第三章 第72話 栓が抜ける

 そんなわけで、クラリスさんは私たちにイルヘレーラのことを説明し始めた。

 彼女によれば、話すことを許されているのは、まだごく一部だけらしい。

 それでも、それだけでも私たちにとって、驚愕の事実だった。


 まず、この世界はやっぱり私たちがいたところとは異なる、つまり異世界らしい。

 聖会イルヘレーラではこの世界のことをアリウス、私たちがいた日本のある世界をテリウスと呼んでいるのだそうだ。

 アリウスは日本語で「の地」、テリウスは「がれた地」を意味するとのこと。

 つまり、正確に言うとここが異世界なんじゃなくて、私たちの世界のほうが元の世界から剥がれて生まれた、正真正銘の異世界なんだそう。

 正直、そんなこと言われても全然ピンと来ないけど。

 そもそも世界が剥がれるって、何?

 ここはエレディールって言うんじゃないのって聞いたら、それは国の名前だって。


 じゃあほかにも国があるのかと思ったんだけど、実質的にはないらしい。

 簡単に言うと、このアリウスにはエレディールの他に国はなくて、沿岸の小さな島々と南東にある大きな島以外、陸地がないとのこと。


 それって昔、高校の地理の先生が話してくれた、いにしえの超大陸パンゲアとパンサラッサみたいな状態ってことなのかな?


 ……もうここまででツッコミどころと言うか、はてなマークだらけなんだけど、とりあえずは説明されたことを列挙してみる。


 で、二つに分かれたってことは、要するに元は一つの世界だったと言うこと。

 そして、近いうちにアリウスとテリウスはまた一つに戻ると言う。

 これを聞いた時、それってつまり私たちはまた日本に帰れるってことじゃんって喜びかけたら、話はそんなに単純なものじゃないって、気の毒そうに言われた。


 どういうことかと聞いたら、まず二つに分かれる時には、このアリウスで物凄い大災害が起きたらしい。

 だから一つに戻る時、どんなことが起こるのか分からないんだそうだ。


 物凄い大災害と聞いて、私はふとあることを思い出した。

 それは星祭りの時に、八乙女やおとめ先生とた演劇のことだ。

 あれは確か神様たちの戦いのせいだったと思うけど、やっぱり同じように地上がめちゃくちゃになってしまったって言う話だったと思う。

 そのことを伝えたら、クラリスさんはちょっと驚いた顔をしていたけど、そのままスルーされた。

 だから結局関係あるのかないのか、分からないまま。


 それで、何とここまでは前置きみたいな話なんだって、あははは……。

 私的には情報過多で、もうすでにお腹いっぱいなのにね。

 でも聞いてみたら確かに、ここからが重要なところだった。


 ――レアリウス。


 それが私たちに、魔の手を伸ばしている組織なんだそう。

 魔の手を伸ばす組織――なんて、漫画とか小説の話にしか聞こえないかも知れないけれど、要するに私たち日本人が持っている知識や技術を狙っているらしい。


 それで、その見返りに私たちを元の世界に帰れるようにすると――ここまで聞いて、また私はある人のことを思い出した。


 それは――かがみ先生。


 あの先生は確かに会議の時、そう言う計画が進行中だって言ってた。

 確か、黒瀬くろせ先生の質問に答える形で。


 おまけに、そのレアリウス側の窓口がオズワルコスという人だと聞いて、私の中で完全に話がつながった気がした。


 正直なところを言えば、私たちの知識や技術と引き換えに、日本へ帰ることが出来るんだったら、私は大いに賛成したい。

 だってウィンウィンだし。

 大体、何かしてもらうんだったら、その対価を払う必要があるってのは、ごく一般的で普通の感覚だよね。


 でも……私が変だと思うのは、どうして鏡先生はそのことを私たちに言わないのだろうってこと。

 これこれこう言う伝手つてが出来て、こういう事情だからって話せば、私たちの中に反対する人がいるとは思えないし、むしろ諸手もろてげて賛成するに決まっている。


 だからきっと、言えない理由があるのだ。

 もしかしたらそこに、八乙女やおとめ先生や校長先生のことも関係してるのかもって考えるのは、少し穿うがちすぎだろうか。


 それに、そのレアリウスって言う組織そのものが、結構胡散うさん臭いと言うかきな臭いらしい。

 知識や技術提供を、どんな形で求めてくるのか分かったものじゃないって。

 細かいところについてはにごされちゃったけど、そう言うわけで聖会イルヘレーラは学校をレアリウスから守るために、このヴームって言う地下都市に拠点を作ったと言うことだ。


