第三章 第80話 移動する
「何だと!?」
それまで穏やかに、
――
しかも、
昨晩の話し合いから、まだ大して時間は
睡眠を
彼は
素直に渡してくるだろうなどと楽観的に考えてはいないので、彼女が大人しく提出して来ればよし、そうでない場合のことも織り込んで
相手に爆弾を持たせたまま、
そこに来て、この英美里の報告である。
龍之介は猛烈な速さで脳を回転させた。
校長の机。
昨晩の、やり取り。
(――――!!)
彼は当然の
龍之介は奥歯をきつく噛みしめながらも、わずかに
(やりますな……朝霧さん)
「
「はい」
「プラン――――
龍之介の言葉に、
しかし、すぐに答える。
「しょうがないですね、了解です」
「英美里さん」
「は、はい……」
報告した
魁人はその場を離れ、
「
「皆……あ、あの、全員でしょうか?」
「ふむ……」
龍之介は
「
「わ、分かりました……」
そう答えて駆け出そうとする英美里を、龍之介は呼び止めた。
「英美里さん」
「え?」
「少し待たせるかも知れんが、皆にはそのまま待機するよう伝えてくれ」
「……はい」
今度こそ英美里は走り去っていった。
その背中を見送りながら、龍之介は小さく
「まあ……遅かれ早かれ、か」
◇
私はいつものように、保健室の自席に座っていた。
一緒に仕事をしている
だから今、この部屋には私一人だ。
考えごとをするには、ちょうどいい。
(どうしたものかな……はあ)
校長先生が
そこに記録されていた内容は、想像を絶する
私たちがこの世界に転移してきた理由。
それを校長先生に教えたアウレリィナと言う女性。
校長先生がずっと悩んでいた理由と、残された私たちに託した望み。
正直、それら事実の持つ重さに、私は押し
一緒に聞いた
どうしたらいいのか――いい考えがまったく思い浮かんできてくれない。
「行動に移すには、まず『望む姿』を目的として定めなきゃいけない――か」
ボイスレコーダーの中身を聞き終わって、瓜生先生はそう言った。
それはその通りだ。
でも今の私には、結局私たちがどういう姿になることがいいのか、具体的に思い描くことが出来ないのだ。
私たちの目標は、もちろん言うまでもない。
元の世界――日本に帰ること。
それは最初から決まってたし、今でも変わっていない。
私だって、帰りたい。
そのためには確かに、鏡さんの強力なリーダーシップのもとで、彼の言う通りに行動するのが一番の早道なのだろう……現時点では。
(でも……)
私はどうしても、素直にそれに従えない。
校長先生の死の責任を八乙女さんに
ただ、みんなが私と同じ思いだとも限らないのだ。
何をおいても、日本に帰りたい――そう思っている人もいる、と鏡さんは言った。
私がいちいち鏡さんに突っかかっていくことを、迷惑に感じているとも言われた。
そう思っているのが誰か分からないけど、その人の気持ちも分からないでもない。
(だめだ……
その時、突然保健室のドアが
思わずびくっとしてそちらを見ると、そこに立っていたのは――壬生さんだった。
能面のような表情。
私の脊髄を、恐怖が走った。
壬生さんは何も言わず、静かにこちらに向かって歩いていくる。
「何ですか? また頭痛ですか?」
私は虚勢を張って、少しきつめな口調で問い掛けた。
しかし彼は、答えない。
私は腰を浮かした。
これは、マズいかも……。
「
「な、何ですか?」
「四通目の遺書を」
「え?」
「四通目の遺書を出すんだ」
机のすぐ向こうに立った壬生さんが発したのは、その言葉だった。
有無を言わせない圧を感じる。
でも、私は言い返した。
「タイムリミットは、今日のお昼では? あなたも同意したはずですけど」
「状況が変わった」
「え?」
「もうここでくだらない問答をする気はない」
「え?」
「言葉は昨晩、尽くした。これ以上交わす意味はないんだよ」
「……」
「もう一度だけ言う。四通目の遺書を出せ」
「嫌です」
その時、壬生さんの中で何かが
それは――殺意。
私は思わず立ち上がり、反射的に
一瞬前にいた場所で、彼の右腕が
座っていたオフィスチェアが、音を立てて横倒しになった。
グラウンドに面したガラス戸を、急いで開けようとした――が、
鍵がかかったままだ。
私の左肩が、がっしりと
「黒瀬さん」
何かを抑え込んでいるような、くぐもった声に私は振り向いた。
そこにあったのは、憤怒の表情――ではなく、相変わらず能面のように無表情な壬生さんの顔だった。
「さすがにあんたみたいに小さい人を、どうにかするのは気が進まないんだ。力づくで目的は達成させてもらうが、せめて手向かいせず大人しくしろ」
「嫌です、大声出しますよ」
「その前にあんたの腹でも
「……どうすればいいんですか」
多分、もう逃げられない。
それならせめて、せめて早見さんを巻き込まないようにしないと。
お願い、まだ戻ってこないで――
「移動する。俺のすぐ前を歩いて、指示通りに進むんだ。途中で誰かに会っても、何もしゃべるな。分かったな?」
「……分かりました」
よかった。
ここを離れられれば、他の人に
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