第三章 第79話 転移の真実

 これから語る話は、私がザハドにおもむいた折にある女性から聞かされたものだ。

 まず、それを聞くことに至った経緯けいいから話すこととしよう。


 私たちはセラウィス・ユーレジアと呼ばれる場所に宿泊していた。

 八乙女やおとめさんのやくによれば、代官屋敷なのだそうだ。

 あれはザハドを訪問して三日目のことだったろうか。

 夕刻に、私は屋敷周辺を徒然つれづれと散歩をしていた。

 あれこれ考えながらを進める私を、背後から何者かが呼び止めた。

 声のぬしは、まだ幼い子ども。


 彼の言うことはまるで分からなかったが、その子はお構いなしにあるものを私に手渡すと、そのまま去って行ってしまった。

 それは、封蝋ふうろうほどこされた一通の手紙だった。

 もちろん、私は混乱した。

 このような異郷いきょうの地で、敢えて手紙と言う手段で私に連絡を取ろうとする状況に、何ひとつ心当たりがないからだ。


 戸惑いつつも、手紙をひらいた私の目に飛び込んできたのは、私に大切な話があるので会いたい、という文言もんごんだった。

 場所は、サブリナという娘の実家でもある山風亭のとある部屋。

 時刻は翌日の「くじのかね」。

 いわゆる午後十時のことらしい。


 そして、不安を抱えながらもにぎやかな夕食を仲間たちと共にし、指定された時刻に指定された場所へ向かった私を迎えたのは――一人ひとりの女性だった。

 アウレリィナ・アルヴェール・ヴァルクスと名乗る彼女に、私は大いなる違和感を覚えたのだ。

 その容貌ようぼうはどう見てもザハドの人間のものなのに、彼女の口から紡がれ出たのは流暢りゅうちょうな日本語だったから。

 さらに、私の違和感が驚愕に変わった。

 私たちがこの世界に転移した理由を知る者だと、自身のことを説明したからだ。


 こうしてアウレリィナという女性は、衝撃の事実を語り始めたのだ。

 それについては、私の感想はまじえず、端的に事実のみを話そうと思う。


 まず、私たちが巻き込まれた転移現象は、人為じんい的なものだった。

 正確には「エルカレンガ」という自然現象に合わせて起こしたもの。

 それをしたのは「ほんだゆうご」という人物。

 彼の母親は「ほんだすみれ」、父親の名は――「かがみりゅうのすけ」。


 転移現象は「ほんだゆうご」が「かがみりゅうのすけ」だけを狙って起こすつもりだったらしい。

 その動機は――復讐。

 理由について彼女は詳細を述べなかったが、彼は母親のかたきとのこと。

 しかし、「かがみりゅうのすけ」だけを狙うはずの魔法は、どうやらとても難易度の高い術だったようで、制御しきれなかったのだと言う。

 効果を一人に絞り切れず、より広い範囲に渡って巻き込むことになってしまったというのが、私たちが諸共もろともにこの地に転移した真相なのだ。


 ――つまり私たちは、鏡龍之介とその息子の、壮大な親子喧嘩のあおりを食ったというわけだ。


 この話を聞いた時の私の心境は、きっと理解してもらえるだろう。

 今、これを聞いているあなたなら。


 魔法の暴走、とでも言うべきだろうか。

 その結果、「ほんだゆうご」は昏倒こんとうしてしまったらしい。

 今もまだ目覚めぬままだと言う。


 そもそも、「ほんだゆうご」なる人物がなぜ、この異郷の地にいるのか。

 彼の母親である「ほんだすみれ」が誰なのか。

 そして、目の前の人物がどうして、この転移の真実を知っているのか。

 疑問は次々と湧いて出たが、あまりの驚きに私は混乱の極みに達していた。

 とてもではないが、その疑問を一つひとつ、冷静に解決していくことなど出来なかったのだ。

 だから、そのあと何を話したのか、記憶すらはっきりしていない。

 私の頭の中に渦巻いていたのは、この話をどうすべきかと言うことのみだった。


 学校に戻ったら、私はどうすればいいのだろう。

 この事実を、明らかにすべきか?

 明らかにしたとして、一体どうなる?

 当の本人である鏡さんは、このことを知っているのか?

 いや……そもそもアウレリィナの語ったことは、真実なのだろうか?

 結局、私の中で答えが出ることはなかった。

 今こうして、消極的に伝えるだけになってしまった。

 これを聞いているあなたをも、同じ苦悩の渦に巻き込んでしまうことを、心の底から申し訳なく思う。


 そして……その鏡さんだが、星祭りから戻って来て以来、何度も何度も私を訪ねてくるようになった。

 ザハドで聞いたことを話せ、と。

 彼にしてはしつこいと言うか、異様な熱意を感じた。

 どう言うわけか、私がアウレリィナから話を聞いたと言うことに確信を持っているようだった。

 彼は、名前についても言及していた。

 つまり、話の内容を多少なりとも把握しているということだ。

 どの程度知っているのかは分からなかったが、散々迷い抜いた挙句、私は「ほんだ」という名を口にした。

 鏡さんは非常に驚いていたが、納得もしたという表情だった。


 自分の知りたい答えと進むべき道を得た、と彼は言った。

 私は彼が、何かを決意したことを感じた。

 もちろん、それがいい予感であろうはずがない。

 この事実を私以外の誰かに伝えなければならないと思った。


 私はアウレリィナとのやりとりを、スマホで録音していた。

 そのデータは、八乙女さんに託すつもりだ。

 だが、それだけでは足りないと感じている。

 そう言うわけで私は動かない身体にむち打ち、家族への遺書をしたため、今こうしてアウレリィナから聞いた事実をボイスレコーダーに録音しているのだ。


 この事実をどう扱うか……今これを聞いているあなたに託すことになってしまったことがよかったのか悪かったのか、私には分からない。

 ただ、このことを以って鏡さんを糾弾することは避けたいと私は思っている。

 恐らく彼は、転移の原因が自分にあることを知らなかった。

 転移してからの鏡さんの働きに、私たちをたばかろうとするようなものは何一つ感じられないからだ。


 しかし、今はそうでももし、彼がその事実を知った場合、どういう行動を取るのかまったく予想することが出来ない。

 事実を知った人間――私をどうしようと考えるのかについても。

 我ながら不穏なことを口走っているとは思うが、遺書にも書いた通り、自分の身体の変調に大きな疑問を持っているのだ。


 私の望みは、ただ一つ。

 誰一人欠けることなく、私たちが元の世界に戻ること……ただそれだけ。

 特に子どもたちを……未来ある彼らのことを、お願いしたい。


 非常な難事なんじを押し付けてしまっている自覚はある。

 それでも、この朝霧あさぎり彰吾しょうご、伏してお願いする。


    ◇


 私と瓜生うりゅう先生は、頭をかかえてしまった。

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