 私は聖会イルヘレーラと言うのが地下都市ヴームの宗教組織なんだと思っていたんだけど、どうやらそうじゃないみたい。

 間借りさせてもらってるって感じらしい。

 しかも、拠点を作ってまだ二週間足らずなんだって。


「それでね、ようやく拠点の形が整ったから、いよいよ学校の中に協力者を作らなきゃならないねって段階になってたの」

「で、私たちがのこのことやってきたってことなのね」

「のこのこ? ……まあ、そう言うこと。それでどう? 私たちの協力者になってくれないかな?」

「うーん……ちょっと待ってね」


 シクラリッサ――クラリスさんの問いにそう答えて私は、隣りにいる御門みかどさんに声を掛けた。


「ねえ、どう思う?」

「そうですね……あたしが思うにまず、クラリスとラッド――聖会イルヘレーラが信用できるかどうか、かな」

「だよね……ねえ、クラリスさん」

「はい?」

「もし私たちが断ったら、どうするの?」

「しかたないから、あきらめるよ。あ、ここのことは内緒にしてもらうけど」

「そしたら、学校のほかの人たちを当たる、とか?」

「うーんと……」


 クラリスさんは、ラッドさんの方を向いて小首をかしげている。

 重々しくうなずくラッドさん。


「いや、きっと他の方法をることになるかな。元々最悪の場合でも、協力者なしで監視は続ける方針だからね」

「そうかあ……」


 改めてクラリスさんの顔を見る。

 ん? って感じで微笑んでる……私、人を見抜く目とか特に持ってないからなあ。

 でも、彼女が嘘をついてるとか、私たちをだまそうとかしてるようには見えない。


 ラッドさんもそう。

 クラリスさん、この人のことをいかついとか言ってたけど、私はそんなことないと思うし、むしろ実直じっちょくで信頼できそうな雰囲気を感じてしまう。


「どうしようね、御門さん」

「あたしは受けてもいいと思いますよ」

「えっ、そうなの?」


 やけにあっさり言うけど、何か根拠でもあるのかな?

 クラリスさんとラッドさんは、相変わらず黙って待っててくれてる。


「信用できると思った、から?」

「それもそうですし、ある意味こっちも弱みを握ってるみたいなものですよね?」

「弱み?」

「だってあたしたち、この地下都市ヴーム聖会イルヘレーラの存在を知っちゃったわけですよね。さっきクラリスが、もし断ってもここのことは内緒にって言ってたんですから、知られたくないってことじゃないですか」

「あ、なるほど」

「もちろん、言葉通り無事に帰してもらえれば……の話ですけど」

「それはちゃんと、約束は守るよ? ここに閉じ込めたりなんかしない」


 クラリスさんはうんうんと首を振っている。


「それにさ、何だか面白そうな気がするんですよね」

「おっ、面白!?」


 ヤバいな、この子……。

 あんまり調子に乗らせちゃダメかも。

 前向きな子だとは思ってたけどさ……こんなにイケイケだったなんて。


「だって協力者ですよ? 外部組織の協力者! 何かわくわくしません?」

「いやあ、どうだろ……。それに、協力者になるってことは何かの協力をするってことでしょ? その中身によるんじゃないかなあ」

「あ、それもそうか……クラリス!」

「はい?」

「協力者って、何するの?」

「いろいろやってもらうことになるけど、まずは情報交換かな。時々ここに来ることは可能?」

「それは大丈夫。ね、玲さん」

「うん、そうね」


 何しろ、毎日休憩時間には散歩してるのだ。

 時間にさえ間に合えば、表面上は何の変化もないように見えると思う。


「それじゃあ二人とも、協力員になってもらえるってことでいいのかな?」

「分かった、なります。あ、でも」


 私はひとつ、大切なことを確かめなきゃならない。


「学校のみんなを傷つけるようなことは、させないで欲しい。ちゃんと協力はするけど、それは聖会イルヘレーラがレアリウスって言うおっかない組織から守ってくれるって言うから。 ……約束してもらえる?」

「もちろんだよ!」


 クラリスさんのその言葉で、私たちは四人は立ち上がる。

 そして、テーブル越しにお互い握手を交わし合った。


 ……何だろ、この高揚感は。

 御門さんだけじゃなくて、ずっと低空飛行だった私の気持ちも、ぐんと高度を上げたように思える。


「じゃあね、協力者になってくれた記念と言うかお礼を言うか――日本の様子とか家族のこと、少し教えてあげるね」

「えっ!?」

「と言っても、ここにあるじ様が書いてくださったことしか分からないけど、どうする? 聞きたい?」


 そう言って、クラリスさんは手に持っていた紙束を持ち上げてみせた。

 日本の、様子?

