐ手伝うから」
「させるか」
魁人が聖斗たちに向かって飛び掛かった。
それを読んでいた朝陽は姿勢を素早く低くすると、左足を軸にして右足で素早く魁人の左足を払おうとする。
しかし、魁人の反応も早かった。
小さく飛びのきながら素早く左足をあげて、朝陽の払いを
ところが、朝陽はさらに右足を軸にして、今度は後ろ向きになって魁人の右足を払いに行った。
瞬間的に右足一本になっていた魁人はもろに足を刈られ、うつ伏せに激しく倒れ込むことになってしまう。
これは
「うぐっ!」
何とか受け身を取って、無様に叩きつけられることだけは回避した魁人だが、その
「うぐぐ……黒瀬先生って結構ちっちゃいと思ったけど、案外
「聖斗、あんまり重いとか言わない方がいいよ?」
中腰で足を引き
魁人はよろよろと立ち上がると、聖斗と真白に再び猛然と襲いかかろうとするが、両者の
「どけっ!」
「……」
構わず飛びかかってくる魁人の
そのまま打ち上げるように、
本来なら間合いが近すぎるのだが、朝陽が狙ったのは魁人の
二人の身長差があって初めて成立する攻撃であり、朝陽の
その瞬間、脳
そのまま動かないことを確かめた朝陽は、聖斗の元に駆け寄り、真白を二人で両側から支えつつ、天幕から抜け出した。
◇
「とりあえず保健室か? 朝陽」
「そうだね。途中で
「見つかったらそん時はそん時だな」
真白を支えながら歩く聖斗と朝陽は、児童用昇降口を目指していた。
「だけど、どこ行ったんだ? 鏡先生たちは。職員室には
「分かんないけど……どうせ
「だよな……それにしてもさ」
聖斗は前を見ながら続けた。
「お前、
「あの人、確かに何かの格闘技をやってるように思えるけど、そんなに強くないよ。背が高いから面倒だけど、あんな
「そうなのか? 頭に血でものぼってたんじゃねえの?」
「そうかもね。もしあの人が冷静に入り口を背にして動かなかったら、かなりやりにくかったと思う。僕みたいにちっこくて素早いのを相手にする時には、スピードで対抗するのは悪手だからさ」
「へえ、そうなん――」
聖斗と朝陽は、立ち止まった。
彼らが向かっていた児童用昇降口にあと三十メートルというところで、まさにその昇降口から複数の人影が出てきた。
一、二……全部で六人。
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