第三章 第74話 為すべきこと

「遺書!?」

「校長先生の……!?」

「まさか……!」

「……!」


 執行部長であるかがみ龍之介りゅうのすけの言葉に対する四人の反応。

 それは、驚きという点では共通していた。

 龍之介は続ける。


「まあ四六時中監視していたわけではなかったから、何か物書きをしていたとして、把握できなかったのは致し方ないだろう。そもそもそんな気力も湧かないように手立ては講じていたわけだからな、英美里えみりさん」

「! ……」


 唐突に名指しされ、久我くが英美里は目を見開きながら一瞬、肩を揺らした。

 龍之介にその気があったかどうかはともかく、お前の手落ちでは? とめられたような気持ちに、英美里はなってしまう。


「いや、そもそも最初は病死の予定だったじゃないですか。妻はちゃんと指示された手順通り、調理していたはず。予定が早まってあんな乱暴な方法をらざるを得なくなったのは、校長さんが八乙女やおとめさんに接触をはかったからですよね? 壬生みぶさん」

「それは確かにそうだが……」


 純一じゅんいちが英美里をかばう形で発言すると、魁人かいとは渋々ながらうなずく。

 しかしそんな夫にも、英美里は心を動かされた様子は見られない。


 英美里は知っていた。

 夫である純一が、龍之介に力を貸す代わりに望んだことを。

 それは、山風さんぷう亭の――――


「待ってください。今は起きてしまったことをあれこれつついていても仕方ありません。大事なのは今後の対策だと思います。そうですよね、鏡先生」

秋月あきづきさんの言う通りだ。まだ実際に遺書を確認したわけではないが、如月きさらぎさんがこんなことで嘘をくようなこともあるまい。ここは存在するという前提で話を進めるべきだろう」


 一同が黙ってうなずく。


「如月さんによれば、黒瀬くろせさんが発見し、そのことを瓜生うりゅうさんに相談したと言うことだ。その際、聞き取れたのは二つの内容」


 龍之介は、そこで一旦いったん言葉を区切った。

 続きを固唾かたずを呑んで待つ四人。


「『家族の三人にてたものと、遺書の発見者に宛てたもの』があるということ。そして、瓜生さんの台詞せりふ――『ああ、知りたくない! でも……知らなきゃならない……』というものだ。どう思うかね?」

「遺書の……発見者宛て?」


 魁人がつぶやいた。


「この場合、黒瀬先生せんせーってことですかね。で、彼女はそれを既に読んだと」

「読んだからこそ、瓜生さんに相談したのだろうし、当然瓜生さんも……と判断すべきだろう」


 純一の言葉に、龍之介が答える。


「私、思うのですけれど、遺書なんてものを発見したら、まずは特定の誰かじゃなくて、リーダーである鏡先生に相談すべきじゃないでしょうか。どうして黒瀬先生はそうしなかったのか、私には分かりません」

「そうだな、黒瀬さんは私のことを親の仇のように思っているだろうからな……」


 心底不服そうに真帆が発言すると、龍之介はそう返しながらながら考える。


 ここにいるメンバーは皆、朝霧校長と八乙女涼介に対する処置・・については経緯を承知しており、龍之介に協力している。

 真実が明らかになれば、自分たちは非常に厳しい立場に置かれることになると言う、つまりは一蓮いちれん托生たくしょうの関係だ。


 しかし――龍之介は彼らにも話していないことがある。


 それこそ、彼が朝霧彰吾しょうごと八乙女涼介りょうすけのぞこうとした理由であり、二十三人がエレディールに転移した直接的な原因なのだ。

 このことだけは、誰にも知られるわけにはいかない。

 いずれ日本に帰ることになるなら、なおさらである。

 そのためなら万難ばんなんを排する――その覚悟を、龍之介は決めていた。


 つまり、彼にとっての懸案けんあんはただ一つ。

 その秘密を黒瀬真白ましろと瓜生蓮司れんじ知ったかどうか・・・・・・・、である。


「いずれにせよ、その理由についてあれこれ想像は出来ても、正解を知るためには本人に直接尋ねるしか方法はないだろうな」

「確かにそうですが、かと言って呼び出してバカ正直に聞いたところで、ちゃんと答えるとは限らないでしょう」

「それにもし、校長さんの料理に細工をしたことが書かれてたりしたら、僕たちまずいことになりますよね」

「っ……」


 魁人と純一が、龍之介の問いに答えているのを聞いて、英美里は声にならない悲鳴を上げた。

 彼女の顔は、薄暮はくぼの空のようにあおざめている。


「それなら先に、こちらから遺書の存在を公表しちゃったらどうでしょうか。黒瀬先生たちにだって、隠していたって弱みがありますし」

「いや、それはまずいよ秋月先生せんせー。さっき言ったように、内容によってはこっちが自爆することになりかねない」

「それに気になるのはもう一つ、瓜生さんが言った台詞せりふですね。単純に考えれば、遺書に書かれていることを見たくないけど、見なければならないってことなのかも知れませんが」


 魁人の考えに、龍之介もうなずいた。


「私もそれが気にかっているのだ。知りたくないのに、知らなきゃいけない……この言葉を彼が発したのは、如月さんが言うにはしばらく沈黙したあとらしい」

「え? ……だとすると、さっきの私の考えはおかしいですね。順番が逆だ」

「んん? どういうことです?」

「逆ってどういう意味ですか? 壬生みぶ先生」


 純一の疑問に、真帆も同調する。

 それに答えたのは、龍之介だった。


「如月さんの状況説明が正しいのなら、瓜生さんは遺書を読んだあとにその台詞を言ったと考えるべきだ。沈黙していた時間とは即ち、遺書を読んでいた時間なのだろうからな」

「なるほど……」

「え? でも、それじゃあ意味が分からなくなるんですけれど……」

「その通りだ、秋月さん」

「んんん? すみません、僕分からないので、説明してもらっていいですか?」


 今度は魁人が、首をひねる純一に答えた。


「遺書を読んでから、『知りたくない・・』『知らなきゃならない・・』っておかしいでしょう。『知りたくなかった・・・・』なら意味が通りますけれどね」

「――――ああ……確かに」

「つまり、だ」


 軽く咳払いをして、龍之介が話を引き取った。


「瓜生さんは遺書を読んでなお、そこから更に知らなくてはならないことがあると言ったということだ。これはまだ可能性の話であり、もしかしたら如月さんの勘違いで、遺書を読む前に発した言葉に過ぎないのかも知れない。だが、少しでも引っ掛かる要素があるのなら、それを無視して楽観的に解釈すべきではない。むしろより悪い方へと考え、最悪に備えるべきだ。違うかね?」


 彼の言葉に、異を唱える者は誰もいない。

 問い掛けてはいても、これは反論を許さぬ確認のようなもの。

 そして既に、龍之介の頭の中にはこれからすべきことが具体的に浮かび上がっていた。


「まずは、遺書の存在を確認し、その内容を知ることだ。ごく真っ当な手順だろう」


 一同が頷く。


「仮に内容を知ることが出来たとすれば、そこで次の対策を講じよう。そしてもし、遺書の中身を我々が知ることが出来なかった場合には――――」


 英美里の顔色は、今度こそ紙のように白くなっていった。

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