 ……そう言えば、そのあるじ様とやらは私たちの家族構成なんて、一体どうやって知ったのだろうか。

 日本の様子が分かるのなら、確かに私たちのことだってとは思うけど……。


「ねえクラリスさん、どうしてあなたたちのあるじ様はそんなことが分かるの?」

「あー……やっぱりそこ、気になるよね?」


 クラリスさんは、隣りに座ってるアイドラッドさんと顔をちらっと見合わせると、ちょっと困った顔で続けた。


「でも、ごめんね。今はちょっと答えられない。もしかしたらこの先、説明していいよって言われるかもしれないけど、それについての許可をもらってないの」

「そっかあ……」


 ちょっと残念……でも普通に考えれば、二通りしか思いつかない。

 何らかの通信手段を持っているか、もしくは自身で・・・行き来できるか。

 すごく重要な情報なんだろうな――特に後者だったら日本へ帰る手段があるってことだもんね。

 どちらにしても教えてもらえないんじゃあ確かめようもないし、ひとまず保留にしておこう、うん。


「どうする御門さ――」


 あれ。

 さっきまで生き生きしてたのに、急に下向いてどうした御門さん。

 私の声で、目だけちらっと上に向けて彼女は言った。


「あ、あたしは、いいや……」

「え? いいやって、聞かなくてもいいってこと?」

「うん……」


 何かある。

 でも、ここで問い詰めちゃいけない気がする。


「分かった。でも、私は聞いていいよね?」

「うん、もちろん……」

「じゃあクラリスさん、私の分だけ教えてもらっていい?」

「いいよ! えーと玲さんのは……んーと」


 急にトーンダウンしちゃった御門さんには何か悪い気がするけど、本人が嫌だって言うならしょうがない。

 それにしても、自分で成績優秀って言うだけあって、マジでクラリスさん日本語ペラペラだね。


「上野原玲さんのは……二件あるね」

「聞かせて。あと、私のことは玲って呼んでいいよ。私もあなたのこと、クラリスでいいかな?」

「うん、もちろんだよ、玲! じゃあまず一つ目の情報から。これは玲の家族の様子についてだね」

「私の、家族……」

「三人とも元気みたいだね。特に玲のお姉さんの凜さんは、旦那さんと一緒に玲の目撃情報をずっと探し続けてるって。二人とも小学校の先生なんでしょ?」


 あのお姉ちゃんならきっと、そうしてくれるだろうって思うけど旦那さん――晴比古はるひこ義兄にいさんまでか。

 二人とも仕事で忙しいだろうに、ありがとう。

 でも私、ここにいるからいくら探してくれても見つからないんだよね……ごめん。


「他の転移した先生についても、全国的な先生の組織が協力してくれてるってさ。それで二つ目は……玲のお友達のことだね」

「友達? 誰だろう。大学の子たちかな」

「そうだね。えっと……南雲なぐも花恋かれんさんと、小田巻おだまきじんさん、東郷とうごう慶太郎けいたろうさんの三人が、自分たちで動いていろいろ調べていたって」

「えっ」


 あの子たちが?

 調べるって、私の行方ゆくえとか?

 ……もう、きっと小田巻君辺りが言い出したんじゃないかな。

 いや、案外花恋かも。

 東郷君が言い出しっぺってのは、ちょっと考えにくい。

 いざ動くとなったら、一番頼りになりそうなのが彼だけど。


「ふふっ」


 親友たちの名前を、はからずも他の人の口から聞いてほっこりしてしまった。

 ほっこりしちゃったんだけど――ちょっとここからはカット。

 分からないけど、突然何かのせんが抜けちゃったみたいで……。

 御門さんも、クラリスたちも慰めてくれて、恥ずかしながらやっと収まった。


 でも……嬉しかった。


    ◇


 学校への帰り道、私と御門さんは小走りで急いでいた。

 手ぶらだったから、スマホもなくて時間が分からないのだ。

 でも多分、遅刻。

 あれからクラリスたちといろいろ話しこんじゃったし、太陽は結構高いし。


「怒られちゃうかな?」

「怒られちゃいますかね?」


 息を弾ませながら、私たちは笑い合う。

 何だろう、この気持ち。

 やっと何か出来る、役に立てる――御門さんも同じだと嬉しい。


 学校がどんどん、近付いてくる。

 ……頑張る。

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